夏の舞台――石垣の隙間から#10

2025/08/19(火)12:01 img
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 海と山の間から太鼓の音が聞こえてきた。

 

 ここは、沖縄県のさらに南の離島のそのまた外れのとある中学校。校舎からは綺麗な湾が見渡せ、グラウンドには孔雀や猪の住む山が差し迫る。全校生徒は23名。夏の終わりに行われる、全国中学校総合文化祭の舞台に立つために、全校生徒で練習しているのだ。演目は郷土に伝わる芸能をアレンジしたもので、パーランクー(小太鼓)を持って踊り、途中、地域の祭事で奉納される棒術も組み込まれる。棒術は少年憧れの伝統演舞だ。鎌と長刀を武器とし、相手の攻撃を武器で受けたり、1メートル以上も飛び上がってかわしたりする。他にも笛と三線の音に合わせたたおやかな動きと目まぐるしい隊形変化の静と動が見どころだ。地方(じかた)の大太鼓、銅鑼、三線、笛も子どもたち自身で演奏する。

 

▲校舎から見渡せる湾

 

▲グラウンド横の孔雀や猪の住む山

 

 しかし、誰一人として楽器や武術や舞踏を習っている者はいない。部活として取り組んでいるわけでもない。普段はソフトテニスやバドミントンをしている子どもたちが、舞台に立つために楽器を持ち武器を持つ。たった7分間の演舞だが、終わる頃には全身の力を使い切る。繰り返す稽古で流れる汗が自我を消す

 

▲演舞を共にする楽器たち。右から時計回りに、パーランクー、笛、三線、大太鼓、銅鑼。

 

 さかのぼること一年前。当時の中学3年生のたっての願いで、今回の演目は生まれた。そして中学校総合文化祭の県大会で評価され、今年度の全国大会出演の切符を手にした。4月に入学した5名の中学1年生は、自分の意思とは関係なくメンバーに加わることになり、短期間で全国大会の舞台に立つレベルまで、自らを引き上げていかなければならなかった。

 

 夏休みに入り、卒業生たちも練習に駆けつける。彼ら彼女らにとっては自分たちが掴んだ全国大会であるにもかかわらず、その舞台に立つことは叶わない。託すしかない者の思いとはいかほどのものなのだろう。後輩へ何かを残した、繋いだ、という思いがあるのだろうか。いずれにせよ、並々ならぬ「問・感・応・答」が一年前にあったことは確かだ。卒業生は自分が体得した全てを短期間で手渡そうとする。「返」していく。

 

「目線は常に前だから」

「一つ一つの動作を大事に」

「睨みつけて」

「もっと足を上げる」

 たんたんと刻む声からは、静かな熱が感じられた。

 

「きっつ…」

 思わず漏れる13歳の小さな声を16歳は逃さない。

「きついさ、あたりまえさ」

 励ましでも共感でもない。切り捨てるような言葉に場が凍る。

「一番カッコイイとこ。きついけど絶対に下を向いてはいけない」

 

 練習とはいえ、本番さながらを繰り返す。そうでなければ、本当に前を向く力は身につかない。彼女は、ほんの一年前に自分も歩んだ道だからわかることを伝える。3つしか変わらない少年の背筋を伸ばし、肩を叩く。型を体に叩き込むため、手の角度、足のひらきを直していく。託された者は、もう前を向くしかない。その姿を見て、休憩時間をおしんで続く自主練の輪が広がっていった。

 

 その後も、ブレない「かたち」を身体に叩き込むために、互いを鏡にした練習は続いた。響きあう魂が込められることで型は「かたち」として生きるのだ。指の先の先まで意識を張り巡らせ、瞳の奥には互いがうつり合う。よく焼けた肌がひかり、掛け合う声が感染していく。

 

 少年少女は自分の意思とは関係なく、変わらざるを得ない環境に投げ出される。大きなうねりに巻き込まれていくことを疑わない。ただ、直向きな生がある。

 

 ほんの短い夏の日に、なんでもない少年少女が何者かになろうとする物語があった。

 

 

使った「15の想像力解発ツール」

①できるかぎり「物語」を重視する。

③何でも「いきいき」としているんだという見方をする。

1540夜『想像力を触発する教育』キエラン・イーガン


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  • 大濱朋子

    編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。

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