紫~ゆかり~への道◆『光る君へ』を垣間見る 其ノ六

2024/07/06(土)12:00
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事実は一つ。であっても、それに対する解釈は無数に。「なぜ」と「どうやって」は見る人の数だけあるのでしょう。大河ドラマもまた、ある時代・ある人物に対する一つの解釈です。他の解釈を知れば、より深く楽しめるに違いない。
まひろ(後の紫式部)の甘い新婚生活と思いきや、早くも宣孝は若い(まひろよりも…)女にうつつを抜かす。さらに宣孝がまひろの書いた文や歌をあちこちで披露したことがばれ、まひろ渾身の灰投げにより宣孝こそがシンデレラ(灰被り)。

 



◎第26回「いけにえの姫」(6/30放送)

 大水に地震に加えて日蝕、と災害続きの都、ついに道長が本気で乗り出し、安倍晴明を訪います。前回に続き、安倍晴明は道長が持つ、強力な武器に触れる、それは、長女・彰子を入内させること。中宮・定子に溺れている一条天皇の心の乱れをおさめれば、天変地異を沈めることができる、彰子がこの先の朝廷を背負う方だ、という晴明の言葉に「そのような娘ではない!」と激高する道長。
 しかし、一条天皇の母であり、自身の姉でもある詮子は入内させよという。

 今回は女達の政治への関わり方を見るような回でした。詮子は道長に、自身が父に裏切られ、息子を嫁に奪われ、兄に内裏を追われながら生きてきたと話します。それに比べて、道長は運がよかっただけなのだと。将来に向けて覚悟を決めるべき時が来たことを伝えます。

 道長の妻、彰子の母である倫子は、道長からその話を初めて聞いた時、強く反対し「私を殺してからにして」とまで言い放ちます。左大臣の娘として生まれた、ということは入内の資格を充分に持っていた倫子。しかし結局は、道長と結婚して(ドラマでは、倫子が元々、道長に思いを寄せていたという設定)、今は幸せに暮らしている身からすると、定子に心奪われている一条天皇の元に入内するなどとんでもない。一度も訪れがないままに終わるのでは、と娘の幸せを願って強く反対します。

 倫子の心を動かしたのは、実の母・穆子です。この穆子さん、不思議なキャラクターです。ドラマ上でも、ゆったりとした口調で話をされると、何となく説得されてしまう。そういえば、数回前で、倫子が左大臣の妻としての心得を母に聞くという場面がありましたが(15年の長きにわたって左大臣だった源雅信の正室ですから、「左大臣妻」としては大先輩なわけです)、子どものことで気を遣わせないように、というアドバイスがありました。あの時、言葉が遅い、と倫子が言っていた子が、彰子なのでしょうか。
 そして何よりすごいのは、倫子を入内させたかった夫に対して、まだ世に芽が出ていなかった道長との結婚を強力に推進したこと。人を見る眼があったのかもしれません。
 その母に入内したから不幸になるとは限らない、何が起こるかわからないのだから、と説得されて、倫子も娘の入内に向けて覚悟を決めます。


 強気の伯母・詮子、おっとりと物事を思いのままに進める祖母・穆子、覚悟を決めた母・倫子の三人に対して、まるでお人形のような彰子。自らの意思があるのか、ないのかもわからないような、この女性、いや少女が、どのようにして内裏を、いや政治を律していくようになるのか。

 と、道長一家に光のあたる回ではありましたが、「唐の国では皇帝は太陽、皇后は月と言われているが、私にとって中宮様(定子)は太陽」とまで言った清少納言にひかれ、元祖「いけにえの姫」のようでありながら見事に運命を自ら切り開いていったこの女性についての本。太陽であり花でもあった女性です。

 

◆『はなとゆめ』冲方丁/角川文庫◆

「選ばれた方々にしかこの世にあらわせない華の素晴らしさ。それにふれることで初めて見ることのできる夢の数々」。これが、清少納言が中宮・定子の元を離れられなかった理由が集約されている。『枕草子』で描かれる中宮・定子はまさに華の中の華。
清少納言の夫が死ぬ間際に、清少納言に何度も出仕していた時の思い出を語るようにとねだる。自らが体験していなくても、華の時、華の人、華を取り巻く人々が醸し出す空気を知ることで幸せになれる。清少納言の語りも、そのような力があったのだろう。
定子自身もまた、ひかり輝く家族の様子を永遠に留めておくことを望んでいたにちがいない。
光を、「はな」を見せることができた定子と、それを「ゆめ」として書き記すことができた清少納言。なんと素晴らしいタッグだったのだろうか。

 



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  • 相部礼子

    編集的先達:塩野七生。物語師範、錬成師範、共読ナビゲーターとロールを連ね、趣味は仲間と連句のスーパーエディター。いつか十二単を着せたい風情の師範。日常は朝のベッドメイキングと本棚整理。野望は杉村楚人冠の伝記出版。

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