ピンクの猿――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#03

2023/11/21(火)07:47
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 幼い頃から変わらぬ癖がある。ものを考えるときに上を向く癖だ。斜め上を見上げる。前頭葉に意識を向ける。目を閉じる。開く。その向こうには空が広がっていた。空には言葉未満の言葉が光となり、私を迎えてくれていた。そこに意味を見出す。雲と雲の形を繋ぐように、時折目の中に現れるピンホールを埋めるように。

 

 空をみていると思い出すことはいくつかあるが、その一つに出身教室である45[守]ストールたくさん教室がある。師範代は若林牧子師範代(52守同朋衆)。私の最初の教室名イメージは、空にたなびくストールだった。ストールは自在に形を変え、たくさんの関係線を結んでくれた。時に、深海を泳ぐリュウグウノツカイに見立てられ、なかなか出会えぬ偶然を迎えに行く方法を学んだりした。そしてこの教室からは、同期で3名の師範代が生まれた、私の原郷である。思い出は数えきれないほどあるが、「渡」を超えるような出来事といえば、空文字アワーだった。

 

 元来内弁慶で夢見る夢子、人と協力することも同じことをするのも許せず、編集稽古の回答や指南をみて、あーこんな考えの人もいるんだとどこか他人事。自分の領域に入ってこられるのがイヤでたまらなかった。

 だから、空文字アワーが始まった時も、すぐに書き込みに飛びついた私だったが、実は次はこんな文章が来て欲しいと考えながら投稿をしていた(今考えるとすごく身勝手ですが…)。最初からゴールを勝手に思い描いていて、そうならないことに気持ち悪さを感じていた。

 しかし、もちろんそんなに自分の思い描くように進むわけがなく、文章はとんでもない方向へ進んでいくことになる。

 始まってから3日目、オーストラリア在住の学衆からこんな書き込みがあった(のちに、48[守]で共に師範代登板することになる)。

 

【W・M】12月25日大きな荷物をソリに積み終え、夜明け間近に思い立ってようやく山小屋を抜け走り出すと、キンとした気持ちのいい風が東の方角からそっと吹いていたのを(  )炎を見つめながらしみじみと思い出した。

      ↓

【W・Y】12月25日大きな荷物をソリに積み終え、夜明け間近に思い立ってようやく山小屋を抜け走り出すと、キンとした気持ち(  )のいい風が東の方角からそっと吹いていたのをピンクの猿と燃え盛る炎を見つめながらしみじみと思い出した。

 

 衝撃が走る。猿ですと? しかもピンク! 

 その瞬間、私の中にあったものはガラガラと音を立てて崩れていった。喪失ではなく爽快。崩れゆくことの気持ちよさを生まれて初めて感じたのだった。幼い頃から誰かの言葉でとどめを刺してもらいたい気持ちがあった。生意気で身勝手な私を昇華してくれるような言葉を待っていたことを思い出した。

 

 はちゃめちゃで何処へ向かうかわからない不安と、大きなものに包まれたような安心感。自分の単語の目録にはない言葉が加わることの痛気持ちよさ。そんな交わし合いを日に何度も繰り返し、自分1人では到底見ることのできない景色をその後も次々と見ることになった。私たちは、宇宙へ飛び立ち、三年坂のぜんざいの味をかみしめ、月と地球を行ったり来たりした。振り返ると、自分と外界を結ぶ境界が自由になっていくのを感じる出来事だった。

 

 11月17日午前5時55分。白墨ZPD教室出された空文字のお題は、

 

 

 「雪が降ってきた」

 

 

 ピンクの猿は降ってくるのだろうか。


  • 大濱朋子

    編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。

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