ハンノキの葉のうえで、総身を白い菌に侵されて命を終えていたキハダケンモンの幼虫。見なかったことにしてしまいたくなるこんな存在も、アングルを変えてレンズを向けてみると、メルヘン世界の住人に様変わりする。
▼日本のバレエ人口は、2021年の調査で25万6000人だという。2011年は40万人だったそうで、大幅に減ったのは少子化やコロナ禍の影響もあるだろうし、ヒップホップダンスやストリートダンス教室に生徒が流れているからという説もある。しかし「日本のバレエ教育環境の実態分析調査」の結果をよく見ると、年齢別の学習者は、小学生までの各年齢層と50代~80代の各層で増加している。バレエを踊る人は、幼児から後期高齢者まで幅広くおり、年齢を重ねてもやめない人が増えているとみえる。
▼外来の文化であるバレエが日本に入ってきたのは1911年といわれている。習い事として実際に踊る人が増えたのは、森下洋子さんが1974年にヴァルナ国際バレエコンクールで金賞を受賞し、世界的に有名になった頃からだろう。1990年代になると憧れの習い事からスタンダートな習い事になったようだ。
▼どうしてこんなに広まったのか。バレエは職業になりにくく、上達するのも難しい。歌や楽器、絵なら、技術はそれほどでもなくても「味があっていい」という評価もあるのだが、バレエについて、ヘタウマはありえない。プロとアマの間には越えがたい壁がある。
▼何がそんなに難しいのかといえば、バレエは最初から最後まで型であり、その美しい型を身につけるのに時間がかかるのだ。立つ、足を踏み出す、腕を動かす、顔の向きをつける…すべてのポーズと動作に名前がついており、美しく見えるためのルールがあり、その通りにしないといけない。その決まったルールを自分のものにすることが、容易ではない。一度でも体験してみれば、わかるはずだ。とくに技術も筋力もいらないような簡単なポーズでも、先生は女神のように美しいのに、自分はやぼったくカッコ悪い。一生懸命マネしているのに、どこが違うのがわからない…ということにガクゼンとする。10年やっても、なかなかバレエの美にならない。型どおりにするのに一苦労。さらに美しい型にするためには、身体を動かす際にどのように意識を向けるかが関わってくる。教えるのも習うのも難しいことだ。美しく型にはいり、それを自在に組み合わせ、音楽的に踊るまで高めるのは、遠い遠い道のりなのだ。
▼簡単ではないからこそ、続ける意味があるのだと思うのが日本流なのかもしれない。そう簡単には身につかない、一生をかけて学ぶ、芸を磨く、というカマエが日本にはあった。技芸を学び、作法を身につけるうちに人格が陶冶され、それが芸ににじみ出ると考えるのが芸道というものだと思う。バレエに出会い、魅せられた日本人は、それを芸道として捉え、そういうカマエで稽古に励んできたのではないか。
▼入手困難なバレエの型は、バレエ以外のダンスやスポーツにも通用する。フィギュアスケート、競技ダンス、新体操、ジャズダンスでもバレエのレッスンをしている人は多い。バレエは普遍的な美の型なのだ。職業になるとか何かの役に立つとか以前に、姿勢よくあるために、筋力を保ち健康でいるために、毎日自分を支えるアルスなのだと考えることもできる。
▼日本のバレエ人口の大半は苗代のまま、初心のままにとどまっているように見える。なかなか成果のでないものに、それでもあこがれをもって、粘り強く向かう芸道感覚がこんなところに継承されている。遠く高いところにある美に、じわじわと近づくのをライフワークにしている苗代な人たちが、バレエの裾野を広げている。
参考資料:日本のバレエ教育環境の実態分析
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原田淳子
編集的先達:若桑みどり。姿勢が良すぎる、筋が通りすぎている破二代目学匠。優雅な音楽や舞台には恋慕を、高貴な文章や言葉に敬意を。かつて仕事で世にでる新刊すべてに目を通していた言語明晰な編集目利き。
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2026-02-10
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2026-02-05
誰にでも必ず訪れる最期の日。
それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)
2026-02-03
鋸鍬形、犀兜、鰹象虫、乳母玉虫、碁石蜆、姫蛇の目、漣雀、星枯葉、舞妓虎蛾、雛鯱、韋駄天茶立、鶏冠軍配、鶉亀虫。見立ては、得体の知れないものたちを、手近に引き寄せたり、風雅に遊ばせることの糸口にもなる。