37[花] 調子はどうだい? 花伝式目演習第三週:メトリック(程)

2022/06/02(木)21:13
img

「式目演習の調子はどうだい?」

 

「式目演習の調子はどうだい?」

入伝生がそう問われたなら、自分と道場の状況を思い浮かべるだろう。答える言葉を選ぶとき、そこには「メトリック」が起動している。

 

メトリックは花伝式目のひとつである。metricの語は測定や距離を意味し「測る」を原義としている。メートル、メトロノーム、バロメーターとも同根の言葉だ。編集工学においては「測度感覚」とされ、花伝所では「程(ほど)」の字をあてる。

 

師範代の指南でも、いくつものメトリックを重ね、測ることによって、学衆の回答の持つ意味やイメージを読み解いていく。

 

 

「式目演習の調子は数字で分かる?」

 

M3演習の初日、くれない道場に突如、「発言スコア」を集計したISIS版セイバーメトリクスが届けられた。花目付・深谷もと佳からの差し入れである。

測定しているのは、応答速度、発言数、自由発言量、振り返り(FB)発言量だ。これらの測定値に簡素な関数をかませて「冗長度」「発言頻度」「言語密度」を導出している

[週刊花目付#004]ホドがある。

 

そこには、演習の調子が、詳細な数値としてスコアされていた。数字だけに囚われてしまえば、適正値に照らした正誤判断や、数だけを求めるいいね信仰に陥いるだろう。しかし、深谷は一人ひとりの数値を解釈し、言語化する。
  ──オンダは探究心を全開
  ──イナモリは雑談から思考を加速させる芸風
  ──イズミは道場で唯一「交流活性型」で場をホストする意識が高い
といった「見方づけ」を忘れてはいなかった。

 

そんな深谷スコアを受けて、くれない道場の花伝師範・中村麻人は「測るということの冒険」と評した。数理の人である中村自身も「データサイエンスモードに着がえ読みスジを共有したい」と企む。読みスジとは、情報を解釈するための「測り方」と言い換えることもできる。

 

データに読みスジが加われば、調子を読み取れるカプタ(解釈可能な情報)に変わる。「ナマの数字」ではない「読みスジ含みの数字」には、メトリックが躍っている。

 

 

「調子を『いじりみよ』?」

 

先ごろ、入伝生たちは師範代をもどき「いじりみよ」指南に取り組んだ。

 

「いじりみよ」とは、編集対象の「位置づけ・状況づけ」に対し、「理由づけ・見方づけ・予測づけ」を紡ぎ出すための創文の型である。

 

編集対象は、かならず何かしらの状況の中に位置づけられている。日本の私、蛍の光、窓の雪。私は日本という状況に置かれ、光は蛍のお尻に灯り、ただの雪ではなく窓の雪なのだ。その佇まいや趣きや動向、すなわち調子を「型」で読み解くことで、書き手独自のメッセージになっていく。そのときの「型」選びの意識こそが、メトリック感覚だ。

 

メトリックとは畢竟、どんなモデルで情報を分節化するかという、検討と決断の方法である。

 

学衆は、いくつものメトリックを試行錯誤し創文する。師範代は、メトリックからの要約と連想を促し、ときに別様のメトリックを示唆していく。

 

 

「君と世界の調子はどうだい?」

 

「君と世界の調子はどうだい?」

ユクスキュルのトーン概念を借りれば、「どんなトーンで世界を感じているんだい?」と言い換えたっていいだろう。

トーンというのは、動物たちがその世界像をもつための特定フィルターのようなものだ。たとえばミミズを捕食するカエルにとってのトーンは数センチの棒状のものとの出会いがつくっているトーンである。だからカエルはミミズとゴム屑をまちがえる。ムクドリにとってはハエの飛びぐあいのトーンがムクドリの世界像をつくるフィルターになっている

ユクスキュルはこのトーンとしての調子フィルターを「意味」ともよんでいる

735夜『生物から見た世界』ヤーコプ・フォン・ユクスキュル|松岡正剛の千夜千冊

 

「調子はどうだい?」
いくつものメトリックを重ね、その問いに応じてみてほしい。

そこには「意味」が生まれるのだ。

 

文・アイキャッチデザイン 阿久津健(錬成師範)

 

 

 

【第37期[ISIS花伝所]関連記事】

37[花] 花林頭・阿久津がゆく、アートとデザインのAIDA

37[花]M1演習 私の前に投げ出された世界を捉える

37[花]乱世に道場開幕!
37[花]入伝式 松岡校長メッセージ 「稽古」によって混迷する現代の再編集を
37[花]ガイダンス 却来のループで師範代に「成っていく」
37[花]プレワーク  編集棟梁は 千夜を多読し ノミを振る[10の千夜]
37[花]プレワーク記憶の森の散歩スタート

  • イシス編集学校 [花伝]チーム

    編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。

  • 42[花] 問答条々 動き続ける花伝所の3つの「要」

    2024年10月19日(土)朝。 松岡校長不在で行われる初めての入伝式を、本棚劇場のステージの上から校長のディレクターチェアが見守っている。   「問答条々」は、花伝式目の「要」となる3つの型「エディティング・ […]

  • 41[花]過去のことばを食べたい 『ことば漬』要約図解お題

    飴はアメちゃん、茄子はなすび、お味噌汁はおつい。おさない頃はそんなふうに言っていた。方言の音色に出会うとドロップのように口にして、舌でころがしたくなる。とくに、秋田民話をもとにした松谷みよ子さんの『茂吉のねこ』は、どの […]

  • 41[花]花伝的レミニッセンス(2)

    学び(マテーシス)は想起(アムネーシス)だと喝破したのは哲人ソクラテス。花伝所の式目演習にも、想起をうながす突起や鍵穴が、多数埋め込まれている。M5と呼ばれるメソッド最後のマネジメント演習には幾度かの更新を経て、丸二日間 […]

  • 41[花]花伝式目のシルエット 〜立体裁断にみる受容のメトリック

    自分に不足を感じても、もうダメかもしれないと思っても、足掻き藻掻きながら編集をつづける41[花]錬成師範、長島順子。両脇に幼子を抱えながら[離]後にパタンナーを志し、一途で多様に編集稽古をかさねる。服で世界を捉え直して […]

  • 41[花]花伝的レミニッセンス(1)

    今期も苛烈な8週間が過ぎ去った。8週間という期間はヒトの細胞分裂ならば胎芽が胎生へ変化し、胎動が始まる質的変容へとさしかかるタイミングにも重なる。時間の概念は言語によってその抽象度の測り方が違うというが、日本語は空間的な […]