紫~ゆかり~への道◆『光る君へ』を垣間見る 其ノ四

2024/06/21(金)19:00
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事実は一つ。であっても、それに対する解釈は無数に。「なぜ」と「どうやって」は見る人の数だけあるのでしょう。大河ドラマもまた、ある時代・ある人物に対する一つの解釈です。他の解釈を知れ
ば、より深く楽しめるに違いない。
さて、ご覧になりました? まひろが宣孝からプロポーズされた、と告げた時、「なぬっ」と振り返った瞬間にぎっくり腰になった為時パパの白目を向いた顔。しみじみした場面から一瞬にして笑いへ
と。このアップダウンがたまりません。



◎第24回「忘れえぬ人」(6/16放送)


 さしづめ、「純愛のみやこ・打算の鄙(ひな)」といったところではないでしょうか。
 一条天皇は、母である詮子の病を癒やすために、追放されていた伊周・隆家兄弟の罪を許す。さらに、母の力も借りて中宮・定子を内裏に呼び戻す。「娘の顔も見ず、中宮にも会わずに生き続けられない」。公卿たちが騒ぐのを承知の上で、それでも「最初で最後のわがままだ」と言う一条天皇の言葉を聞いて、詮子が弟・道長に「お上の言うことを聞くように」と静かに命じる。公卿たちの非難もものともせず意志を貫く一条天皇。


 一方、越前では、周明がまひろに一緒に宋に行こうと誘う。そのために左大臣・道長に、宋との交易を認めるように手紙を書け、と。まひろは、周明が自分に近寄ってきた理由に気づく。甘い誘いから、一転して、逆上して壷を割った欠片を持って脅しにかかる周明。
 まひろもまた、自らの心が道長にあることを自覚しながら、宣孝との結婚を決める。遠く九州の地に離れた友人の死、子どもを産んでみたい、という気持ちが、思っても結ばれない道長のことを知りながら、それごと受け止めると言った宣孝の元へ行く後押しとなったのでしょう。


 もう一歩進めると。
 とはいえ、純愛の裏にある打算(政務なおざりで定子のことに通い詰める、とか、定子に与えるために越前に着いた宋人たちが持つ唐物の中から、おしろいは寄こせ、だの。公卿たちが呆れるのも無理はない)。
 故郷の対馬を見たいと言って越前を去ったことにしたぞ、と朱仁聡に声をかけられた周明が見上げた空に飛んでいた鳥に、打算の底にある一抹の純情を感じる回でもありました。

 今回は、番組最後に流れる「光る君へ紀行」に肖って寄り道です。この著者の「あやかしもの」数寄は、『源氏物語』の「もののけ」に通じるのか、はたまた師である尾崎紅葉の『源氏物語』好きに由来したのか。

◆『泉鏡花集成7』「雪霊記事」「雪霊続記」泉鏡花・種村季弘編/ちくま文庫
◆『鏡花短篇集』「栃の実」泉鏡花・川村二郎編/岩波文庫

「誰もいう……此処は水の美しい、女のきれいな処である」。鏡花の紀行文「栃の実」の一節だ。同じく「雪霊記事」でも武生の女性の美しさに触れられている。中でも評判の美人だったのが武生の宿・蔦屋の娘のお米(よね)さん。「雪霊記事」「雪霊続記」は、旅の途中、病に倒れたお米さんに優しく介抱された主人公・関が十数年後、大雪の中、懐かしく、慕わしいお米さんに会いに行く、という物語。鏡花らしく、大雪の中で立往生する現在・二十年近く前の初の邂逅・現在から遡ること二年前の五月のお米さん再訪と、時空が自在に変わるのは、雪にまみれ前後がわからなくなる中で、死の直前に記憶をたどるかのよう。
「雪霊続記」では、遭難しかかった雪の中、突然、現れた大犬の道案内の元、主人公は中学校へとたどり着く。大犬が導いたのはお米さんの家とは反対の方角。死への道筋から生へと導きだったのか。
紫式部も、武生で雪に降りこめられて都が懐かしくなることがあったのだろうか。
「栃の実」は、そんな恐ろし気な気配とはうってかわって、武生から上京する行程で、茶屋のきれいな娘から栃の実をもらった、という小さな優しさが心に残る小編。




 


紫~ゆかり~への道◆『光る君へ』を垣間見る 其ノ一
紫~ゆかり~への道◆『光る君へ』を垣間見る 其ノ二
紫~ゆかり~への道◆『光る君へ』を垣間見る 其ノ三

  • 相部礼子

    編集的先達:塩野七生。物語師範、錬成師範、共読ナビゲーターとロールを連ね、趣味は仲間と連句のスーパーエディター。いつか十二単を着せたい風情の師範。日常は朝のベッドメイキングと本棚整理。野望は杉村楚人冠の伝記出版。

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg