「どろろ」や「リボンの騎士」など、ジェンダーを越境するテーマを好んで描いてきた手塚治虫が、ド直球で挑んだのが「MW(ムウ)」という作品。妖艶な美青年が悪逆の限りを尽くすピカレスクロマン。このときの手塚先生は完全にどうかしていて、リミッターの外れたどす黒い展開に、こちらの頭もクラクラしてきます。

花粉が飛び、黄砂が飛び、ミサイルが飛び、次はなにが飛んでくるのかと思ったら、ふたりの若者が飛んできた。17歳の女子高生・細谷さんと20歳の音大生・夛田さんだ。出迎えるは、松岡正剛好きが昂じて彼女を残して編集工学研究所(略称:編工研)の近所に移り住み、編工研でインターンをしてきた22歳・山内貴暉。Z世代の若者3人が世田谷豪徳寺の本楼(ほんろう)に集い、初の山内プレゼンツ・本楼エディットツアーがはじまった。
壁は本棚、柱も本棚。天井以外は本で埋め尽くされている本楼は、編工研1Fにある異次元の知の森だ。本の並びは通常の図書分類とはまったく異なる松岡正剛流。どこにどんな本があるのか、山内の本棚語りに聞き入ったあと、2万冊の本のなかから1冊を選んでくるように言われたふたり。ぐるぐると歩き回り、はしごも登って細谷さんが手を伸ばしたのは、青地に金の文字や図柄が映える『近松浄瑠璃集 中』(有朋堂書店)だ。装丁の美しさに心惹かれて選んだ。ふだんから絵を描くことが好きで視覚情報に敏感だという。
細谷さん、実は今年1月の本楼エディットツアーにも参加していた。再訪の理由を尋ねると「楽しかったから」とにっこり。どうやってイシス編集学校を知ったのだろうか。
ある本屋の店員さんが、松岡正剛さんの雑誌『遊』がいいと紹介してくれたんです。実際に見たら表紙がよかった。いまの雑誌はだいたいダサく見えるけど、あれはダサくなかった。
松岡校長には『17歳のための世界と日本の見方』という著書があるが、17歳の女子高生が松岡正剛を知ったきっかけはこれではなく、絶版で入手もしづらい『遊』というのが驚きだ。
そのあと千夜千冊をはじめて見たときはヤバイのがあると思いました。ネットに転がっているホームページやブログはあまりおもしろくないけれど、千夜千冊はそうじゃない。それどころじゃない。ひとつ選んで読んでみるとなにを言っているかわからないし、知らないキーワードしか出てこない。自分が知らないことがどれだけいっぱいあるかを突きつけられました。でもそういう絶望に出会うと、そっちのほうに行きたくなるんです。それから松岡さんを追いかけてます。
無知に気づき、未知へと踏み出したくなるという細谷さん。5月に開講する第51期[守]基本コースへの申込みも済ませていた。『遊』、千夜千冊ときて、ついにイシス編集学校を見つけてしまった17歳は「大学にいくよりイシスがいいと思った」とさらりと言う。“ヤバイ”ものを見つける研ぎ澄まされた嗅覚、タダモノではなさそうだ。
夛田さんが選んだ1冊は『九鬼周三 偶然性の問題・文芸論』(燈影舎)。前日、ちょうど九鬼周三の千夜千冊を読んでいた。聞けば4カ月前にはじめて千夜千冊を知り、それから松岡正剛ファンになったという。松岡校長のどこに惹かれるのかを尋ねた。
方法を重視しているところです。
開口一番「方法」という言葉が飛び出すとは、またしてもタダモノではない予感。音楽家の両親を持ち、幼いころからバイオリンやトロンボーンに親しみ、大学ではコンピューターを使った作曲や編曲を学んでいるという夛田さん。音楽はもっとも身近なものであるはずが、急に曲がつくれなくなったり、急に楽器が弾けなくなることがあり、なにが指を動かしているのか、なぜ弾けるのか分からなくなる。そんなことを繰り返すうち、音楽に潜む方法に関心を持つようになった。松岡正剛の方法哲学に分け入り、編集工学をいいかえて“編曲工学”がありうるのではないかと希望に燃える20歳。山内が妙に楽しそうに夛田さんとおしゃべりしていたのは、松岡正剛オシな若きメンズ「チームYADOKARI」に引き入れるためのマーキングか。夛田さんもまた51[守]に申込み済みであった。51[守]、なにやら楽しそうではないか。
セイゴオ推しのふたりを相手に、本楼ツアーを進行する山内の語りにも熱が入る。ふたりがそれぞれ選んだ本で目次読書のワークをしたあと、さらにもう1冊を加え、3冊を組み合わせて「新入生に贈るプレゼントを考えてみよう」というお題が出された。3つの情報の組み合わせ方のヒントとして、[守]基本コースで学ぶ「編集思考素」のミニレクチャーをする山内。事前に2度もリハーサルをしたというだけあって、黒板を使いながらの説明もスムーズだ。
三位一体、三間連結、そして一種合成。AとBが組み合わさってまったく別のCが生まれるという一種合成の例として、マンガと喫茶店が合わさりマンガ喫茶が生まれたという話をする。ふむふむ。だが次の瞬間、山内以外の目が点になった。
チョコと最中を合わせたら何になります?いまみなさん食べてますよね。
チョコと最中を合わせた場合、チョコ最中というのがおそらく定説だろう。だが目の前にあるのは、先ほど田中晶子所長から差し入れられたブドウのタルト。編集術を使えば世界の見方が変わるとはいえ、どう見てもこれはブドウのタルトにしか見えない。
チョ、チョコ最中…
ああ、チョコ最中ではなかったですね。
凍てつく空気を察したのか、山内は自らツッコミを入れた。するとこの日一番の笑いが巻き起こり、一気に場が和む。[守]で学ぶ編集術に「パロディア」というものがあるが、まさかここで差し込んでくるとは。恐るべき山内の編集術であった。
チョコ最中に気を取られてお題を忘れそうになったが、若者ふたりはしっかりと続きを考えていた。「この本を舞台にしたらどうかな?」夛田さんが切り出すと「それはおもしろいね」と細谷さんとの交わし合いが盛り上がる。
『乱世の精神史』が舞台で、『偶然性の問題』が舞台装置として周囲を漂い、舞台の上には『近松浄瑠璃集 中』が演者として立っているイメージ。タイトルは『ミニチュア・ジャパン』にします!
周りのアドバイスなしに「見立て」を使い、タイトルまで決まった。山内のボケを受けて、ふたりの編集脳が加速したようだ。
こうして本楼ツアーは無事に終わり、51[守]の準備体操もバッチリ。終了後も2時間ほど本楼に残って余韻を味わう姿を見ると、さぞかしツアーが楽しかったに違いない。
最後にツアーの感想シートを提出してふたりは本楼を後にした。
おやつが豪華でびっくりしました。
意外とたばこのにおいがしない。
ツアーの内容には触れずに読み手の想像に委ねる。
やはり、タダモノではない。
▼愉快な若者たちと編集稽古をしたくなったら、51[守]へどうぞ!お申込み・詳細は以下のバナーをクリック
▼「本楼」を味わうエディットツアーは4月23日(日)14:00~15:30にも開催。この春の本楼体験ラストチャンスです!
福井千裕
編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。
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