マラトンからアテナイまでの約40キロ走。マラソンの語源はご存じだろう。
紀元前490年にギリシア軍がペルシャ軍との対戦に勝利を収め、その報告をするために、あるギリシアの兵士がギリシアが伝令に走った。戦勝を伝えたのちにその兵士は力尽き死んでしまうのだが、その功労を讃えてはじまったのが、マラソンである。
現在は42.195キロを走って過労死してしまう人はほぼいないだろう。ハーフマラソン、ウルトラマラソンなど距離にもさまざまなヴァリエーションが増え、走ることに対する意味も人それぞれになっている。記録更新を追求する人もいれば、景観を楽しみにする人もいる。チャイリティとして参加する人もいれば仮装の注目や宣伝を目的とした人もいる。多くの人から愛されるマラソンなのである。
2022年10月5日に開催されたエディットツアーはそんなランナーズのための編集ワークとなった。進行をつとめたのはイシス編集学校の50[守]の師範でもあり、マラソン好きな二人。佐藤健太郎師範(写真右))と堀田幸義師範(写真左)である。佐藤健太郎こと、さとけん師範は、普段は専門学校で教鞭をとりながら、マラソン歴はなんと20年。タイムよりも場所や環境を楽しみに海外の砂漠ランにまで足を伸ばしている。一方、堀田師範は10年ほど前から走りはじめた。しかし侮ることなかれ。なんと10キロ47分の超本格派だ。
「編集の型を使うことで、マラソンの凝り固まったイメージから、もっとたくさんの情報を取り出すことができる。見方を動かしたり、方法を意識することで、もっと多様な楽しみ方を知ってほしい。」正反対のランニングスタイルを持つ二人の師範は口を揃えた。
情報は後先を変えると、その意味や効果がまるで変わってしまう。逆にいえば、どのような順番(オーダー)で並べるかによって多様な文脈を作ることができるのだ。編集学校ではこのダンドリ編集をとても重要視している。
編集術ではつねづね文脈に気をつける。単語が並んでいれば、それで一応の情報が成立しているとは限らないということだ。情報の並び方、すなわち句読点の打ち方によって意味が動いていくことに注目する。編集工学では、このようなことを「情報は文脈でできている」あるいは「文脈は分節でできている」と呼んでいる。分節(articulation)というのは文脈を作る情報の切れ目の単位のことである。 『知の編集術』p24
ワークでは、マラソンの中の行為や活動をひとつ選び、その手順や段取りの手続き化に取り組んだ。このような小さなことひとつをとっても、私たちは編集をしているのだ。参加したランナーたちはどのようなダンドリを組んだのだろうか。
上記をダンドリしたのは東京マラソンを4回も完走しているという安田晶子さん。宿泊施設からスターターピストルまでの緊張の足取りを書いた。どの手順も欠かせないとても重要なものだ。
この回答を見て堀田師範はウェアを季節感や天候によって分節してみてはどうかと提案した。夏だったら軽くて吸汗速乾性に優れた半袖のシャツがいいだろうし、冬は汗冷えをアンダーシャツなどを着た方が快適だ。
ダンドリを考える場合はこのように「条件」や「目的」が欠かせない。「もし(IF)」ある行為をした場合、「その後(THEN)」はどうするのかということも考えることでより実際的なオーダーを作ることができる。
吉井優子さんは佐藤師範と同じように景色を走るランナーだ。「私はタイムや順位をあまり気にしてなくて、その場所で走った思い出を大切にしています」。そんな遊蕩派にとって欠かせないのが、仲間との記念写真。ベストスポットで撮ることで場所や観光的なところを残して後から見直すことが楽しいのだという。だからこそ事前の入念な場所調べである。完走後では人がごった返しになっているし、自分も疲れてしまって誘導に流されてしまう。吉井さんのダンドリ上手な一面が垣間見られた。
思い出づくりに、忘れてはいけないのが記録ツール。スマホでいいのかそれともGoProのような動画の方がいいのか、マラソン日記のような文章はどうなのか。いろいろな連想が進む回答となった。
ダンドリ編集はただの手続きの列挙ではない。コンテキストによって変化する情報を柔らかく動かすことが求められる。そのためには状況や仮説や前提に対してきめ細やかに目をやる必要がある。
大木とも子さんの回答はみごとに細部に渡った気配りがなされていた。「緩めつつ」「アイコンタクト」「ありがとうと笑う」など、コミュニケーションの間に生まれる微妙なやりとりまでもが手順にされている。編集学校では「クセ」や「しぐさ」なども重要な編集の対象としてとらえるのだが、そのような情報の様子がいかに大切か、回答を見ればわかるだろう。師範の二人も「情報の分節がとても繊細。ぜひ見習いたい」と唸った。
ふだん何気なく行っている動作もダンドリにしてみると意外なヒントや省ける無駄に気づくことができる。手順化したらまずは後先を入れ替えてみたり、前提や条件を足し引きしてみてほしい。かくれていた意外な文脈が見つかるかもしれない。
今までの固定化された考え方を変化させることでより理解を深めることもできるだろう。イシス編集学校のモットーは『「わかる」は「かわる」。「かわる」は「わかる」』である。既存の考え方にあきあきしたり、もっと面白くしたいと思う方! そのヒントは50守にある!いや50守にしかない! 記念すべき期にはなんとスペシャルゲストによる特別講義もあるからだ。このチャンス、マラソンランナーじゃなくてもチャレンジするしかない。
■イシス編集学校 基本コース[守] 秋講座 〜締切迫る!〜
稽古期間 2022年10月24日(月) ~2023年2月19日(日)
☆家族割、U23割あります(先着順、残席僅少)
詳細・お申し込みはこちらから https://es.isis.ne.jp/course/syu
山内貴暉
編集的先達:佐藤信夫。2000年生まれ、立教大学在学中のヤドカリ軍団の末っ子。破では『フラジャイル』を知文し、物語ではアリストテレス大賞を受賞。校長・松岡正剛に憧れるあまり、最近は慣れない喫煙を始めた。感門団、輪読小僧でも活躍中。次代のイシスを背負って立つべく、編集道をまっしぐらに歩み続ける。
第五輪は、朱子学だ。三浦梅園の人間論は朱子学の四書を編集エンジン、五経を編集データとして、日常生活での実践を重視した新たな朱子学を提唱した。梅園による朱子学の再編集である。 朱熹(1130年-1200年)は […]
近代天文学の基盤となるケプラー第三法則を独自で発見し、幕府の暦にはない日食を予測し的中した天文学者、麻田剛立。彼のコスモロジーは西洋にならいながらも全く異色のもの編み出した。そこにあった方法とは一体何であったのか。 &n […]
快晴の日曜日、街並みはクリスマスで賑わうなか、本楼で今年最後のイベントが行われた。『三浦梅園を読む』第三輪である。イエス生誕の祝祭に梅園を学ぶことができるのは輪読座だけだろう。輪読師であるバジラ高橋も力のこもった口調とな […]
「人間は、マインドコントロールを流布することで共同体を作り、浸透させることで文化を創り、徹底させることで文明を発展させる。」 輪読師であるバジラ高橋は「マインドコントロール」を「教育」とも言い換えながら語気を強めた。 & […]
2022年10月30日、輪読座「三浦梅園を読む」第1回目が開催された。 前回までフォーカスしていた湯川秀樹をして天才と言わしめた人、三浦梅園。 三浦梅園を取り扱うのは2回目。かつては『価原』を読んだが、今期は『玄語』を熟 […]