【AIDA】KW File.03「カットアップ」

2020/11/06(金)00:00 img
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KW File.03「カットアップ」(2020/10/17.第1講)

本コーナーでは、Hyper-Editing Platform[AIDA]の講義で登場したキーワードの幾つかを、千夜千冊や編集学校の動向と関係線を結びながら紹介していきます。

 ガイシンが「文学は絵画より少なくとも50年は遅れている」と言って教えたカット・アップフォールド・インは、バロウズを悦ばせた。一言でいえば超編集術である。カット・アップというのは、新聞や雑誌や書物から適当なセンテンスやフレーズやワードを切りとって、これを前後左右縦横呑吐に並べていくカット&ペーストの方法をいう。ガイシンによると、この手法をつかうとわれわれの無意識情報やサブリミナル情報がその文体中にメッセージとしてエピファニー(顕現)してくるという。

◆松岡正剛『方法文学』より、0822夜『裸のランチ』ウィリアム・バロウズ

 18冊目の千夜千冊エディション『方法文学』は、[AIDA]第1講のちょうど1週間後に発売された。第4章に収録された0822夜『裸のランチ』が、最終セッションでのキーワードと呼応する。

安藤昭子氏:
日本のカットアップ感覚は、特に江戸の頃に花開いたと聞きます。田中優子先生、そのあたりのところをお話しいただけますでしょうか。

田中優子氏:
江戸時代のカットアップは、浮世絵に代表されます。見える景色全部ではなく、注目すべき中心も外して、脇の方に視点をずらすというやり方が頻繁に行われました。

 編集的社会像の構想を目指す[AIDA]は、方法知としての編集工学をプログラムの随所に組み込んでいる。各月の講座に編集工学レクチャーの時間があるほか、講座と講座の間にも、AIDA師範代*と座衆が濃密な編集稽古を交わすという徹底ぶり。これらは、昨季まで15期続いてきたHyper-Corporate Universityにはなかった試みである。

*イシス編集学校の指導陣(川野貴志、鵜養保、永田拓也、金井良子)4名がロールを担っている

 セッションの中でも自然と編集用語が横溢し、方法知の理解に欠かせない多様な適用例を、各界の達人たるボードメンバーがすかさず提供する。AIDAボードメンバーであり、法政大学総長で江戸文化研究家、イシス編集学校では[離]を退院した千離衆でもある田中優子氏が、江戸のカットアップについて語った。

田中優子氏:
どうして主題を中心にしないのか。カットすることによって、時間感覚が入って来る効果を狙っているんですね。現実において、対象と自分のどちらかが動いているとき、自分に見えるのは一部分です。私たちはその感覚を持っているので、カットされた断片を見ると、まるでそれが動いているかのような感覚を持ちます。そして、描かれていない周囲が見えてくる。浮世絵は、頭の中に展開される想像力の世界を計算して描かれているんです。

 カットによる「限り」が生む余白と、切るという行為が立ち上げる自他および自他のアイダ感覚。江戸のカットアップについてのさらなる探求には、田中氏の『布のちから』や『江戸の想像力』をお勧めしたい。以下に一部を引用する。

 浮世絵のスナップショットの方法=切断の方法は、断片の方法である。たとえば広重が『名所江戸百景』の中で描いた一枚に、日本橋を通る魚屋の図があることは、すでに紹介した。この事例は、初鰹が売り出された初夏の朝、日本橋の魚市場から町へ繰り出していく魚屋が、今、目の前を左(魚河岸の方向)から右へ早足で通って行ったその瞬間を、まるでカメラが近づきすぎて失敗したかのように描いたもので、初夏の江戸の日常のかすかな断片である。そしてそれを見る江戸人たちの眼は、そのかすかな断片の向こうに、初夏の風を切って通り過ぎる魚屋の活気を充分に感じ得た。それは「初物」の活気であり、早朝の活気であった。橋の欄干の向こうにわずかに覗く江戸橋の背後が朝焼けと思われる色に染まっているので、江戸人はそれを早朝だと判断できる。江戸橋は日本橋の東に位置しているからだ。断片はこうして、江戸全体の地理から季節、時間、動き、活気までをも表現した。このことを、石庭を筆頭とする日本庭園の構造に対応するものと考えるのは、少しも無理がないだろう。砂利から覗く石の頭を、雲海に突き出る眼もくらむほど高い山々だと考えるのは「見立て」というが、断片とはつまり、見立ての方法のことである。

◆田中優子『布のちから 江戸から現代へ』164p-

 接続関係のはっきりした言語表現からみると、関係を限定しない関係の表現 —— たとえば列挙表現 —— は機械の遊びと同じような意味での「意味の遊び」が大きく、極めて不安定にみえる。伝達効率も悪い。にもかかわらず、「取り合わせ」や「間」や「連なり」が意味を形成していくという、論理関係とは異質な意味生成の可能性が、ここにはあった。

◆田中優子『江戸の想像力』255p-

いとうせいこう氏:
「切る」という行為自体が、おそらく編集というものなんですね。

 この日、カットアップについて熱い交わし合いが起こったきっかけは、いとうせいこう氏の発言である。いとう氏は、ボードメンバーとして[AIDA]に寄せた「見方集」にて、紙幅の制限なしという自由を謳歌するかに見えたウェブ媒体が、限るという方法、読み手に託すという方法を喪ったことを指摘している。[AIDA]には、ネットの進化を牽引し、今という時代を作ってきた企業からの参加者も多く、「ネットの進化のかげで喪失されたエディトリアルの本質」は重大なテーマであった。

 むろん、ネットそれ自体がエディトリアリティを殺し続けてきたわけではない。新たな技術、新たなメディアの上でこそ生み出される編集もあるだろう。イシス編集学校はオンラインのテキストコミュニケーションを主とするが、[守]のカット編集術や[破]の物語編集術をはじめとして、あらゆる編集の土台として「限る」ことの重要性を繰り返し学ぶ。編集稽古に取り組む時間さえも、最適に「限る」ように仕組まれている。

 「のぞき」は強調の手法であり、なおかつ受け手に"覗き込ませる"というコミュニケーションのきっかけづくりでもある。つまり、あらかじめ双方向性が目指されているわけだ。送り手が用意する「空き地」は、たぶん受け手と共に存在するための場所なのである。

◆荒井修・いとうせいこう『江戸のセンス 職人の遊びと洒落心』41p

 切るという編集、切ったものの組み合わせ、そして余白のクリエイティビティについては、松岡座長の多くの著作はもちろんのこと、[AIDA]の運営責任者である安藤昭子氏(編集工学研究所専務)が8月に出版した『才能をひらく編集工学』が詳しい。
 座長が予告したとおり、Hyper-Editing Platform[AIDA]全6講を通じて、じっくりと確認していくキーワードになるだろう。

 伏せて開ける」ことで触発されるイマジネーションは、「美意識」の観点のみならず、人間の創作力や想像力や記憶力のメカニズムから見ても、いたって理にかなっていることです。
 わたしたちが情報を頭に入れる時には、短期記憶と長期記憶と呼ばれる記憶領域が動きます。認識した情報はまず短期記憶に入り、それが何かしらの「意味」と結びついた時に、長期記憶として保存されていきます。
(…)
 この短期記憶から長期記憶へと情報が渡されるあいだには、踊り場のような記憶の領域があると言われています。中期記憶と言ったり、リハーサル記憶と呼ばれたりしますが、「伏せて、開ける」ことで引き出される編集力は、どうやらここに関連しているようです。
(…)
 人間は、インプットされた情報によって世界を認識しているだけでなく、その情報の「不足」によって意味をつくり出している。その足りない部分を補い統合していく能力が、人間の想像力の大きな部分を占めているとも言えそうです。
(…)
 日本人がことさら「余白」や「引き算」や「不足」や「不完全」を重視してきたのは、「何が」という実体への理解よりも、「どのように」の中に立ち現れる「生き生きとした面影」を交換することに、人間のコミュニケーションの本来があると見てきたからかもしれません。

◆安藤昭子『才能をひらく編集工学』172p-

松岡座長:
ルネ・デュボスの『場所の精神』の中に、小さな場所を失うとインスピレーションがなくなるという指摘があります。 鍵と鍵穴をすべてPeer to Peerにしてしまうと、エンシオスの神がいなくなる。エンシオスというのはインスピレーションの語源です。日本で言うと音連れ影向です。それがやってこなくなってしまう。そういうことをデュボスが説いていたので、僕は非常に、彼から影響を受けました。

  • 加藤めぐみ

    編集的先達:山本貴光。品詞を擬人化した物語でAT大賞、予想通りにぶっちぎり典離。編纂と編集、データとカプタ、ロジカルとアナロジーを自在に綾なすリテラル・アーチスト。イシスが次の世に贈る「21世紀の女」、それがカトメグだ。

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