破のプログラムのしめくくりは今回で4回目となるP1グランプリだ。
開始にあたり、司会の中村まさとし評匠は、「プランニング編集術をはじめ、破でのマナビは、松岡校長の仕事術を方法化したものであり、徹底すればハイパーにならないわけがないと今期も取組んだ」と宣言する。ノミネートされたのは4作品。突破後、もう1つ追加のお題のつもりで立ち向かって欲しいという原田学匠の思いを受け、3週間、選ばれた案を元にそれぞれの教室で、あるチームでは隣の教室の学衆も加わりながら、今度はチームで「よもがせわほり」に向かう。濃密な相互編集は、吉村林頭、まさとし評匠のディレクションを受け、前日の夜まで続いた。48[破]の様々な想いが結晶した作品を審査したのは、12[破]の学衆であり、18[守]丹田シャネル教室で師範代を務めたこともある編集工学研究所社長の安藤昭子さん、ブランディングの専門家で、現在、[離]の別番を務めている大久保佳代さん、ポケモンカードゲームの開発者で、物語編集講座の綴師でもある赤羽卓美さんの3名である。
最初に登場したのは、MOT勿体教室の岸真喜子さんが発案した「石けん大黒ミュージアム」だ。岩橋賢師範代の導入の説明に続き、館長を擬く岸さんがミュージアムの案内を開始する。石けんは、本来、水と油は混じり合わず、その境界に反発しあう界面が発生する。その界面をお互いをつなぎ合わせる性質に変える界面活性化を起こし、汚れを包み込んで落とす力を持っている。岸さんのチームは、この石けんの力を世の中の悪と破壊し、浄化する七福神の一人である大黒神の力と対比させ、大黒的な機能・属性を示すことで、世の中に石けんを広めることを目指したミュージアムを発案した。建物は打出の小槌型をし、清麗、人望、威光、愛嬌、寿命、大漁、願望と大黒様の袋に入っている七宝にちなんだ空間を順に体験することで石けんの効能と世の中の浄化を実感できることを目指している。「世の中には石けんが足りない」という結びの一言は、今の価値観、主義がぶつかり合っている様々な界面での反発を融合に変えていきたいという切実な願いでもあった。
審査員の赤羽さんからは、石けんと大黒様との組み合わせの意外性を評価する一方で、ミュージアム空間で具体的な石けんの体験を深掘して欲しいというコメントが伝えられた。
2番目に登壇したのは、シード群生教室の新垣香子さんと伊藤誠秀さん、阿部幸織師範代である。新垣さんの発案は、源氏香のミュージアム。それが阿部師範代や群ジョーズとして一緒に稽古を重ねてきた学衆との共同作業を経て変成し「olfactory museum~サイレント・ランゲージが語るもの~」に結実した。伊藤さんは群ジョーズ代表としてミュージアム来訪者に扮し、無声劇をプレゼンテーションの背景で演じた。香りを感じる嗅覚は人間では五感のうちで最も退化してしまった感覚である反面、最も多様なことを感じることができ、ダイレクトに脳を刺激してモノゴトと結びつく。olfactory museumは、そのフラジャイルな感覚器を香りからイマジネーションを生み出す「3Dプリンター」として捉える。香りが呼び起こす物語を収集し、物語と香りとの関係を体感する。また、他者の物語から新たな香りを作り出すことで香りのシソーラスを発信するミュージアムでもある。
審査員の安藤さんは、嗅覚からイマジネーションが立ち上がるという発見の素晴らしさ、プランナー新垣さんの説明と並行して演じられた劇の奥行きのあるプレゼンテーションの面白さを称賛した。一方、新しく発見されたコトの名付けをもっと頑張ることの大事さを伝えた。
◆標識はカミである――標識体感ミュージアム【標・体・館】
3番目、オーストラリアから伝束スパーク教室の輪島良子師範代が見守る中、学衆の依藤聡さんと一倉広美さん、華岡晃生師範が登壇した。依藤さんの発案は標識のミュージアム「標識体感ミュージアム【標・体・館】」だ。日常の様々な場面で目にし、盲目的に従っている標識について、体感することで、標識に代表される世の中の「しるし」に能動的に関わる機会を作る場として構想された。館長となった依藤さんは、「標識はカミである」というテーゼと”未標識”、”過標識”、”雑標識”、”欠標識”というコトバで標識の世界に新たなしるしを付け、標識にひそむ物語を表出させることアソビを提案した。さらに標識の曖昧さを遊ぶ標識公園をミュージアムの前に設置することで、「標・体・館」の体験による意識の変化に来館者自身が気づくことができる仕掛けも提供する。
審査員の大久保さんは、しるし化が進む世の中、一旦立ち止まり、標識を通して私たちを取り巻く「しるし」について考える機会を与えてくれる場だとコメントする。ネーミングも工夫されていて、おもしろいプランニングだったと評価した。
最後は、特Bダッシュ教室である。ミュージアムを発案した学衆の市村安紀子さんは、小椋加奈子師範代とZoom参加の学衆の森下揚平さんと「ひきだすヒキダシ研究所」をプレゼンテーションした。アートディレクターの市村さんは、日々の生活の風景の一部になっているヒキダシに着目し、その歴史を辿り、アンデルセンや谷崎潤一郎、中勘助などの文学から量子力学まで文化に深く浸透していることを学ぶミュージアムのプランを紹介する。一方で自らが作ったヒキダシにより、思考を引き出しのような平面的で画一的な枠にはまり込み、同じような答えしか出せないひきだし人間を作っているという仮説を示す。このミュージアムの最も重要なテーマは、ひきだし人間からの脱却なのである。森下さんはこの課題を解決すべく設置されたプロジェクトチームのリーダーとして、これまでの概念を超えた新しいヒキダシ”しげるん。”を紹介する。平面的に配置され、一方向にしか引き出せないヒキダシではなく、いろんな方向に引き出せ、利用者が新たなヒキダシを付け加えていくことで枠から自由となり、成長させることができる。ミュージアムの建物も”しげるん。”のコンセプトで造られており、ミュージアム自体が新たな可能性を持つヒキダシを自ら作り増殖するメタボリックな空間であることを示している。
審査員の赤羽さんは、ヒキダシは様々イメージを喚起するモノであるが、引き出すという機能に着目して、プランを深めることができていると評価する。一方でヒキダシの可能性は多様であり、引き出す以外の可能性についても考えてみて、欲しいとコメントを加えた。
P1グランプリには「ひきだすヒキダシ研究所」が選ばれた。
3名の審査員の投票は、「olfactory museum」と「標・体・館」、「ひきだすヒキダシ研究所」に、それぞれに1票ずつ入り結果が割れるという事態が発生、司会のまさとし評匠の追加の1票で「ひきだすヒキダシ研究所」がグランプリとなった。今回、プレゼンテーションされた4案はどれもしっかりと稽古と準備を重ね、あるレベル以上に達しており、実力伯仲の中、僅差での受賞となったといえる。
そして、松岡校長からのメッセージを心に刻んでおきたい。「よくやっているけど、ちょっと出来はよくない。もっと突っ込んだ方がよい。分かりやすくしようとしてはダメ、人に理解されないところまで徹底して欲しい。タブーぎりぎりを目指すこと」。この言葉は[破]を担う破ボードメンバーへの叱咤であるとともに、少数で48[破]を駆け抜けた学衆と師範代への激励である。私たちは、まだ人が踏み込んだことのない深い[破]の森の本来の姿を思い描きながらこれからも歩んでいかねばならない。
写真:後藤由加里
きたはらひでお
編集的先達:ミハイル・ブルガーコフ
数々の師範代を送り出してきた花伝所の翁から破の師範の中核へ。創世期からイシスを支え続ける名伯楽。リュックサック通勤とマラソンで稽古を続ける身体編集にも余念がない、書物を愛する読豪で三冊屋エディストでもある。
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