昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。
[遊・物語講座]には、「文叢」という名の教室があります。今期[18綴]は、産霊山ランデヴー文叢、地球星人服従文叢、沼地の果ての温室文叢の3文叢。いずれも「2つの物語の一種合成」によりネーミングされ、担当師範代の「らしさ」を仄かに連想させるとともに、文叢での物語編集の起点や手すりとなります。
師範の「マーキング」と「ヨミトキ」で奏でる、第90回感門之盟「読奏エディストリート」の特別連載9回目。村田沙耶香ワールドへいざ。
母が私の背中を蹴っている。姉とそっくりな姿勢で蹴っている。
いくら呪文を唱えても、今日は身体の中を出ることができない。
私の身体を、母が足の裏で何度も揺さぶり続けた。
泣きじゃくった私は、そのまま自分の部屋へと引きずられていった。(87ページ)
自らに生じた出来事を、あたかも語り手が幽体離脱し綴ったかのような本作。ほぼ全編が過去形の語りとなるなか、忘却していた身体を不意に意識させられるかのように、現在形の語りが挿入される。
因果の流れを工場のラインのように綴るクロノスの語り、そこに強烈に瞬間を喚起するカイロスの語りを挟み込む。これにより、読み手だけでなく語り手にとっても、膜の向こう側に押しやった筈の「虚」が、他人事ではない/痛みを伴った「実」として立ち上がってくる。
このように、物語が「虚」において「実」を感じさせるのは、何を語るかだけでなく、いかに語るか(視点、時制、文体など)に依るところも大きいのではないか。(高橋陽一)
大人たちだって麻酔にかかっている。麻酔にかかる前の記憶がないみたいに。気が狂ったように騒ぎ続けている大人たちが、私にはなにかの魔術にかかっているように見えた。(121ページ)
小六の奈月は、世界を人間工場だと信じ、恋愛や生殖の道具として出荷される時を待っている。従わなければ、大人たちはときに暴力によって従順を強いる。だが秩序が揺らいだ瞬間、狼狽するのは彼らの方だ。おじいちゃんの葬式の夜、お墓の傍らでいとこの由宇と身体を重ねた。死の傍らで目覚める性。禁忌であるはずの行為は、どこか聖なる儀式にも似ている。管理された身体の奥で、野生の細胞が疼く。もはや道具ではない。人間工場から脱出し、由宇とともに宇宙船で故郷の星に帰ることを決めた裸足の異星人だから。いつだって騒いでいるのは麻酔にかかった大人たちだけだ。(景山和浩)
「本当に怖いのは、世界に喋らされている言葉を、自分の言葉だと思ってしまうことだ。君は違う。だから、君は、絶対にポハピピンポボピア星人なんだ」(255ページ)
SNSで流れてくる情報。世間の空気。世の中の常識。こうした「言葉」は「当たり前」という名の「ひとつの正解」に変換されていて、たいていの人は疑わない。立ち止まらない。「当たり前」の外の人間は排除する。世間でうまくやるということは、他人の言葉を自分のものだと疑わず喋ることなのだ。奈月にはできない。なぜならそれは、自分の身体を社会の道具として明渡すことだから。
村田沙耶香が描く世界は、異常かつ生々しい。忌々しくもあり、読み手の足場をグラつかせる。違和感も疑問も持たずに突き進む人間の異常さを、宇宙船がビームを照射するように浮き上がらせるのだ。
私は異星人でありたい。(角山祥道)
アイキャッチ、レイアウト/阿久津健(56[守]師範)
編集/新井陽大(55[破]評匠)、大濱朋子(44[花]花伝師範)、角山祥道(44[花]錬成師範)
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む [バックナンバー]
#02『うたげと孤心』(原田淳子、山下雅弘、牛山惠子)
#03『ことばと身体』(古谷奈々、大濱朋子、得原藍)
#04『ゲーテはすべてを言った』(阿久津健、一倉広美、相部礼子)
#05『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』(奥本英宏、石井梨香、北原ひでお、山崎智章)
#09『地球星人』(高橋陽一、景山和浩、角山祥道)
ISIS core project
イシス編集学校[当期師範&学林]チーム
「Pauca sed Matura」の言葉を背負い、守破離花遊の全指導陣が一挙集結する[ISIScore]。感門プランニング、エディットツアー運営、編集知のリバース・エンジニアリング、全てがここで交差する。知を組み立て、知を裏返し、知を書きなおしていく編集分子たちの風姿を垣間見よ。
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#08『手の倫理』
[花伝所]のクライマックスは、2日間におよぶエディットカフェ上のキャンプです。今期44[花]では、ハイパー茶会をテーマにプランが練られましたが、この時、客人に選ばれたのが美学者・伊藤亜紗。彼ら花伝生の思いも引き受けつつ、 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#07『百書繚乱』
全ページオールカラーのビジュアルブックガイド『百書繚乱』(アルテスパブリッシング)。松岡正剛が自身を形作る500冊超の本とのインタースコアを試みた同書は、イシス人必読の書といえるでしょう。 第90回感門之盟 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#06『異界を旅する能』
イシス編集学校の奥の院・花伝所といえば世阿弥。花伝所は、世阿弥の方法で貫かれています。その世阿弥に近づかんとするのが本書『異界を旅する能 ワキという存在』(安田登/ちくま文庫)。師範が、本書を通して世阿弥の方法を語り直し […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#05『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』
[守]では毎期、第一線で活躍するゲストによる特別講義「編集宣言」を開催。今期56[守]のゲストは、カオス理論研究の第一人者・津田一郎さんでした。その津田さんと松岡正剛校長が大いに語らったのが『初めて語られた科学と生命と言 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#04『ゲーテはすべてを言った』
今期56[守]のミメロギアのお題は「空海・ゲーテ」。ゲーテといえば昨年、21世紀生まれの鈴木結生による小説『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)が話題となりました。第172回芥川賞受賞作を師範はどう読んだ? 第90回 […]
コメント
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2026-02-24
昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。
2026-02-19
棚下照生。この忘れられたマンガ家が、最近、X(ツイッター)で話題になっていた(なぜかは知らないが)。大人漫画のタッチで劇画を描くという、今となっては完全に絶滅した手法が、逆に新鮮に映るのかもしれない。代表作『めくらのお市物語』は、連載当時、大変な人気で、映画やテレビドラマにもなったのだが、現在では、タイトルに問題アリで、復刊の目途もない。もしも古本屋で見かけることがあったら絶対買いです。
2026-02-17
小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。