仕事で、家庭で、社会で、乗り越えたり打ち破ったりしなければならない壁はあちこちにあるだろう。編集学校では今、その「壁」が話題になっている。
発端は51[破]の秘密として第83回感門之盟「エディット・タイド(EDIT TIDE)」2日目で明かされた、指導陣のこれまでとは異なるTIDE(態度)だ。ふくよ番匠こと福田容子は語る。
編集稽古に手本はいらない。個人がなんでも調べることができてしまうこの時代。師範代自らが学衆の壁になるしかない。
遊刊エディストJUSTライターチームでも、「あれは絶対に記事に残したい」と高速編集が行われた。
同じ日に教室名をもらったばかりの来季[守]講座の師範代たちも「[守]における壁とは何?」「[守]は入門編だから壁はいらないのでは?」など、講座そのもののあり方をめぐるイキイキとした対話がはじまった。
[守]と[破]の間でうずうず、ゆらゆらしている人たちの心境はどうだろうか。壁を前に決意を新たにしたり、立ちすくんだり、様々なことだろう。[守]に入門しようか迷っている人たちは何を思っただろうか?
そんな中、感門之盟Day2とDay3の間、3月20日、本楼にて、張本人であるふくよ番匠のエディットツアーが始まった。テーマは「カクカタル・伝える力」。「伝えたい」と「伝わる」の間に立ちはだかる壁を、[破]の文体編集術で学ぶ型でぶち破るものだ。
◇ ◇ ◇
■怖いからこそ、登りたい
本楼に集った14人がツアーに差し掛かるまでのTIDE(経緯)は様々だ。[守]を卒門したばかりの人、編集学校未経験の人、[破]に進む前に「石橋を叩きにきた人、次期師範代、師範代経験者、仕事で編集をしている人もいる。祝日開催らしく、5歳と0歳のチャーミングなお客様もいる。5歳のAちゃんは開講前から参加者のひとりに絵本を読んでもらっている。すっかり共読モードに着替え終わったようである。
Aちゃんが読んでいた絵本。きょうの本楼は子ども編集学校のようだ。
ふくよ番匠、原田[破]学匠、編集学校を切り盛りする八田律師が参加者を本楼へ誘う扉となって登場する。それぞれの挨拶の後、八田律師による本楼案内が始まった。案内図を見ながら本楼の全体像を伝えてから、各コーナーの紹介をしていく。本楼初体験の参加者に配慮してか、珍しい本については一言案内が加えられる。
「日本ではセンシティブに扱われがちな宗教にまつわる本や任侠の本も、あらゆる情報の一つと捉えて広く編集対象としています」。本棚対する校長松岡正剛のエディット・タイド(EDIT TIDE)が参加者に届けられ、本楼への扉が開かれた。
本楼を案内する八田律師
一冊の本の前で立ち止まる人。スタスタと梯子を登る人、柱や棚板の材質や構造に興味を示す人、ブビンガ製のテーブルに吸い寄せられる人、知っている本に出会いホッとする人、それぞれの本楼体験が起こった。Aちゃんの冒険も始まった。梯子に登った参加者に倣って、恐る恐る梯子に登り出したのだ。登りきったあとは、特に本を手に取ることもなく、しっかりとした足取りで、梯子を降りた。歓声と賞賛の拍手が沸き起こった。
■型ナシ→型カタリ
いよいよ「カクカタル・伝える力」の体験ワークがはじまる。「書く」を「語る」と読み替えて、今、本棚から選んだ伝えたい本の中身を「ねえ、聞いて聞いて」と相手に語るのだ。
まず型を使わずに相手に語ってもらったあと、型を使って情報を整理し語り直す、という形でワークが進んでいく。参加者の語りはどう変化するだろうか?
最初の型は「3つのカメラ」。1つめは行動や動きを捉える足のカメラ。本なら装幀やページ数、本の構成などがこれに当たる。2つめは目のカメラで、実際に見えるものを捉える。3つめは心のカメラで、感じていることを捉える。これらをバランスよく使っていく。
ふくよ師範は「カメラのコツは子どものような目で対象を発見的に見ること」と伝え、Aちゃんの様子を紹介する。その目のカメラは本棚に置かれたリモコンを捉え、リモコンでライトの色を変えられることを発見していた。梯子を一段一段確かめながら登った時には足のカメラが、恐れや喜びを全身で感じ、表現しているときには心のカメラが連動して起動していたのだろう。
■型カタリ→型×型カタリ
3つのカメラだけでも、相手が理解しやすい語りになるのだが、ここからが加速するのが編集学校。ここにさらに別の型を掛け合わせていく。
3つのカメラで捉えた情報は立体的で複合的なので、たくさんの情報が一つの画像にひしめきあっている。一方話し言葉や書き言葉は一度にあれもこれも同時に伝えることが難しい。だから、情報を整理し直す必要がある。そのために、ホップ・ステップ・ジャンプ、カメラ+電話=スマホ、など情報を3つずつ束ねる型を用いて、構造化していく。こうすることで、相手は話の内容を捉えやすくなるのだ。
ここで参加者には再び伝えたい本を語り直してもらう。「みなさんがどんどん堂々としてきた」とふくよ番匠は目を細める。
ちなみにふくよ番匠自身も講座自体を「型のワーク→解説&編集学校の紹介→参加者の振り返り」「型を使わない場合→1つ目の型を使った場合→2つ目の型を重ねた場合」など、ポイントを3つに分けながら組み立てている。同時に参加者の様子を足のカメラで時間配分を考え、目のカメラで参加者の様子を見守り、心のカメラで状況を察しては「わからなくなったらアイコンタクトで知らせてくださいね」など声掛けをするなど、3つのカメラも活用している。もちろん、壁・膜・扉の3つの間を行き来しながら使い分けてもいる。このふくよ番匠の立ち回りは師範や師範代などベテラン参加者にとっても、貴重な学びになっただろう。
柔らかい膜となり型と参加者を繋ぐふくよ番匠
その傍らでAちゃんも絵本を読んだり、大人を真似て文字を書いたり、色鉛筆を一番きれいに見えるようにと方針を決めて並べ替えたりと、のびやかに編集的に遊んでいた。ふくよ番匠も「校長も編集の場に子どもがいることの大切さを語っていた」とその場で起きたことも編集のチャンスと捉えて、毛布のような暖かい膜になってAちゃんを包み込んでいた。
■編集ガタリ
40分ほどのワークが終わり、ふくよ番匠による振り返りと解説がはじまった。このプログラムは[守]を終えて[破]に差し掛かる人のために用意した内容だった。ところが参加者の中には[守]未受講の人たちもいたため、基本的なことも織り交ぜながらら[破]の型を体験してもらうようにしたという。これを全員がクリアしたことにふくよ番匠は「驚きと共に感動している」と語った。
続けて実際の[守]と[破]の稽古で何を学ぶのかが、紹介される。編集学校の講座は[守][破][離]と進む。[守]ではまず、世の中にはナマの情報はなく、伝える人や受け取る人により編集されていることに気づき、次にその情報を自分が扱いやすい状態にする型を学ぶ。固まって動かなくなっている情報をわけて・あつめて、関係性を見極めて自分の持っていきたい形に構造化し、伝えるためのお化粧をするための型を学ぶのだ。
[破]ではきょう「話す」という形でやったことに「書く」という形で取り組んでいく。私たちは言葉でコミュニケーションをとっていて、かつ概念は言葉の形をしているので、言葉で概念化しないと伝えることができない。だから言葉に意識的になり、言語化、文章化して伝えることを学ぶ。伝えたいことを言語化できないと、そもそも編集のスタートが切れないのだ。
また、伝え方を考えることで、見方に対する発見が起こることも大事だ。ふくよ番匠は「最初に本楼を歩いたときと、伝え方を考えた今とでは、本楼の見え方が違うはず。この見方が変わることへの驚きこそが、書くことを通してやっていきたいことなんです」と言い切った。書くことで新たな見方を発見する力を得る。これが[破]で最初に学ぶ「文体編集術」だ。ここを突破できるかが鍵になる。その後はその力を生かして「クロニクル(時間)編集術」「物語編集術」と進み、校長の仕事術である「プランニング編集術」を4カ月で学ぶことになる。
原田学匠からは校長本2冊と共に[破]が語られる。まずは『情報の歴史21』。人間が登場する前から2021年までのあらゆる情報の歴史をオール年表で記したものだ。この情報の網目の中に自分達が存在することを自覚し、モノゴトを興していくのが校長の仕事で、その仕事術を学ぶのが[破]だ。
2冊目の『松岡正剛の国語力』。日本の学校では小学校から国語を学び続けるのに、書き方、話し方はほとんど教わっていない。そこに型があれば書けるということを教えてくれる本で、これが[破]の文体編集術で学ぶことだ。型があれば書きはじめることができ、書きはじめることで今まで気づいていなかった新たな自分の思考に出会うことができる。これが文章を書くということで、考えるということでもある。はの稽古と校長の仕事術と社会を結びつけての話で、参加者の視野がより一層広がった。
『情報の歴史21』と重ねながら[破]の稽古を語る原田学匠
■心のカメラで振り返り
最後は参加者の振り返りタイム。「型を使った方が格段に伝わるようになった」「こうやれば書けるとわかった」「[守]の型の威力が改めてわかった」「自己流ではなくやり方を学ぶ必要があるとわかった」などの声が続く。その一方で逆にやりにくさを感じた人もいた。正しい型の使い方が気になって、軽やかに使いこなせなかったようだ。ふくよ番匠は「正解を求める心から解放させてくれるのが編集。覚悟がついたら[破]へどうぞ。私が言っても説得力ないですが、怖くないですから」と柔らかくも力強く応じた。その後も指導陣には厳しい壁に、参加者には優しい膜になりながらの応接が続いた。最後はAちゃんの心のカメラが起動し、「楽しかった」の声でお開きとなった。
■怖いからこそ、破りたい
ふくよ番匠は怖くなくても、型を使うとは自分の慣れ親しんだやり方を使わないということだから、怖さがつきまとう。今まで拠り所にしていた正解が消えることを、怖いと感じる人も多いだろう。[破]の稽古には壁なんてないよ、とも言わない。
でも、怖いからこそ、壁があるからこそ、破りたい、乗り越えたいと思うのだ。Aちゃんが恐れながらも高い梯子に足を掛けたように、怖いまま、不安な気持ちごと持ち込んで進みたい。そう思ったらぜひ[破]へ踏み出そう。硬軟自在な指導陣が迎えてくれるだろう。
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清水幸江
編集的先達:山田孝之。カラオケとおつまみと着物の三位一体はおまかせよ♪と公言。スナックのママのような得意手を誇るインテリアコーディネーターであり、仕舞い方編集者。ぽわ~っとした見た目ながら、ずばずばと切り込む鋭い物言いも魅力。
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