セイゴオの面影に導かれつつ、いざ物語へ~55[破]・合同汁講~

2025/12/23(火)08:19 img
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 幾筋ものセイゴオの面影が、師走の本楼を駆け巡った。

 12月14日に開かれた55[破]の合同汁講は、師範代が「自分と校長を結ぶ一冊」を持ち寄って語るという趣向。参加者は学衆26人を含む総勢48人と、破の汁講では史上最大規模に膨らんだ。

 

 55[破]で学ぶ学衆の多くにとって、直に出会うことのできなかった校長は、はるか彼方に屹立する存在。であるからこそ、本楼という場で、生身の校長を知る師範代の言葉を通して「セイゴオとの出会い」を体験してほしい。そんな原田淳子学匠のミッションにこたえた師範代たちの選本を紹介していこう。

 

 *『松岡正剛の国語力』

 

 イシス歴豊富なベテラン師範代が鎬を削る55[破]。その一人である川野貴志師範代(かはの百韻教室)の持参本は『松岡正剛の国語力』だった。校長の文章を使った入試問題を校長自らが検証したこの本の編集には、国語教師である川野も協力した。「その道の第一人者とではなく、市井のアマチュアと組んでこそ、つくれるものがある」。そこを見通していた校長の眼力に、川野は編集の真骨頂をみた。「怖い人だった。この人に怒られたらそういうことなんだ、と思える唯一の存在だった」。深い述懐におもわず頷く学衆たちの姿があった。

 

 

▲「最後に少し遊んでもらったのかも。この本には校長そのものを感じる」と語る川野師範代

 

 *『Birds』

 

 「ないものフィルター」を使って校長の「声」を語ったのは、梁塵ほたほた教室の辻志穂師範代。選んだのは、校長の一周忌を期して刊行された書画集『Birds』である。辻は、書画ばかりで文章がないこの本に目を通した時に「校長の声がしない」と違和感をもった。そう、彼女は松岡校長の本を読む時にいつも、その声を聞いていたのだ。今はもう、校長の生の声を耳にすることは誰にもかなわない。しかし辻の耳には今も、本の頁さえめくれば、深く香ばしいあの声が届くのだ。これほどに読み手の心を鷲掴みにする書き手が、今の日本に果たして何人いることだろう。

 

▲校長本を読んでいるとき、その声が聞こえていたことに初めて気づいたという辻師範代 

 

 *『インターネットストラテジー』

 

 久々の師範代登板となった加藤めぐみ師範代(めでたし萌繍教室)が選んだのは『インターネットストラテジー』。松岡校長と金子郁容、吉村伸の両氏による対談本である。加藤がこの本に接したのは、花伝所からどう進むかを悩んでいる時。対談の中で校長が口にしている「動機の拡張」という言葉が心にささり、「師範代になる勇気が出た」という。師範代・かとめぐが世に現出したのは、この本の存在があったからこそなのだった。

 

▲「この本で、動機は固定化されたものでなく拡張されていいものなんだ」と気づいたと語る加藤めぐみ師範代

 

 *『白川静』

 

 校長本が数多ある中、まったく同じ『白川静』を選んだのは、ふきよせエディション教室の松尾亘師範代と、工法見聞録教室の岡本悟師範代の二人だった。

 「破の学衆のときに、白川静の『字統』で知文術の回答を書いた。当時、知文の課題本は自由に選ぶことができたので」と話したのは松尾。校長による『白川静』の発刊時には「丸善のサイン会で並んで校長のサインをもらった」と、とっておきのエピソードを明かした。

 一方の岡本は、既存の解釈を鵜吞みにせず独力で漢字の成り立ちに関する学説を築き上げた白川静こそ校長にとっての編集的先達だったことを丁寧に説き明かすとともに、白川の著作に向き合った離を「脳にやすりをかけるような経験だった」と茶目っ気たっぷりに表現してみせた。

 

▲師範代が持ち寄った校長本を手にする学衆たち

 

▲松岡校長による赤字修正が細かく書きこまれた千夜千冊の原稿(手前)も

 

 *『知の編集術』

 

 学衆にとって「未知」が次々に明かされていった汁講だったが、あえて「既知」の本からの道案内を試みた師範代もいた。オリベゆうゆう教室の久野美奈子師範代が紹介したのは『知の編集術』。2000年にイシスが開校した時、「イイ男が面白い学校を始めたから入りなさい!」と入門を薦めてくれた母親から贈られたのがこの本だった。イシス歴四半世紀、20数年ぶりの師範代ロールであっても「読み返すたびに、なお新たな発見がある」のが校長本なのだ。

 

 *『知の編集工学』

 

 花伝所の師範経験も豊かな蒔田俊介師範代(ハンシ八方教室)が持参したのは『知の編集工学』。黒膜衆として校長の眼差しを浴び、その言葉や身ぶりを追い続けた経験自体が、校長との貴重なエディティングモデルの交換だったのだ。「(エディティングモデル交換が載っているのは)増補版の141ページですからね」といたずらっぽく語りかける表情は、参集した学衆に花伝所への覚悟を促すものだったに違いない。

 

▲増補版『知の編集工学』の「141ページですよ!」と強調する蒔田師範代

 

 *千夜千冊『茶の本』&『以身伝心』

 

 カエル・カワル教室の加藤紀江師範代は、千夜千冊75夜の『茶の本』をセレクト。岡倉天心の縁で、自らの故郷・勿来に松岡校長が降り立ち、千夜で「邂逅」を果たすことのできた喜びを語った。併せてピックアップした『以身伝心』は、映画『国宝』の演技でも話題を呼んだ田中泯と校長の共著。「叩かれ役を引き受ける覚悟」にまで話を広げ、居並ぶ学衆の共感を誘った。

 

 *『日本文化の核心』

 

 息子が中一だった時の国語の副教材が『日本文化の核心』だったという意外なつながりを披露したのは、藪からべらぼう!教室の梁島綾乃師範代。これを機に親子割を使ってイシスの門を叩いた経緯を語りつつ、「校長を介して、日本文化、息子とのつながりが生まれた」ときっぱり。江戸っ子ならではの勢いある喋りの端々に、息子の書き込みが残る同書への愛着をうかがわせた。

 

 *『生と死の境界線』

 

 スイスから帰国して滞在中の実家で「唯一目に付いた校長本が『生と死の境界線』でした」。こう語ったのは、メトード異遊教室の田中志歩師範代だ。末期がんにおかされた精神科医・岩井寛の最期の日々を松岡校長が記録したのが同書。断じて気楽に読める類のものではないだけに、田中の選本には「意志」も感じられた。生と死の往来を直近の自らの感覚と重ね合わせただけでなく、50[破]師範代の時に本楼で隣り合わせた松岡校長の面影へとつなげていった語りの妙は、本楼全体を彼岸と此岸のあわいに導くようでもあった。

 

▲『生と死の境界線』を手に校長の思い出を語る田中師範代

 

 *そしてほかにも…

 

 やや意外だったのは、カブリを避けようとしてか、セイゴオ本のなかのセイゴオ本ともいえる『フラジャイル』や『擬』が登場しなかったこと。事前調整抜きのガチンコならではともいえようが、そこをフォローしたのは原田学匠をはじめとする破指導陣と、花伝所や多読アレゴリアから駆け付けた幹部の面々だった。

 原田学匠が持参した蛇腹製本の『編集手本』にはじまり、装丁の微妙な赤の色合いが印象的な求龍堂版『千夜千冊』、角川ソフィア文庫版の『千夜千冊エディション』。さらに『法然の編集力』『全宇宙誌』『山水思想』『擬』『フラジャイル』『ルナティックス』『稲垣足穂さん』『問答シリーズ』『遊学Ⅰ・Ⅱ』…。さまざまな校長本が、本楼ゆえに明かされたエピソードと共に、学衆という火元に投じられていった。

 

▲原田学匠は『編集手本』を両手で広げながら紹介

 

▲多読アレゴリアから駆けつけた大音冊匠は、校長は「革命家が好きだった」と『法然の編集力』を語った

 

 さらにこの日、本楼での参加がかなわなかったきりきり未然教室の林愛師範代からは、後日の別院への投稿で、自らもライターとして参画した『別日本で、いい。』が紹介された。

 

 校長の本は決して読みやすいものばかりでない。中には、人によってはとっつきにくい印象を持つものもあるだろう。この日の本楼では、指導陣から「だからこそ何度でも読めるし、そのたびに気づきがある」「まずは敷居を下げて、わかるところだけつまみ読みする」「なぜこういう書き方になっているかを考えてみよう」とさまざまなディレクションが飛び交った。そう、たとえ読みにくくて理解できない部分があったとしても、なぜかまた読みたくなる、読むとアタマが心地よい。それこそが、凝りに凝ったセイゴオ編集のなせるワザなのだ。

 

▲「校長の本からエネルギーをもらった」と話す学衆

 

▲本楼の雰囲気の中で、参加した学衆一人一人が自分の経験と絡めて校長本を力強く語った

 

 ブビンガに並んだセイゴオ本を手に取って思い思いにイメージを膨らませた学衆からは、興味を持った本のタイトルとともに「この道しかないと思うのではなく、いろいろな可能性の広がりを探っていきたい」「閉じこもらずに、外に向けて破っていかないと」「モノの見方を固定化させず、自分自身も動いていきたい」と頼もしいメッセージが相次いだ。

 史上最大の汁講を終え、物語編集という困難に向けて旅立った学衆たちにとって、この日、本を通して巡り合ったセイゴオ校長は、何より心強い、道行きの支え役になるに違いない。

 

文:山下雅弘(55[破]師範)

  • イシス編集学校 [破]チーム

    編集学校の背骨である[破]を担う。イメージを具現化する「校長の仕事術」を伝えるべく、エディトリアルに語り、書き、描き、交わしあう学匠、番匠、評匠、師範、師範代のチーム。

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