小さな布を握りしめた娘を従え、大きくて無愛想な男がゆったりと歩いていく。人波に浮かぶ巨大な船のよう。男は振り向き、「ゆりかサン、この店です」と立ち止まった。
ここは…、43[破]別院の中に置かれた市、余味(よみ)の市。そして二人がたどり着いたのは織物の店だ。
[破]の別院には、毎期、「ワールドモデル」が設定される。商店街、百貨店、博物館、庭、レストラン。場所だけではない。電車、バス、タイムマシンといった乗り物から、探偵、風、絵本というように、一見、「それもワールドモデル?」と思うようなものまで。その期の指導陣がネット上で集まり、企画を練る。重要なのはネーミングだ。[破]で学ぶ4つの編集術になぞらえたり、突破にかけてみたり。34[破]「破れ!三四郎」のように、期の数値に絡めたり。
43[破]では、多くの情報が行き交うことを期待して、ワールドモデルは「市場」となった。余味(よみ)は「読み」でもあり、「余」には余白、余地、余韻など、「余」の連想が広がるようにとの願いが込められた。
[破]の別院で欠かせないのが、師範が行う各編集術に関するレクチャーだ。教室では師範代が指南を通して編集術の方法を手渡すが、別院では師範が別の角度から、お題の意図を解き明かす。
[破]の最初の稽古、文体編集術のレクチャーは北原ひでお師範が「織物」に託して展開した。「織る」にあたるラテン語は「texere」。テキストもテキスタイルも語源は同じ。そしてどこにあるかはわからないが、どことなくオリエンタルなイメージが漂う余味の市にありそうな織物の店。
文体編集術と、別院のワールドモデルの結節点として、これほどふさわしいテーマがあるだろうか。
東の国からようやく余味の市にたどりついた娘、ゆりかを、無愛想な男シンさんがガイドする。学衆もまたシンさんのガイドに従い、文体編集術を構成する7つのお題の一つ一つを辿っていく。
千夜千冊0717夜アニー・ディラード『本を書く』、1035夜パウル・クレー『造形思考』、志村ふくみ『色を奏でる』、松岡正剛『多読術』。様々な本から的確な引用をし、北原師範がガイドを織り上げる。editcafeの画面に布が広がり、点在するポイントが目に飛び込んでくる。お稽古をワガコトに引き寄せるためのヒントが埋め込まれ、多角的、重層的にお題を見ることができるようになるのだ。
こうして≪アリスとテレス賞≫「セイゴオ知文術」のエントリーを後押しするように、全5回のレクチャーが終わった。
ゆりかも東の国に帰った。ゆりかの国の「SASHIKO」という布、ゆりかが縫った布がシンさんに届いた。今度は、余味の市に店をだすらしい。
[北原師範・文体編集術レクチャー]
文体編集術◎朝靄の中で
文体編集術◎織り上げること
文体編集術◎糸を紡ぐ
文体編集術◎織ること、その先に。
文体編集術◎弱さを織り尽くすこと
文体編集術◎「あれから」と「これから」
相部礼子
編集的先達:塩野七生。物語師範、錬成師範、共読ナビゲーターとロールを連ね、趣味は仲間と連句のスーパーエディター。いつか十二単を着せたい風情の師範。日常は朝のベッドメイキングと本棚整理。野望は杉村楚人冠の伝記出版。
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