ほんとうは二つにしか分かれていない体が三つに分かれているように見え、ほんとうは四対もある脚が三対しかないように見えるアリグモ。北斎に相似して、虫たちのモドキカタは唯一無二のオリジナリティに溢れている。
勝手にアカデミアは、伝説の学校「鎌倉アカデミア」を擬きつつ学んでおりますが、25秋シーズンのテーマは「産業科」。そこで、クラブ恒例・俳句ingのイベントの一環として、鎌倉の伝統産業・鎌倉彫を体験することに。12月21日に行われたこのスペシャルな吟行の模様を、晶月・安田晶子がレポートします。
勝手にアカデミア、2025年の学びの集大成は日本遺産「鎌倉彫」の体験だった。
伝統工芸品・鎌倉彫の歴史と技術を知るための一日は、鎌倉駅西口の時計台から始まる。横に立つ駅周辺地図を見ながら、せん師・大塚宏は、この1年で開催された5回の「俳句ing」のルートが、この日でほぼ鎌倉全域を制覇すると説く。大塚の作成する無茶とも思える旅程と緩やかな辻褄合わせの才は誰もが認めるところ。勝手なアカデミアンたる、はとサブ連衆(勝手にアカデミアの読衆)は、今日も黙ってせん師・大塚に着いていくのみだ。
▲鎌倉駅西口広場の時計台。俳句ingのスタートは毎回ここから。
鎌倉彫会館の4階の作業場に通されたはとサブ連衆は、鎌倉彫職人の講義に耳を澄ます。教えてもらったのは基本的な彫刻技法「薬研(やげん)彫り」だ。薬を砕く道具「薬研」の形に由来する。V字型の鋭角な溝ができるのが特徴で、光の陰影が立体感と深い味わいを表現できるという。彫刻刀を鉛筆のように握り、左手の親指で刃を押しながら下絵をなぞれば彫れると、説明はいとも簡単そうだ。
早速、それぞれ目の前に準備された下絵の書かれた木皿に向かい、職人が丁寧に磨いた小刀を手にした。
▲みな初めての鎌倉彫体験。丸2時間、木を彫る音だけが響いた。
体験中、講師は鎌倉彫を歴史から説いた。
中世鎌倉の仏教文化隆盛は仏具の需要を高める。仏具製作が鎌倉彫のはじまりだ。その後、江戸時代に大衆化が進み、生活雑器や茶道具が多く作られるようになる。元禄7年(1694)の美術工芸解説本『万宝全書』には「鎌倉雕」(鎌倉彫)の名が見える。
明治維新後、廃仏毀釈で仏師は職を失う。この時、仏像からお盆や皿などの日用工芸品の制作への転換を余儀なくされたことが現代鎌倉彫の基礎を築くきっかけとなった。不足からの編集だ。やがて鎌倉が別荘地として注目され富裕層が集まる中で鎌倉彫愛用者が増加し、今の地位を築いた。
数分前まで、「まだ時間はあります」と、皆の仕上がりを確認しながらそう繰り返していた講師が、急に片付けに入るよう促す。気づけばすでに2時間が経過していた。鎌倉彫会館の体験コースは、きっかり2時間なのだ。講師は、追い立てるように「鎌倉彫は漆を塗った作品をいうので、そのままだとただの木の絵皿。漆塗りには作品お預かりして約半年の時と5000円が必要です」という。さてどうする? ただの木の皿と言われて慌てたはとサブ連衆の幾人かは、ここでバタバタと漆塗りを依頼したのだった。ちなみにアイキャッチの写真は、はとサブ連衆の2時間の成果である。
「俳句ing」は、俳句とハイキングの一種合成だ。鎌倉彫体験のあとも吟行は続く。2時間も無口で彫刻刀と闘った後でも、せん師・大塚は容赦はない。一行を徒歩15分先の荏柄天神社へ導いた。学問の神様、菅原道真公を祀る神社の入り口には樹齢900年大銀杏がドシンと立つ。境内は時節柄、受験の合格を祈願する菅公柄の絵馬で溢れていた。
境内を奥へ進むと、漫画家・清水崑が愛用した絵筆を納めた「かっぱ筆塚」と、隣合わせに漫画家・横山隆一らが建立し、154人の漫画家が描いたカッパのレリーフが付けられた「絵筆塚」を発見。はとサブ連衆は、懐かしい「黄桜のかっぱ」と並ぶ手塚治虫のアトム河童や藤子・F・不二雄のドラえもん河童を見つけてはしゃぐのだった。
日暮間近、鳥居を出て今後の打合せをしていると、ちょうど鎌倉駅行きのバスが来た。鎌倉駅に降り立てば解散だ。
▲荏柄天神社の本殿と絵筆塚。
今回の俳句ingの句をいくつか紹介しよう。
再会も黙して冬至に絵皿彫り(晶月)
冬の陽に彫った魚の刀傷(彦星)
鎌倉彫指と目と刃のハーモニー(歩風)
ただひとり無垢の木肌に冬紅葉(日々)
彫の妙塗りを重ねて艶もあり(里星)
冬ぬくし彫師遊歩す鎌倉路(穂凪)
幾百の菅公揺れる初天神(渦角)
計5回の俳句ingで歩いた距離の総計は約30km、読まれた俳句は全部で約100句。
この数字が示すごとく、せん師・大塚らが創設した勝手にアカデミアの1年は実り豊かに穏やかに暮れる。
来る2026年は「鎌倉アカデミア」創立80年を迎える年だ。何ができるかは模索中。年明けからの勝手にアカデミア参加者と共に、つまりはとサブ連衆によって創ることになろう。
伝説の学校「鎌倉アカデミア」を擬く2年目も楽しみだ。
文/安田晶子、写真/原田祥子(お勝手)、編集・写真/角山祥道(み勝手)
Info 多読アレゴリア 2026年冬シーズン
【開講期間】2026年1月5日(月)~3月29日(日) ★12週間
【URL】https://shop.eel.co.jp/products/tadoku_allegoria_2026winter
【受講資格】どなたでも受講できます
【受講費】月額11,000円(税込) ※ クレジット払いのみ
【勝手にアカデミア・運営メンバー】播種:大塚宏(せん師)、原田祥子(お勝手)、角山祥道(み勝手)
★26冬シーズンは、鎌倉アカデミアの「演劇科」を擬きます。扱うのはなんとシェイクスピア! 恒例の俳句ing(鎌倉吟行)も、もちろんあります。こぞってご参加ください。
●【勝手にアカデミア】をもっと知るには●
○3× REVIEWS(三分割書評)
【勝手にアカデミア】『三枝博音と鎌倉アカデミア』×3×REVIEWS
【勝手にアカデミア】『鈴木清順エッセイコレクション』×3×REVIEWS
【勝手にアカデミア】『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』×3×REVIEWS
○吟行レポ
【多読アレゴリア:勝手にアカデミア】はとさぶ連衆、鎌倉に集い俳句を詠みつつアカデミア構想に巻き込まれるの巻
【勝手にアカデミア】鎌倉彫×俳句で学び体験も2倍(当記事)
○クラブ紹介
【多読アレゴリア:勝手にアカデミア①】勝手にトポスで遊び尽くす
【多読アレゴリア:勝手にアカデミア②】文化を遊ぶ、トポスに遊ぶ
【多読アレゴリア:勝手にアカデミア③】2030年の鎌倉ガイドブックを創るのだ!
【多読アレゴリア:勝手にアカデミア】勝手に映画だ! 清順だ!(25春)
勝手にアカデミア
編集的先達:三枝博音。多読アレゴリアの【勝手にアカデミア】は、鎌倉に生まれた伝説の学校「鎌倉アカデミア」をもどきながら、トポスにトピカ、映画に産業、文学に演劇……などなど勝手に学び、勝手に語らい、勝手に創出する。
【勝手にアカデミア●絶賛募集中】『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』×3×REVIEWS
戦後、突如として誕生した学校「鎌倉アカデミア」とは何なのか。【勝手にアカデミア】では、イシス編集学校のアーキタイプともいうべき同校をもどいてきましたが、中でもいちばんの謎は、文学科、演劇科、映画科にならんで「産業科」が […]
勝手にアレコレ売っちゃいます【別典祭】勝手にアカデミアの企み
■「鎌倉アカデミア」をご存知ですか? 「鎌倉アカデミア」は鎌倉に、戦後4年9ヶ月間存在した大学です。戦後の荒廃期、あらゆるものを失った日本に、文化や思想を取り戻すべく鎌倉在住の名士らが立ち上がり、作り上げた学びの場でし […]
【勝手にアカデミア】夏の俳句ingレポ(秋メンバー募集中!)
《念力のゆるめば死ぬる大暑かな》(村上鬼城) なんて物騒な俳句もございますが、仲間がいれば念力いらず、われらが【勝手にアカデミア】(多読アレゴリア)は去る7月27日、酷暑に負けず「鎌倉俳句ing」と洒落込みました。【勝手 […]
戦後すぐに鎌倉にできた伝説の学校「鎌倉アカデミア」。多読アレゴリアの【勝手にアカデミア】では、同校の「学びのモデル」を取り出してきた。25年夏シーズンは、同校の文学科講師、作家の高見順が昭和20年の1年間を綴った『敗戦 […]
夏、高見順の『敗戦日記』を読む【勝手にアカデミア/多読アレゴリア】
戦後80年のこの夏、多読アレゴリアのクラブ【勝手にアカデミア】は、高見順の『敗戦日記』を共読します。 「鎌倉アカデミア」は、戦後すぐ、鎌倉に誕生しました。敗戦で「なにもない」中、人々が欲したのは「知」で […]
コメント
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2025-12-30
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2025-12-25
外国語から日本語への「翻訳」もあれば、小説からマンガへの「翻案」もある。翻案とはこうやるのだ!というお手本のような作品が川勝徳重『瘦我慢の説』。
藤枝静男のマイナー小説を見事にマンガ化。オードリー・ヘプバーンみたいなヒロインがいい。
2025-12-23
3Dアートで二重になった翅を描き出しているオオトモエは、どんな他者に、何を伝えようとしているのだろう。ロジカルに考えてもちっともわからないので、イシスなみなさま、柔らか発想で謎を解きほぐしてください。