自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
本にはなんだって入る。世界のまるごと入ってしまう。写真にもなんだって入るだろう。世界がまるごと入った本だって入る。
今夏刊行された『百書繚乱』(松岡正剛/アルテスパブリッシング)では、「本をめぐる写真や映像が今後もっともっと世の中に出回っていくことを、また本のイメージが新たな写真や映像によって官能をましていくことを期待している」と締めくくられている。本には顔も、表情も、気配も、佇まいも、ある。そこに、読者の気持ちや思いも乗っかるのだ。だとしたら、本の厚みもわからないフラットな書影ではつまらない。もっともっと写真で本と遊びたい。
倶楽部撮家では、本を撮るフォトワークを毎期欠かさず行なっている。ワークは「本家撮り honka-dori」と呼んでいる。今期の課題本は『千夜千冊エディション 方法文学』(松岡正剛/角川ソフィア文庫)。『方法文学』は「世界名作選Ⅱ」とタイトルにもついているように海外文学選だ。海外文学の世界観を日本で撮影することに四苦八苦しつつ、メンバーはそれぞれお気に入りの一夜を選び、その一夜と重ねながら書影の撮影を試みた。さて、どんな写真になったのか。倶楽部メンバーの写真をキャプションとともにお届けしたい。
撮影:小谷幸夫
634夜『ナジャ』アンドレ・ブルトン明るく快活な幸福の黄色。そんな樹のオブジェの中に本がある。方法文学、さて豊かさと面白さをどう読解するか楽しみである。
撮影:林朝恵
38夜 『遠い声・遠い部屋』トルーマン・カポーティ
12夜 『テスト氏』ポール・ヴァレリー
822夜『裸のランチ』ウィリアム・バロウズ「夜の文体」「雷鳴の一夜」「カットアップ」三夜から浮かび上がったキーワードをつかまえたくて、文章をバラバラにしてみた。きっと頭の中も写真のように言葉がぼやけたり、ランダムに置かれたり、ジグザグに走っているのではないかと想像するとスリリングな気持ちになった。
撮影:小原濤声
26夜『さらば愛しき女よ』レイモンド・チャンドラー<To say goodbye is to die a little.>は、チャンドラー小説の探偵マーロウのキメ台詞。
少しだけ死んでみやうか小夜時雨 濤声
撮影:小松紳太郎
300夜『白鯨』ハーマン・ネルヴィル
『白鯨』の”神を象徴する鯨に復讐を挑んで叶わない”というストーリーに、崩れたコンクリートで戦いに敗れて荒廃した人間を、側にある小さな人形でそれを救済してくれてるようなイメージで撮りました。
撮影:福澤俊
21夜『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン
書影に関し、今回はミニチュアを中心に撮影を行ったので、最終課題はミニチュアを通じて(本の)旅を表現しようと思いましたが、とても成功とは言い難い成果となりました。残念無念。
撮影:後藤由加里
46夜『マルテの手記』ライナー・マリア・リルケ
マルテはパリで見ることを学んでいた。『方法文学』をリルケに見立てて東京の街を見てみる。とても賑やかな渋谷の一角、本を立てるとそこだけ街の喧騒から切り離されたように妙に静かな気配になりました。
撮影:和泉隆久
690夜『イリュミナシオン』アルチュール・ランボオ
ランボオは、錯乱の中に瞬く光の粒を拾い集めた。それは、己を焼き尽くす光のなかで「見る」のではなく、ただ一瞬「見えてしまったもの」。その幻視の呪縛から、彼はついに逃れることができなかった。
撮影:中西和彦
765夜 『百年の孤独』ガブリエル・ガルシア=マルケス
森の木々は何十年、何百年とそこにある。木の年輪は表立っては見えないが、歴史を語っている。文学も年輪と同様に「方法」という歴史を刻んでいる。あからさまに年輪を見せて重ね合わせ、浮かばせるのも一興。
表紙のカラーイメージにも大きく影響を受けて、色彩の抑えられた写真が多かった。一方、多重露光のように重ね合わせて制作された表紙の表情が写真によってわずかに異なって見えてくるのがおもしろい。たとえば、和泉隆久のランボオには目に影があり、中西和彦のガルシア=マルケスにはどこか清々しさを感じる。松岡正剛と著者と撮影者がクロスしあって、本の表情が揺らいでくる。読者の皆さんも一度『方法文学』を撮影してみてはどうだろうか。ここに並んだ写真とはまた異なった一枚になるだろうと思う。
アイキャッチ写真:中西和彦
アイキャッチデザイン・文・編集:後藤由加里
*11/23(日)と24日(月・祝)に開催される「別典祭」で、倶楽部撮家フォトリール写真展を行います。これまでに倶楽部で取り組んだ6つのフォトワークから計150点ほどの写真をスライドショー形式で上映します。
◆「別典祭」開催概要◆
日程:2025年11月23日(日)・24日(月・祝)
会場:編集工学研究所ブックサロンスペース「本楼」(最寄駅:小田急線 豪徳寺駅、東急世田谷線山下駅より徒歩7分)
〒156-0044 東京都世田谷区赤堤2丁目15番3号
https://www.eel.co.jp/about/company
申込(2日間有効):1500円(イシス編集学校受講生、多読アレゴリア参加者含む)/無料(一般の方)
申込方法:https://shop.eel.co.jp/products/tadoku_allegoria_2025bettensai
詳細:https://edist.ne.jp/just/bettensai/
▼倶楽部撮家Archive
もう会えない彼方の人に贈る一枚 PHOTO Collection
後藤由加里
編集的先達:石内都
NARASIA、DONDENといったプロジェクト、イシスでは師範に感門司会と多岐に渡って活躍する編集プレイヤー。フレディー・マーキュリーを愛し、編集学校のグレタ・ガルボを目指す。倶楽部撮家として、ISIS編集学校Instagram(@isis_editschool)更新中!
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こまつ座「戦後”命”の三部作」の第一弾「父と暮せば」(井上ひさし作/鵜山仁演出)が現在公演中です。時空を超えて言葉を交わし合う父と娘の物語。こまつ座がライフワークとして大切な人をなくしたすべての […]
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2025-11-18
自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
2025-11-13
夜行列車に乗り込んだ一人のハードボイルド風の男。この男は、今しがた買い込んだ400円の幕の内弁当をどのような順序で食べるべきかで悩んでいる。失敗は許されない!これは持てる知力の全てをかけた総力戦なのだ!!
泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。