平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。
松岡正剛のいう《読書はコラボレーション》を具現化する、チーム渦オリジナルの書評スタイル「3×REVIEWS」。
新年一発目は、昨年話題をさらった「熊」にちなんだ第二弾、遠藤ケイの『熊を殺すと雨が降る 失われゆく山の民俗』です。選者はチーム渦メンバー、海よりも山派の田中志穂(55[守]山派レオモード教室師範代)。
千夜千冊でも取り上げられたこの本のファーストレビューを担当するのは、『Qten Genki Book 九 玄氣玄影号』選書時に「著者の本に出会った」という九天玄氣組の石井梨香さん。他、チーム渦の4名を合わせた計5名で、編集学校秘伝の文章術《5つのカメラ》を使ったヨミトキで重ねます。
●●●●●5× REVIEWSのルル3条
ツール:『熊を殺すと雨が降る 失われゆく山の民俗』遠藤ケイ(ちくま文庫)
ロール:評者 石井梨香/長谷川絵里香/角山祥道/田中志穂/大濱朋子
ルール:1冊の本を5分割し、それぞれが【五つのカメラ】のいずれかを使って担当箇所だけを読み解く。
【五つのカメラ】
1)足のカメラ:行動や動きを捉えるカメラ(空間性や構造性をとらえるカメラ)
2)目のカメラ:実際に目に見えるものを捉えるカメラ(子供の目と同じカメラ)
3)心のカメラ:感じていること、考えていることを捉えるカメラ(認識のカメラ)
4)鳥の目のカメラ:風景を大きく捉える眼を意識するカメラ(眺望的なカメラ)
5)虫の目のカメラ:細やかに観察する眼を意識するカメラ(細部に注目するカメラ)
●第1章 山の仕事
杣/日傭/木馬/木挽き/植林/木地師/漆掻き/炭火焼き
■足のカメラ――山の仕事の丸ごと 「熊を殺すと雨が降る」とはマタギの言い伝えだ。山では儀式や禁忌や作法が重視される。山の恩恵への畏敬の念があるからだ。高い技量を持つ杣「きやんぼう」は、山の環境や木の素性を読み取り、最適な伐採方法を選ぶ。原木を貯木場まで運ぶ日傭(ひよう)は、状況に応じて、丸太製の搬出路(修羅)で滑り落とす、川に堰を作って流送する、人や馬が引くなどの手段を見極める。角材にするハツリ師は、木の癖を見抜き、歩留まりよく使いやすく仕上げる。木の下敷きになったり、急流で流されたりと、どの仕事にも命の危険がつきまとう。禁忌は自らの仕事に驕りを持たないための戒めでもある。竹を編み、狩りをし、鉄も打つ著者は、山の男たちと共に過ごし、記録した。(九天玄氣組・石井梨香)
●第2章 山の猟法
熊狩り/猪狩り/鹿狩り/わらだ猟/鷹狩り
■心のカメラ――鬼を揺さぶる咆哮
常人を超えた健脚、孤独と恐怖と寒さに耐え、命を賭けて熊に立ち向かう胆力を持つマタギは、又鬼とも書く。そんな鬼神の如く険しい山を駆け回るマタギの心を震わせる瞬間がある。死に際の、彼らの叫びだ。
熊は山の中で特に神聖な存在である。弾丸をくらった熊は阿修羅のごとく暴れ回り「ウォォーッ」という断末魔の叫びを上げながら倒れ、斜面を転がり落ちる。最期の一声を「サビゴエ」と言い、峰に沁みるような哀しい声が響く。丸太や重石で圧し潰す「オトシ」猟では、熊が必死に四肢をふんばりながら何日も押しつぶされて悲痛な咆哮をあげる。この声は人々の心を締め付けると言う。
厳しい自然の中で互いに生存を賭した戦い。敵対する者同士の心の交流がそこにはある。(チーム渦・長谷川絵里香)
●第3章 山の漁法
魚釣り/手掴み漁/筌漁/原始漁法
■目のカメラ――魚となって、川を見る 毛鉤は、その川に住む川虫を模して作る。川によって住む川虫は異なるので、《川の数だけ、毛鉤の種類がある》。日本には6万3636の川があるので、途方もない数の毛鉤が存在していることになる。山の男たちは魚を釣るために、魚ではなく、川を見る、川虫を見る。それも人の目からではない。魚として川を見る、毛鉤を見る。山の漁とは、魚に「なる」ことだった。それは、魚として川を守ることだった。(チーム渦・角山祥道)
●第4章 山の食事
魚/山獣/蜂の子/山菜とキノコ
■虫の目のカメラ――空腹か、山菜か、イモムシか 弁当箱に山菜、素焼きにした魚、持参した味噌と乾燥ワカメ、沢の水を入れ、焼き石を放り込む。マタギ味噌汁の出来上がりだ。都会育ちの山派な私にもできそう?! いや、そもそも山菜を見分けることができないか…。トリカブト汁になったら大惨事だ。ならば、イモムシに挑戦するか。う〜ん、悩ましい。 山の食事には、自然に対する「ギリギリの折り合いのつけ方」が表れる。背に腹はかえられぬ日々の食事。空腹に耐えるか、焼きイモムシと生イモムシを選ぶことに楽しみを見出すか。人間はどこまでもしたたかであり、知恵がある。(チーム渦・田中志穂)
●終章 山の禁忌
口伝
■鳥の目のカメラ――同じ過ちを犯す 山はずっとそこにある。人間の時間概念をはるかに超えた悠久の時の中であらゆる生物の本能を許容するし、情け容赦ない犠牲も強要する。破壊と再生を繰り返す。人智など到底及ばない山で暮らすために人間は、「山のものは山の神の所有物で、一時的に拝借している」という“分際”を心得、山のタブーを日常の習慣や作法の中に散りばめ口伝してきた。人間は、同じ過ちを犯しやすいからだ。これは山に限らない。人間も自然と共にある生命という“分際”をわきまえなければ、破壊はすぐそこだ。(チーム渦・大濱朋子)
■書籍情報
『熊を殺すと雨が降る 失われゆく山の民俗』
遠藤ケイ/ちくま文庫/2006年11月08日刊行/990円(税込)
■目次
第1章 山の仕事(杣/日傭/木馬/木挽き/植林/木地師/漆掻き/炭火焼き)
第2章 山の猟法(熊狩り/猪狩り/鹿狩り/わらだ猟/鷹狩り)
第3章 山の漁法(魚釣り/手掴み漁/筌漁/原始漁法)
第4章 山の食事(魚/山獣/蜂の子/山菜とキノコ)
終 章 山の禁忌(口伝)
■著者Profile
遠藤ケイ(えんどう けい)
1944年生まれ。イラストレーター・作家。自然の中のワークショップ「里山塾」の塾長として、大人から子どもまでが楽しみながら経験を積める時間と場所をプロデュース。さらに、【手しごと】や【山のこと】をテーマに自身の経験と見識を活かした講演会も行なっている。主な著書に、「子ども遊び大全」「田舎暮らしの民俗学」「おこぜの空耳」「男の民俗学」「遠藤ケイのキジ撃ち日記」「賢者の山へ」「海の道 山の道」など多数。(公式ウェブサイトより)
●●●●●5×REVIEWS(五分割書評)を終えて
本書の魅力は、5つの目で十分に感じられたと思うが、それだけではない。イラストがダントツに良い。マタギの息づかいが聞こえてきそうな画力がある。虫には絵はわからない。人の目も加えて、ぜひ絵とともに楽しんでほしい。(田中志穂)
■■■これまでの3× REVIEWS■■■
・鷲田清一『つかふ 使用論ノート』×3×REVIEWS(43[花])
・前川清治『三枝博音と鎌倉アカデミア』×3×REVIEWS(勝手にアカデミア)
・四方田犬彦編『鈴木清順エッセイコレクション』×3×REVIEWS(勝手にアカデミア)
・ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史(上巻)』
・ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史(下巻)』
・高見順『敗戦日記』×3×REVIEWS(勝手にアカデミア)
・デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』×4× REVIEWS(44[花])
・東畑開人『カウンセリングとは何か 変化するということ』×3×REVIEWS
・『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』×3×REVIEWS(勝手にアカデミア)
・ナスターシャ・マルタン『熊になったわたし』×3×REVIEWS
・遠藤ケイ『熊を殺すと雨が降る』×5×REVIEWS
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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コメント
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2026-03-10
平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。
2026-03-05
かつて「大人マンガ」というジャンルがあった(詳しくは「マンガのスコア 園山俊二」参照)。この周辺には、ファインアートと踵を接する作家たちが数多く存在する。タイガー立石もその一人。1982年、工作舎から刊行された『虎の巻』は、まさしくオトナのためのマンガの最極北。いいお酒といっしょにちびちび味わいたい。
2026-03-03
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