「正月の本当の意味を知るには、このミタマノフユを理解する必要があります」松岡正剛は言う。厳しい冬が終わり、新しい春へとむかう。ある種の威力がめざましくなっていくその状態を「フユ」と呼び、その再生の始まりはもともと冬至であった、と。(千夜千冊1215夜『日本語に探る古代信仰』)
令和元年、冬至。イシス編集学校でも、学衆から師範代へのメタモルフォーゼを遂げようとする者たちの儀式が行われていた。
2019年12月22・23日の2日間、32[花]花伝キャンプが開催された。正式名称、指南編集トレーニングキャンプ。各道場で7週間の演習に耐え抜き、編集魂をたしかに受け継ぎつつある19名全員にとって、師範代認定をかけた最後の修行の場である。
キャンプといっても、もちろんオンライン。入伝生たちが寝泊まりするのは、EditCafe内にしつらえられたキャンプ場。今期は「ソージ組」「ルイジ組」の2つのコテージに分かれて、ブートキャンプさながらの48時間を送る。
毎期、革新的な進化を遂げる花伝所。近年の充実っぷりは、「ポケベルからスマホになったよう」と巷で噂になっている。このキャンプが始まったのは、2012年18[花]から。奇しくも編集工学研究所が赤坂から豪徳寺へ引っ越したその日に第1回が行われ、いまや花伝所の名物企画だ。
***
キャンプ場での課題は多い。入伝生たちは、朝から食事の間も惜しんでコテージに詰めている。心地よい疲労感に包まれた初日の夕暮れ。田中晶子所長がしずしずと現れた。
「課題3を出題します」
キャンプの目玉、グループワークの開始だ。3〜4人のチーム分けがなされ、そのメンバーで議論せよとアナウンス。テーマの御触書を見て、入伝生は口をあんぐりと開ける。田中は婉然と微笑む。
「問いに満ち溢れている状態にすること、問答を起こすことが、キャンプのねらいと考えてよし」
問いが噴出した。
「何から何まで全く不明」「そもそもそれ、稽古してないのですが……」「いや、稽古してても謎です」
師範たちからの「指導」に鍛え抜かれた入伝生たちでさえ、泣き言をもらす。だが、彼らに立ち止まる暇はない。翌朝10時には、グループごとにアウトプットを出せとの要求がある。
チームによっては、休日出勤中の者、泣く子の世話に追われる者、体調を崩している者もいる。お題の意味がわからない、メンバーが揃わない。不足とも思える与件をどう編集するか。ここに入伝生の覚悟が問われる。
手探りで始まった議論はだんだんと白熱。コテージの明かりは深夜3時半まで灯り、夜明け前から起き出す者もいた。なにが彼らを駆り立てるのか。夜通し語られる言葉には、好奇心と探究心がほとばしる。
「擬人化してみるといいかも」「これ、十牛図と重なりました」「いまはしっくりこないけれど、ある瞬間、スッと自転車に乗れるようになるように、編集術も身体化していきたい」
答えのない問いに向かうのは苦しい。しかし、だからこそ痛快なのだ。すぐ隣には、ともに未知へと踏み出す仲間もいるのだから。ひと晩での発言数443件は、入伝生が一丸となって、謎めくお題へと立ち向かった名誉の足跡である。
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すべてのワークが終了し、日もとっぷりと暮れたころ。「骰子一擲堂」という広場で、ひとつの「トージキャンドル」に火がついた。マッチを擦ったのは、三津田知子花目付。
発売直前の千夜千冊エディション『編集力』の第一夜にちなんで名付けられたこのスペースに、上気した顔の入伝生が集まってくる。グループごとに「着火!」と叫んでは、議論の続きや感想戦になだれ込む。ときに、花伝師範や錬成師範へ質問が飛ぶ。
「子どもがいうんです、『ママ、編集学校やめて』って。先達のみなさんもそんな経験ありますか」
稽古に没頭してしまうがゆえの悩みに、入伝生からも共感が寄せられる。指導陣がつぎつぎと応答する。
「後ろめたさがそうさせるのでしょうか、僕は編集学校が始まると、家族に優しくなると言われています」(奥本英宏師範)
「『ママは、私より松岡正剛が好きなんでしょ』と言いつつ、松岡校長の動画を一緒に見ています」(美濃越香織師範)
火を前にすると、普段は隠されている表情がふと現れる。全員が車座になって、見えないはずのキャンプファイヤーを見つめていた。しずかな魂のふるえが、そこにはあった。
翌日、キャンパーが去ったコテージには1冊のノートがあった。そこに寄せられたのは、入伝生それぞれの振り返り。
「歩の遅いのは、承知の上。苦手があるのも、自覚の上。けれど、うっすらと自信のようなものが、芽生え始めています。私、できるかもしれないっと」
32[花]に春は近い。
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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