龍が話しかけてくる◢◤[遊姿綴箋] リレーコラム:林愛

2024/01/18(木)08:40
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 神社に住んで8年になる。といっても、先月書いた来訪神を擬こうなんてつもりではない。縁あって宮司の息子と結婚し、その片隅で暮らしている。2024年が明けて、初詣に来た人たちが鳴らず鈴の横に、今にも飛び立ちそうに龍が翼を広げていた。

 

 

 木鼻というそうだ。神社の拝殿やお寺のお堂の入り口の柱から、頭貫という横木が出た部分のことで、鎌倉時代以降に複雑な装飾が施されるようになったという。そこからわたしたちをじっと見おろしているのは、獅子や龍や貘などの想像上の生きものたちだ。

 

 

 は十二支の中で唯一実在しない生きもの。十二支は、モンゴル帝国の支配が及んだ、西アジアや東ヨーロッパの一部の地域にもあるという。ただ龍は、アラビアではワニに、イランではクジラに置き換わっている。ワニもクジラも、そこに住む人が見たことがないような動物だ。古代ペルシャで生まれたゾロアスター教には、アジ・ダハーカという悪神によって生み出された三つ首の龍がいるという。アダムとイブを唆した蛇や、英雄によって退治されることの多いドラゴンのように、中東でも龍は忌まれて交代させられたのだろうか。

 

 

アジ・ダハーカ

ラファエロ・サンティ『聖ゲオルギウスと竜』

 

 

 ドラゴンが火を吐くのに対し、龍は戦国時代から漢代の『管子』に「水から生ず」と書かれている。そんなふうに龍とドラゴンには対照的なところがある。けれどどちらも、木火土金水のなかでつねに揺れ動いているものを象徴している。

 そもそも、十二支ははじめから動物ではなかったそうだ。中国の代の遺跡から、日付を表すために使われていた、十干と十二支を組み合わせ表が発掘されている。しかし、それは約12年で天球を一周する木星の位置を示した、12の「辰」の名称としての十二支だった。時代が下って、中華王朝が周辺国や文字の読めない人々にを普及させるために、それぞれの辰の名前に音が似ている動物を当てはめたという。

 

 

 同じように言葉や文字を共有できない相手、赤ちゃんがはじめて出会う「お友だち」は動物なんだと子育てをするようになって思った。絵本はもちろん、服や身の回りで使うものにも、クマやウサギやイヌやネコがけっこうな確率であしらわれている。それらはリアルな動物ではなく、子どもがはじめて触れるキャラクターだ。(子どもが認識している少しのんびり屋で気のいい「くまさん」と、最近ニュースで見る人里に降りてきた「熊」とはかなりのギャップがあると思う。)

 

 なにもない空。神さまが降りてくるためのおうち。そんな茫漠とした空間に目鼻がついて、空想上の龍や、イメージの中にだけ住むクマがこちらに語りかけてくるキャラクターになると、そこに物語が走り出す。その存在たちがどんな表情でなんて話しかけてくるのか、それがその人の世界イメージになる。

 火のように水のように、かたちをとどめておくことのできないものにあふれたこの世界を、ひととき読めるようにしてくれるもの、それが(実在するとしてもリアルから離れた)想像上の動物たちなのだろうと、今日もクマやウサギを相手におままごとをする娘を見ながら思った。

 

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◢◤林愛の遊姿綴箋

 冬になるとやってくる(2023年12月)

 龍が話しかけてくる(2024年1月) (現在の記事)

 

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  • 林 愛

    編集的先達:山田詠美。日本語教師として香港に滞在経験もあるエディストライター。いまは主婦として、1歳の娘を編集工学的に観察することが日課になっている。千離衆、未知奥連所属。

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