Neo OPERA PROJECT 〜ズレの工学と物語マザー【物語講座18綴蒐譚場】

2025/12/16(火)18:00 img
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世は物語であふれている。文学やエンターテイメントのフィクションを超え、気がつけば、歴史や科学のパラダイム、企業やマーケティングのストーリー、SNSでの自己表現などあらゆるものが物語として語られるようになっていた。が、しかし、そうした人々の物語への渇望を最も早く察知して研究対象とし、社会的・文化的インフラとして提供しようと構想したのは、故・松岡正剛ではなかったか。

 

■35年の時を経て蘇るOPERA PROJECT

 

松岡の「OPERA PROJECT(*1)」が始動したのは今から35年前、1990年のことだ。物語の母型を抽出し、その共通構造を活用できる情報システムを構築せんとする試みである。官民学の多分野にわたる人材を巻き込んで、期待とともに予算も膨らみ、ほどなくバブル崩壊の波に呑み込まれた。何よりも「早すぎた」と、当時を知る木村久美子月匠。「まだデジタル黎明期であり、社会や企業に物語を方法として受け入れる土壌も不十分だったのでしょう」

この構想の一部を再編集し、プログラム化したものこそ、現在の[遊]物語講座なのである。

*1)OPERAは「works(作品)」と「operation(操作・編集)」のダブルミーニング。

 

2025年の12月。物語講座18綴のリアル稽古「蒐譚場(しゅうたんば)」の結びは、「OPERA PROJECT」の復活宣言ともいえるコーナーだった。進行役として、プロジェクト再始動の仕掛人である吉村堅樹林頭が壇上に上がる。続いてレクチャーを行う2人が登場した。4綴で賞を総なめにして以来「物語王子」と呼ばれ、多読アレゴリア「大河ばっか!」を率いる宮前鉄也筆司と、編集工学研究所の若きエースとして理論化を推し進める知性派デザイナー、穂積晴明方源だ。選んだテーマはそれぞれ「語りのズレ」と「物語マザー」だ。

 

■語りのズレと物語は不可分

 

まず、宮前の「語れなさの編集術と語りのズレ」。吉村林頭は「<世界の裂け目>をどう物語に取り込むか」だと言い換える。

前提として、「物語は情報を扱うためのOSオペレーション装置である」という松岡の編集工学的認識(*2)がある。その「物語OS」の5つの機能のうち、これまでの編集稽古で十分に手渡せていないもの、かつ、現代文学で強く前景化している注目すべき領域として、「語れなさ」と「語りの倫理」をとりあげた。

 

 

「ある視点で見る(語る)と必ず見えない(語れない)部分、つまり死角が存在します。死角は、個々人や、あるいは同じ個人でも時や状況によって違ってきます。これが<語りのズレ>。そして、何を語り、何を語らないかが<語りの倫理>です」(宮前)

 

例えば、「こうしたい」vs「こうすべき」。「私の感情」vs「社会の規範」。「過去の自分」vs「今の自分」。自分の中に2つ以上の視点が同時に立ち上がれば葛藤が生じるし、社会の視点から巨大な死角が固定されればタブーになり、そこでの語りは必ずやズレる。

「そうしたズレと文学(物語)とは不可分です(*3)。なぜなら、ズレることなく語り切れたらそれは、報告や記録やマニュアルだから」(宮前)

 

*2)松岡は物語を「知識の基本構造」として捉え、それを編集可能な単位(=キャプタ)として体系化しようとした。物語は、単なる表現ではなく、情報の記憶・連結・変換・圧縮・再生成を担う文化技術=知のOSであるという認識

 

*3)作者は言っているが、言えていない。描いているが、触れていない。指し示しているが、確定していない。作者がズレのまま提供したそれらを、読者が自らのズレと照合し、共感や違和感を覚えることが文学の醍醐味だと宮前はいう。

 

では、こうしたズレ、世界の裂け目をどう創るか。宮前は、文学テキストに存在する4つのレイヤーを示し、実際の小説を対応させながら話を進めた。

 

 

最も重要なのは構造の層のズレで、「ここがズレれば、おのずと他の層のズレが派生する」と宮前。「例えば小川洋子の『博士の愛した数式』では、人間理解の前提が崩れるような構造のズレが描かれています。ズレを発見することで、物語を生むのです」

 

■物語マザーを切り替えることで可能性を拓く

 

続いては、穂積による「物語オントロジー ナラティヴマザーとその応用」。穂積は、1990年当時100以上あった物語マザー(物語の母型)を編み直して7つに分類した。

 

導入として持ち出したのは、未翻訳の『ナラティブオントロジー』(アクセル・フッター)の「物語存在論」。個人と世界との関わり方は、その人間がどのような物語を選択しているかによって決定されるというもので、下記はその概念図である(*4)

 

*4)単純にその日一日を振り返るときでさえ、私たちは出来事を自ら選んだ物語によってピックアップしている。穂積は、この物語の置き換えと宮前のいう視点(語り)のズレは深く関係しており、OPERA PROJECTとは物語の多様性、つまり人間の存在の多様性を探究しようとしたプロジェクトでもあるという

 

穂積は、「あるシーンやシチュエーション(分子/図)を、どんな物語マザー(分母/地)で解釈するかで、世界の現れ方はまったく違うものになる」として、以下の7つのマザーを提示。試みに、誰もが知る昔話の「桃太郎」での応用を披露した。

 

 

本来の鬼退治ものは往還マザー(英雄の冒険物語)にあたるが、これを遍歴マザー(システム変革の物語)に応用すると……。桃から生まれてお爺さんお婆さんに育てられ、鬼の略奪悪行を知るというシチュエーションまでは同じだが<開始>、桃太郎はここでなぜ略奪が起きるのか問い<転機>、鬼ヶ島の地理的な孤立と資源配分の不均衡をあぶり出し<過程>、国際的な視点でシステムを再設計するに至る<頂点>。鬼ヶ島は多様な種族が共生する国際交易都市となって、めでたし、めでたし<結末>。

 

さらに遺失マザー(欠如回復の物語)で語るなら、桃から生まれたという出自の謎<開始>から、本当の母親はなんなのかという喪失感と出会い<転機>、母探しの旅に出て<過程>、鬼ヶ島で母親と再会。出生の謎が解明される<頂点>。鬼と人との混血児としてのアイデンティティが構築される<結末>。──ざっとこんな具合である。

 

まさに物語(人間存在)の多様性を見る思いだが、穂積の目はその先を捉えていた。「今回ひとつの手法としてマザー分類をしたけれど、本当に新しい物語が生まれるのは、7つのどれにも当てはまらなかった、その瞬間だと思っている。だから、最終的にはこれらのマザーがネガティブリストとして使われることを望んでいます」

左から、穂積方源、宮前筆司、吉村林頭

 

それでも、7つのマザー分類が今現在、物語や世界を動かすのに至極有効なツールであることに疑いはない。冒頭で述べたように、私たちはあらゆるシーン、あらゆる関係でいくつもの物語を(提供されたものであれ、自らつくったものであれ)所有している……かのように見えるけれど、実は、それらのマザーが、同じひとつのタイプだったとしたら? 

 

「企業なら利潤追求、自治体なら前例主義など一つの固定化された物語マザーでものを見ているとき、違うマザーから見直すと、別の活動が生まれることは多いにありうる」と、吉村林頭。「個人も同じで、立ちゆかなくなったとき、ダブルバインドに引き裂かれそうになったとき、別のマザーに切り替えてみることです」。視点をズラすといってもいい。ナレーター(語り手)が変われば登場人物や出来事も変わり、筋の運びが変わってくるのだ。物語は、常に別様の可能性に拓かれている。

 

(写真/安田晶子、今井サチ)

  • 今井サチ

    編集的先達:フェデリコ・フェリーニ。
    職もない、ユニークな経歴もない、熱く語れることもないとは本人の弁だが、その隙だらけの抜け作な感じは人をついつい懐かせる。現役時代はライターで、今も人の話を聞くのが好き。

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