良寛がふりやまない淡雪なら、松岡正剛は燠火、炭男だ。九天玄氣組組長の中野由紀昌は、昨秋刊行された『外は、良寛。』(講談社文芸文庫)を読みながら、松岡校長に毎年お届けする年賀編集のテーマを「炭男」にすると決めた。炭は冬の季語。ならば「炭男」をお題に、句を詠もうじゃないか。
炭男というのは、お望みならぼくを使っていつでも火をおこしていただいて結構、ときには消し炭になってマッチ一本で火がつくように準備しつづけて進ぜようということで、ふだんは真っ黒けの炭化物だという意味だね。ただの炭。折ったり割ったりしようとすれば、すぐ粉々になるフラジャイルな奴。でもその炭でドローイングもスケッチもできる。そんな気分をあらわしている。その炭男がいつのまにか火元になった。じっと黙っているときが炭男の松岡正剛、点火されているときが火元の松岡正剛……。燠火こそ、ぼくの理想だからね。
千夜千冊#1249『大乗とは何か』
エディストそれぞれの胸中に炭男は寄り添っているだろうが、九天玄氣組の場合は、ことあるごとにマッチを握りしめた中野組長がそっと組員に着火して、各々に宿る炭男をあぶり出そうとするから、おのずと組全体が熱くなる。だから句集を編むにしても、単に句を詠んで終わりじゃ炭火の放つ遠赤外線効果は生まれない。炭男の火を求める組員の奥底に燃える野望を白状してもらう何かがほしい。そこで組長が思いついたのは「番組」だ。
炭は編集装置である。一旦、火をつけると不思議と炭から目が離せなくなるし、手もかざしたくなる。尉をかぶりはじめれば新たな炭を継ごうとする。場が暖まるといつの間にか炭火のまわりに人は集まり、よもやま話に花が咲く。そんな炭火の力に肖る番組を、句集とともにお届けしたいと考えたのだ。もちろん、リスナーは炭男のみである。
句集はA5版ヨコ48ページ。組員にも一冊ずつ届けられた。
まずは、オンライン(Zoom)で句会を開いた。始めに一人10句ほど投句。出揃った191句から各自好みの句を10句投票してアタリをつける。さらに磨きをかけた上で一人3句に絞り、最終的に35名105句の句集を編んだ。松岡校長を埋火、燠火など炭火の状態に見立てて詠んだ句が多い。
ほんの一部を紹介すると、たとえば埋火。
埋火やモノ・コト掬う手の仕草(松永真由美)
埋火や懐深く抱き寄せて(内倉須磨子)
埋火や秘宝光りて八方に(田中さつき)
埋火の絶えることなし幾千夜(宮坂千穂)
埋火のまだ冷めやらぬ夜更けかな(光澤大志)
断然多かったのは、跳ね炭・爆ぜ炭!
跳炭よカムパネルラを撒き散らせ(門倉正美)
更けし夜の雨去る空にはぜし炭火(新部健太郎)
爆ぜし炭眼(芽)出せ鼻(花)出せ息(粋)も出せ(内倉須磨子)
やつれたる道化のよるべ爆ぜる炭(籾山健太郎)
白炭の爆ぜて燠火のなお紅し(中村まさとし)
炭爆ぜて暴走族は走り抜け(迫村 勝)
跳ね炭の熱を残して番稽古(石井梨香)
退院後も筆を休めない校長を詠む句は、皆が納得するところ。
パチパチと炭男の指が弾む夜半(松永惠美子)
燃え尽きてなお燃え盛る炭一つ(後藤 泉)
凍る夜も手あぶりを抱き筆を継ぐ(上原美奈子)
炭男不断の阿蘇の火のごとく(光永 誠)
九天玄氣組ならではの句もある。
擬義ありて美女も扮う炭男(吉田麻子)
跳ね炭の散ったる先は筑紫島(光永 誠)
あそぼうよふくべのなかのひのもとで(飛永卓哉)
もはや松岡正剛は、炭男以外のナニモノでもないように思えてくる。
ラジオ番組、その名も『外は、正剛。』
番組タイトルは『外は、良寛。』に倣い、『外は、正剛。』。構成や編集を一手に引き受けたのは、放送研究家でラジオディレクターの川崎隆章(師範/千葉)である。ラジオ番組なので主体は音声だが、今回は映像もリクエストしたので、当然機材もタスクも倍増。なんとビデオカメラ3台、パラボラマイク、録音機は川崎が一人で操るという前代未聞の収録となった!!
木更津から現地入りした川崎隆章。一人でこれらの機材を操作。長いラジオ人生の中でも初体験と苦笑する。
実際のラジオ番組と同様の台本を川崎が仕立てた。テレビとラジオの編集は根本から異なることを知る機会ともなった。
収録日は11月21日。今も九州の真ん中で噴煙を上げる阿蘇、その麓にある茅葺屋根の家屋一棟を借り切った。阿蘇茅葺工房の茅葺き屋根職人が寝泊まりする家屋で、囲炉裏もしっかり備わっている。炭火の管理は、茶席で炭には馴染みがあるという飛永卓哉(38破/福岡)と出崎由美子(40守/福岡)に委ねた。建築家の入江雅昭(師範代/熊本)も要所要所でアドバイスする。途中、冷たい雨も降り出したが、炭火のおかげで屋内は暖かい。ほのかに甘い炭の香りに包まれながら、準備は着々と進められた。
炭の置き方にこだわる出崎由美子(左)。飛永卓哉の眼差しも真剣。
パーソナリティは、九天のマリリンことムードメーカー三苫麻里(師範代/福岡)。多彩な顔を持つ三苫も、今回は和服姿で慎み深く、しとやかに場を進行した。前半は石井梨香(守番匠/福岡)と三苫の二人が、お正月にふわさしい和やかな語り口で句集「炭男」の作品を分析、組員の視点とその傾向を取り上げながら紹介していく。
三苫麻里(左)と石井梨香は花伝所の同期で息もぴったり。九天のシンボル黒瓢箪も囲炉裏端に鎮座した。
前半が点火始めなら、後半は燠火だ。「燠火ing」と題して、九州に火を点けたいと野望を抱く三人にインタビューする。組長が指名したのはコーヒー店を経営する品川未貴(師範代/福岡)、30代前半で福津市議会議員となった福井崇郎(40守/福岡)、地域活性化事業に取り組む西日本新聞の鳥越博文(34守/福岡)だ。それぞれ舞台も目指す方向も違うけれど、地元の人たちと膝を突き合わせ、地域の暮らしや文化を豊かにするためには松岡校長の説く「日本という方法」と編集力が欠かせないと日々奮闘している三人だ。
二階から収録リハーサルの様子を撮影。暖かな炭火に包まれて緊張もほどよく解れていく。
ラストは吉田麻子(師範代/熊本)が炭火の映像と弾ける音とともに句集「炭男」の全句を朗読。作品の機微をすくいとるような、たおやかな語り口、しかもワンテイクで収録OK。番組に余韻をもたらす演出も大成功だと、川崎ディレクターも絶賛していた。
収録時間はトータルおよそ6時間。川崎の采配で90分以内に編集、DVDに焼いた。題字は九天の誼舟・小川景一(3離/鹿児島)。
今回も内倉須磨子(8守/北九州)の紙技が光る。燠火な年賀を和紙で表現している。
九天の年賀作品は毎年、松の内までにお手元に届くよう宅配を手配する。今年は編集工学研究所の年始会が開かれた1月6日の夜に、松岡校長の手で開封されたと聞く。偶然にもその日東京は雪で、良寛の命日だった。
「開封一番、今年は炭男か!と破顔していましたよ」と松岡事務所の寺平さんと上杉さんは教えてくれたが、破顔したあとの様子はわからない。なにしろ、句集「炭男」に火入れ(添削)をお願いしているのだ。多忙極まる炭男・松岡校長にさっそく火を乞うているのだから、弾け飛んでくるのは、やはり跳ね炭か…!?
いまは心静かに待つのみ。九天に火が点いたらお慰み!
番組収録のオールキャスト。終了後は阿蘇の赤牛でエネルギーチャージ!
◎セイゴオちゃんねるでは、開封の様子もレポート
(写真:中野由紀昌・品川未貴)
中野由紀昌
編集的先達:石牟礼道子。侠気と九州愛あふれる九天玄氣組組長。組員の信頼は厚く、イシスで最も活気ある支所をつくった。個人事務所として黒ひょうたんがシンボルの「瓢箪座」を設立し、九州遊学を続ける。
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