校長校話「EditJapan2020」(5/5)

2020/10/29(木)18:00 img
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アクチュアル・エンティティ

 「世界と自分の間に落ちているものは方法だ」と唱えたポール・ヴァレリーのほかに、もう一人、僕に多大な影響を与えた哲学者がいます。アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドです。

 ホワイトヘッドは、バートランド・ラッセルと組んで、ニュー・プリンキピアをつくりました。ニュートンが書いたプリンキピアではない、新しい数学原理に基づいたプリンキピアです。僕はこれに衝撃を受けました。著作の冒頭近くに、グラウンドとフィギュアというのが出てきます。それによれば、私たちの思索とか思考とか概念だとか表現には、必ずグラウンド=《地》がくっついているというのです。私たちが何かを考えたり書いたりしようとしているとき、情報は、それまでの思索の経緯を絡みつかせながらグラウンド化とフィギュア化(編集学校用語で言えば《地と図》化)を起こしています。そこで、ところどころを分節する必要があります。

 編集学校では、それをアーティキュレーション(分節化)と呼んでいます。しかしホワイトヘッドは、もっと先鋭に、敷居を跨ぐところを攻めろと書いているんです。最初に読んだときには、えっ、こんなことできるかなと思いましたが、彼は、そうでなくてはアクチュアル・エンティティ=生き生きした実体というものは生じないと言うんです。加えて、アクチュアル・エンティティが生じるためには、準備として三つの作業が必要である、と。

 ひとつは、今日、風呂敷のところで佐々木局長が言っていたプリヘンジョン(prehension)というものです。みすず書房のホワイトヘッド全集の訳では「抱握」となっています。それは「いま自分がなにで包まれているか状態」というのを、いつも明示化しておくということです。雄なのか雌なのか、生物なのか宇宙なのか、日本人なのか子どもなのか、その曾お爺さんからみたら何なのか、そういったいろいろを、まず抱握しなければならない。

 二つめは、エチカル・アニマル状態であれということです。エシックス、倫理的な動物性を持て、あるいは動物的なものに倫理を入れろということです。私たちが、ペットが可愛いだとか、豚が面白い、馬がすばらしく走っている、などと表現するのは「代入」です。動物自身がそういうふうにしているとは限らない。われわれは、裸のサルであったものが直立二足歩行をして、偉大な…偉大かどうかはわからないけれど、怪しい脳を持ちました。そして、ここまで文明を発達させて、道徳だとか倫理だとか法制度だとかコンプライアンスだとかに向かっていきました。ここでわれわれがしなければいけないのは、もう一度エシックな、エチカルなアニマル性、倫理的動物観を持つということです。

 ひとつはプリヘンジョンすること、二つめはエチカル・アニマル状態を自分でつくること。三つめは、いま自分がいる場所というものが「投企されている」、あるものによって投げ出されていると思うべきである、ということです。宇宙から投げ出されたのか、別の何かから投げ出されたのか、みなさんはどう思いますか。ホワイトヘッドは「宇宙からはひと粒のゴミも消せない」と書いています。どんなゴミも消すことはできず、形を変えながら何かになっている。それを「癒やし」のように捉えるだけではなくて、われわれは「何か」から投企されたのだということ、「何か」が世界にあるということを忘れずにいる必要があります。

 この三つを押さえた上でようやく、もっと先鋭に・もっと細かく「わけて」いく。この細かくわけるところを「ポイントフラッシュ」といいます。点閃光、ポイントで閃光を放つ。インド哲学では刹那が70分の1秒ぐらいだということになっていて、瞬間というのはそういう単位ではあるんですが、そのポイントフラッシュ上で、先の三つのことを、かなり大がかりに感じられるような思考をしないとだめなんだとホワイトヘッドは言っています。さあ、そこからが大変です。すべてプロセスの中にアクチュアリティがある。プロセスだけがリアリティである。

プレゼンスは、それまでの全プロセスの編集である

 アクチュアル・エンティティについての考えを、今日つかった言葉で言い換えれば「プレゼンスというのは、それまでの全プロセスの編集である」ということです。だとすれば、ヴァレリーの「世界と自分の間には方法が落ちている」に留まらず、どんなプロセスにおいても、僕が大事だと思っていることを、自分自身で常に感じられるようにつくらなければいけません。

 たとえば、今日、本楼で感門之盟の2日目が始まるにあたっても、僕はそれをしました。朝、開場を見た瞬間に、今日はこれでいいのかなと強烈な問いが起こるわけですね。ここには前日、田中晶子所長がつくってくれたすばらしい風呂敷包みが3個ありました。昨晩のうちに開場のしつらいを変えて、本棚劇場に提灯をつけたので、これとの釣り合いのためには風呂敷がもうちょっとほしい、そして本を風呂敷の下においてほしいとリクエストして帰りました。だから今日来てみたらそうなっていた。けれど、ふっと見たときに、あれ、これは僕が間違ったぞと思いました。風呂敷が7つ増えたことが生きていない、コンヴィヴィアルでない。アクチュアル・エンティティが生じていない。それで、誠に申し訳なかったんだけれども、ゴメンゴメンといって撤去してもらいました。

 これは一例ですが、僕はなにでそういうことを判断しているかというと、全プロセスについて、自分がフィードバックをかけられるのかどうかということです。その意識の徹底が、ホワイトヘッドが僕にもたらしてくれた10個くらいのヒントのうちの、大きなひとつでした。

 僕のプレゼンスの話はそれで終わりですが、2日間、すばらしかったね。いや、面白かった。テクニカル的には相当に大変だったと思うけれども、十分なコンテンツがありました。次々に登場する人たちにも、企画の意図が伝わったんだろうと思います。たとえば、耶馬溪にあるものを、九天玄氣組の彼女たちは何とか表現しようとしてくれました。耶馬溪の景色を、どうやって5分の間、3分の間、1分の間に、モバイルカメラで見せられるか。それは大変だったろうと思います。しかしこれからは、そのような編集がとても大事になってきます。みなさんの中にそういう構えが息づいて、新たな試みにつながっていけば、きっとこの2日間がずっと先に生きていくでしょう。

 今日は、校長校話の前にスカジャンに着替えました。これは、ニューヨーク在住の川西遼平さんというデザイナーが、あるとき「松岡正剛っていうブランドをつくりたい」と言ってきてつくったものです。彼は、ガールズコレクションのようなメジャーなこともやっているんだけれど、自分がやりたいことはそれじゃなくて、60年代の日本の男が着るものをつくりたいという。とうてい売れるとは思わないんだけれども、そういうようなことをやりたい男もいるわけです。だから、今日は彼がつくってくれたものを着て、「Edit Japan 2020」のラストタイムを迎えてみました。

 エディット・ジャパン。編集日本はこれからだろうと思います。僕もなるべく、もうちょっと頑張りますけれども、みなさんもいろいろ力を貸して、この2日間のいろいろなものを思い出し、生かしてほしいと思います。

 2日間、どうもありがとうございました。

記事内エピソード関連年表

1967(昭和42)年 23歳
父の借金を相続、大学を中退してPR通信社およびMACに入社。
東販の読書新聞「ハイスクール・ライフ」の編集長となる。

 

1971(昭和46)年 27歳
『遊』創刊号 刊行。
株式会社工作舎設立。

 

1976(昭和51)年 32歳
同時通訳会社フォーラム・インターナショナルを引き受ける。

 

1982(昭和57)年 38歳
朝日カルチャーセンターで連続講座を開催。
松岡正剛事務所設立。

 

1984(昭和59)年 40歳
澁谷恭子とともに日本電信電話公社民営化の仕事に携わり、NTT情報文化研究フォーラムを立ち上げる。

 

1987(昭和62)年 43歳
編集工学研究所を設立。『情報の歴史』の制作が始まる。

 

1990(平成2)年 46歳
『情報の歴史』刊行。

 

1992(平成4)年 48歳
リチャード・ワーマンがプロデュースする「TED3」のため渡米。

 

1994(平成6)年 50歳
プライベートメディア「一到半巡通信」発行開始。
1982年の連続講義の採録をもとにした『花鳥風月の科学』出版。

 

1996(平成8)年 52歳
『知の編集工学』出版。

 

1998(平成10)年 54歳
「編集の国」建国準備委員会を発足。

 

2000(平成12)年 56歳
「編集の国」実験事業開始。
「千夜千冊」連載開始。
「イシス編集学校」12人の師範代でスタート。

 

:EditorShip
:ISIS 20th クロニクル 参照

 

2020(令和2)年 76歳
「イシス編集学校」20周年。
2DAYS感門之盟を開催。

 

 

※データは松岡正剛 千夜千冊 特別巻「書物たちの記譜」より


 

校長校話「EditJapan2020」

 


  • 加藤めぐみ

    編集的先達:山本貴光。品詞を擬人化した物語でAT大賞、予想通りにぶっちぎり典離。編纂と編集、データとカプタ、ロジカルとアナロジーを自在に綾なすリテラル・アーチスト。イシスが次の世に贈る「21世紀の女」、それがカトメグだ。

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