【三冊屋】コロナの次代を切り拓くために(大塚宏)

2020/08/29(土)13:06
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 新型コロナウィルスが蔓延し、社会は根本的な見直しを迫られた。見直さざるを得ないと誰もが感じた。かねてより気になっていた『免疫の意味論』に取り組むべき時が来た。

 

 『偶然と必然』と『コロナの時代の僕ら』の三冊を併読することにした。地は、新型コロナウィルスに覆われた地球社会の現在。図は、ウィルスに対抗する免疫の意味、抗原に対する抗体が生まれるプロセス、それらを念頭に置きながらも押し寄せる波の中で溺れないように思考を巡らす素粒子物理学者の自意識だ。

 三人の著者はいずれも科学者であり、哲学者や文学者であるという共通点を持つ。

 

 「免疫の意味論」の著者である多田は、科学の成果を人文の目で眺める必要性を説き、文化・芸術を通して発信することを思い描いた。

 異物を認識し攻撃するのが免疫なのではない。免疫が認識しているのは「自己」であり、それが異物により「非自己」化されてから免疫は働き始める。どんな事態にも対応できるような仕組みを生み出す仕組みとして、免疫は存在している。非自己を取り込んだ自己を確認するという自らの行為を通じて自己を維持する。

 そういう免疫システムの柔軟な働き方に思い至り、生命のもたらすあらゆる現象への理解が深まり、応用を効かせることができるようになった。

 

 『偶然と必然』の著者であるモノーは、多田と同じ分子生物学者の一世代前の研究者である。科学に根拠を求め、科学において現象は決定できるとの断言が、賛否両論の議論を呼んだ。

 生命の全体性との差分にゆるく解釈の余地を残しておく多田らのスタンスと、モノーの姿勢との違いは僅かかと思いもするが、近くにいて接すると、そうとばかりは言えないのかもしれない。

 『コロナの時代の僕ら』の著者、ジョルダーノは国民的な文学賞の受賞者でもある。ウィルスの蔓延と免疫の攻防に対する知見はおそらく持っているのだろう。ウィルスが社会に与える圧力と、右往左往する同時代の人々を見ながら思索し、コロナが終息しても、決して元どおりに戻らない社会を作るべきだ、と決意を述べる。

 

 『偶然と必然』から50年、『免疫の意味論』から27年。多くの人に、100年前のスペイン風邪に見舞われた社会の記憶はない。しかし、何かしらの免疫機能により、社会の抗体はできていたのだろう。

 その知見をもとに、どのような社会を作っていくのか、まだまだ免疫機能を発揮していくべき時なのだと思う。

 

●3冊の本:

 『免疫の意味論』多田富雄/青土社
 『偶然と必然』J・モノー/みすず書房
 『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ/早川書房

 

  • 金 宗 代 QUIM JONG DAE

    編集的先達:宮崎滔天
    最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
    photo: yukari goto

コメント

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山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025