自らの体内から這い出したコマユバチの幼虫たちが作った繭の塊を抱きしめるシャクトリムシ。科学者は「ゾンビ化されて繭を守るよう操作されている」と解釈するけれど、これこそ「稜威」の極北の姿ではないだろうか。
こんにちは。編集工学研究所です。
「編集工学研究所 Newsletter」は、編集工学研究所を取り巻くさまざまな話題を配信するお便りです。代表・安藤昭子のコラム「連編記」では、一文字の漢字から連想される風景を、編集工学研究所と時々刻々の話題を重ねて編んでいきます。
連編記 vol.14「環」:世界は複雑なのか?
└ それは「突然」起きたのではない
└ 複雑系システムとしての社会
└ 西洋の1500年が、拡大・成長・進歩を産むまで
└ どうすればいいのか? 複雑系システムを生きる「5つの自覚」
└ 「方法」としての日本、「意味のプール」としての企業
編集工学研究所からのお知らせ
└ 複雑性の時代に、日本的方法論から新たな経営知を
「一般社団法人AIDAコンソーシアム」初のシンポジウムを開催
(2026年2月4日)
└ 【イベントレポート公開】《鼎談》複雑性時代に問い直す、
これからの学びと組織経営──AIDAネットワーキング会2025冬
「連編記」 vol.14
「環」
世界は複雑なのか?
2026/1/15

2026年が明け、新年の小休止のような空気に世の中がまだ包まれていた2日深夜、アメリカによるベネズエラ攻撃という目を疑うようなニュースが飛び込んできました。首都カラカスの空爆の映像、アメリカ軍特殊部隊による大統領夫妻の拘束、そしてトランプ大統領の「ベネズエラは米国が運営する」という宣言。いったいどんな理屈を掲げればこのような強行がまかり通るのか、と唖然としながらニュースを注視する年明けとなりました。
まかり通っているのかは、まだわかりません。ただ少なくともトランプ政権は、この出来事を突発的なものではなく、あらかじめ用意された作戦として実行し、それが「成功」したと宣言しました。その数日後、各国連機関からの脱退をアメリカが進めているというニュースが流れてきたときには、なにかが一線を超えてしまったような、なんとも名状しがたい不穏なものを感じました。
世界はいま、なぜこれほどまでに唐突で、入り組んだ状態に突入しているように見えるのでしょうか。ロシア・ウクライナ戦争はいまだ出口を見いだせないまま続き、ガザをめぐる対立は国際政治を巻き込み緊張を拡散させています。米中関係は台湾有事のリスクを抱えたまま曖昧な緊張を抱え、気候変動は「災害」というかたちで世界のあちこちに不意打ちのように現れています。
私たちは、いつも「突然のニュース」に驚かされます。けれど、どんな出来事も「突然」起こったことではなく、必ずやなんらかの「背景」を連れているものです。今回のベネズエラ攻撃も、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権の、周到に準備を重ねてきた安全保障戦略の一端の帰結にあたるものでしょう。ヨーロッパとアジア(東半球)を牽制し、南北アメリカ大陸(西半球)を自らの勢力圏とみなす戦略──いわゆる「ドンロー主義」──の狼煙として、しかるべきプロセスを踏んだ成果であると、アメリカは主張します。ただ、それはごく局所的な「理屈」と「背景」にすぎません。一国・一政権の内在原理を読み解くだけでは、「なぜいま世界はこうなのか」という真の背景が、どうにも見えてきません。
人類はこれだけの知能を持ちながら、なぜ和平の方向に向かわず、力の衝突の時代に戻り続けているのか。なぜ世界全体が、私たちの意思とは裏腹に、より危険な状態へと押し出されていくのか。佐藤優さんは、「トランプ大統領を混乱の原因と見ている間は事態を見誤る。トランプ現象は混乱の原因ではなく、結果だ」と言います。
世界はいま、単一な原因で説明がつかず、明快な善悪に還元もできず、解決策が次の問題を呼び込むような、出口の見えない状態にあるように見えます。この混乱の背景には何があったのか。世界をひとつの「情報の流動から成るシステム」として見てみると、この「突然」や「混乱」として映るものが、大きな還流のなかで避けがたく現れてきた突起として見えてきます。
昨年日本語版が出版された『複雑系としての社会史 社会・技術・環境の共進化と未来』という書籍が、この視点を提供してくれました。本書は、人類社会の複雑なダイナミズムを「考古学✕複雑系」の観点から読み解こうというものです。

『複雑系としての社会史: 社会・技術・環境の共進化と未来』
サンデル・ファン・デル・レーウ著、嶋田奈穂子訳(京都大学学術出版会)
この世界を「複雑系」として見るというアプローチは、90年代のサンタフェ研究所が牽引した複雑系科学の一大ムーブメント以来、組織論への適応や社会環境のネットワーク分析などさまざまな分野で試みられてきました。ただ、人類の営み全体を、その進化の歴史も含めて複雑系として捉え直そうとする視点は、これまでほとんど前景化されてきませんでした。
著者のサンデル・ファン・デル・レーウは、オランダ出身の考古学者・歴史学者です。複雑適応システム(Complex Adaptive Systems:CAS)という独自のアプローチによって、現代の危機を「環境問題」ではなく、社会の情報処理構造の問題として捉え直してきた人物です。出来事の「原因」を探すのではなく、社会がどのような情報処理のプロセスをたどって現在に至ったのかを数千年~数万年単位で描き出すもので、「社会環境ダイナミクス」という視点に立つものです。
確論に入っていく前に、このアプローチの前提となっているものの見方を、本書からポイントとしてピックアップしておきます。
・人間を、エネルギーと物質と情報を処理する「単なるある固有種(just another unique species)」として見る
→猫や魚やノミなど他の生き物と同列の「固有種」として人間を見る。ただし人間は、物質とエネルギーを扱う際に「情報」を編集する。そして、その方法を学び組織化するという特徴を持つ種である。
・現在の環境問題を、自然科学・地球科学の視点からではなく「社会構造」の問題として捉える
→Co2の排出量、生物多様性の損失、海洋の酸性化など、人間の活動が地球システムのダイナミクスにおいて一つ以上の次元で限界を超えた場合、システム全体は急速に予想不能なカオス状態に陥る。現在はそのギリギリのところまで来ている。ただしそれは、「環境」的な問題ではなく「社会構造」的な問題である。
・人類社会の進化の過程を「関係性」と「ネットワーク」に注目して読み解く
→「散逸的流動構造」(イリヤ・ブリコジン)という考え方を採用し、エネルギー・物質・情報の流れの相互作用が社会をどのように構成しているか、またそのティッピング・ポイント(相転移、創発現象)はどこに現れるかに注目する。
では、この視点から、いま私たちが目にしている世界の出来事を眺めてみると、何が見えてくるのでしょうか。一気に視界を引いて、世界全体をひとつの系として見てみます。
複雑系システムでは、エネルギーや情報は還流しながらフェーズ(相)を渡り歩きます。一時的に消えたように見える情報も、系の内部に残り、形を変えてどこかで現れるものです。
いま世界の各所で現れているさまざまな姿をした「危機」も、不要な情報として追いやられた、あるいは切り捨てられたものたちが、形を変えて戻ってきていると見ることもできます。極端なポピュリズム、世界的な分断や排外主義。それらを、単なる異常値や例外としてではなく、複雑系システムにあらわれた現象として見てみると、どうでしょうか。
人類社会がどのような情報処理の構造を選び取り、どのように変化してきたのかを、複雑系の視点から眺めるための「思考のサンプル」として、西洋1500年を読み解く本書の試みを借りてみます。

ローマ帝国崩壊後のヨーロッパ社会は、広域を覆っていた政治的・経済的・文化的統合を失い、高度に分散した状態に置かれました。秩序は解体され、情報の流れは局所化し、社会全体は高エントロピー状態に近づいていきます。この時期はしばしば「暗黒時代」とも呼ばれますが、複雑系の視点から見ると、それは停滞というより、統合がほどけ社会の情報処理が散逸的なかたちへと切り替わっていった過程と読むことができます。情報処理は小さな単位に分かれ、それぞれが独自のやり方で生き延びていました。
中世に入ると、この分散状態のなかから、修道院、都市、ギルド、交易圏といったローカルな情報処理のための中間ノードが各地に生まれてきます。知識、技術、信仰、商慣習といった情報は、こうした小さな拠点に「意味のプール」として蓄えられ、交換されました。重要なのは、この変化が上から設計されたものではなく、ボトムアップ的に進んだという点です。社会は無数の小さな結節点を増やしながら、徐々に接続密度を高めていきました。
12世紀から15世紀にかけて、南北の交易路がつながり、文化圏どうしの接続が進むと、情報の流動はさらに活発になります。都市は拡張し、商業が発達し、やがてルネサンスと呼ばれる文化的転換が起こります。ここでヨーロッパ社会は、多様なローカル性を保ったまま、高密度に接続されたネットワークとしての性格を強めていきました。中産階級の登場も、この情報構造の変化と深く結びついています。
しかし近世に入ると、社会のあり方は再び大きく変わります。国家統合が進み、法、制度、言語、貨幣が標準化され、社会はヒエラルキー型へと再編されていきました。内部の情報勾配は平準化され、秩序は強化されますが、その一方で、多様性や自由度は次第に失われていきます。本来であれば、この段階で社会システムは硬直し、変化への応答力を弱めていくはずでした。
ところがヨーロッパは、ここで別の選択をします。内部の限界を、外部へと押し出すという選択です。植民地化やフロンティアの拡張によって、資源、エネルギー、労働力を外部から取り込み、内部の均質化がもたらす制約を相殺していきました。内部の多様性の低下は、地理的な拡大によって補われる、という戦略が選ばれたのです。
18世紀後半以降、この構造はさらに決定的な転換を迎えます。化石エネルギーの利用と産業革命という、巨大な外部入力が加わったからです。これによって、ヨーロッパ社会は構造的な限界を「克服」したかのように見えました。しかし複雑系の視点から見れば、これは限界を解消したのではなく、エネルギーによって延命したと捉えるほうが自然でしょう。情報勾配と価値勾配は再構築され、経済は輸入と国内消費中心の循環構造から、国内生産と輸出を軸とする拡張構造へと変わっていきます。
この「ヨーロッパ・システム」とも言える情報処理様式は、19世紀になると「アメリカ・システム」として採用され、20世紀後半、とりわけ1980年代以降、インターネットの興隆も相まって地球規模へと拡張されました。ネットワーク上の相互依存性は極端に高まり、ひとつの地域で起きた変化が瞬時に世界全体へ波及するようになります。局所的な揺らぎが全体を揺さぶる、広大にしてきわめて繊細な状態です。
こうしてグローバリゼーションが確立し、ヨーロッパが自らのシステムの延命措置として選択した「拡大・成長・進歩」という価値観が、世界システムのエンジンとなっていきました。
問題は、拡大や成長を志向することそのものにあるのではありません。それがシステムの延命のための戦略であることすら忘れられ、世界の前提として固定化してしまったことにあります。そしてグローバリゼーションとは、人類史上最大規模の「価値の標準化」実験でもありました。目には見えない複雑な情報は、境界を超えにくい。そこで世界システムの共通分母として選ばれたのは、数値で測れる「富」です。それ以外の文化、宗教、慣習、情緒、感性といった情報は、変換不能なノイズとして後景に退いていきます。
社会は人間が構成するシステムである以上、人間が感知できる情報が減るほどに、社会の自己修正能力は低下します。ティッピング・ポイントは、突然訪れるのではありません。ノイズとして背景に退いた情報が積み重なり、処理しきれなくなったときに、かたちを変えて現れるのです。
そう考えると、世界はここにきて複雑になったのではないことが見えてきます。むしろ私たちの世界は、長い時間をかけて単純化されすぎた。その結果として、系の中で処理しきれなかった情報が、いま「複雑さ」というかたちで各所で吹き出している、そう見ることができます。
ここまで見てきたように、世界はいま、単純な因果や明快な善悪では捉えきれない状態にあります。では、この「同時多発的複雑さ」のただなかで、私たちはどんなふうに世界を捉えればいいのでしょうか。
ここでは、デル・レーウが本書で繰り返し示している視点を手がかりに、「複雑系システムを生きる5つの自覚」として、私なりに要点を抜き出してみたいと思います。
1.<危機の所在>「環境問題」とは「社会構造問題」であるという自覚
気候変動も資源枯渇も、自然そのものに危機の要因があるのではありません。「環境問題」とは「環境」の側の問題ではなく、「環境」に影響を与える社会構造の側の問題であるという自覚です。その原因は私たちが刻々とつくっている社会にあるという事実から、逃れることはできません。
2.<時間軸>動的システムは、長期の「時間軸」でしか理解できないという自覚
短期視点では、「変化」に気がつくことはできても、「変化の仕方の変化」を捉えることができません。システムのティッピング・ポイントは、「変化の仕方」が変わったところに予兆が現れます。加えて、短期的な成果や即効性のある解決策は、大きなエネルギーの還流においては次の問題の種になります。
3.<認知限界>人間の「認知」には決定的な限界があるという自覚
私たちは「認知フィルター」を通してしか世界を把握することができません。常に「次元の単純化」をしながら世界認識をしているという自覚を持つことが、「認知の外」にはぐれた情報への感度を呼び起こします。切り捨てられる「揺らぎ」の中に、システムの振る舞いを別の方向へ引き寄せるアトラクターが生成されうると想像してみることです。
4.<変化の取扱>「不安定さ」は、システムの回復力を支えているという自覚
揺らぎを排除し、均質化を進めるほど、システムは脆くなる。不安定さは、システムの内部ダイナミクスに本来そなわっているものです。複雑さはコストではなく、レジリエンスの源泉です。「安定」ではなく「変化」を志向することではじめて、システムの安定は保たれます。
5.<方法の選択>西洋的合理主義は、一時の選択肢にすぎないという自覚
拡大志向、成長志向、進歩志向は、ある歴史的条件のもとで、弱体化するシステムの延命において有効だった戦略であり、普遍的な自然法則ではありません。システムの生命力を保ち続ける方法は、ほかにありうるという視点を持つべきです。
著者は、こうした観点を示した後に、これらの自覚を生きるモデルはむしろ西洋ではなく東洋にあるのでは、という仮説を持ち出します。
西洋的なアプローチでは、確固たる主体が変化する状況を取り扱おうとし、その世界観では社会と環境の相違点が強調されます。それに対して、東洋的なアプローチでは、変化する状況に応じて主体が適応し、社会と環境はその類似性において捉えられる、と指摘します。複雑系システムの一部として生きる自覚は、後者の東洋のアプローチに根深く息づいてきた。その中でも特に日本には、社会と環境の「関係性」に注目し橋渡しをする方法が見受けられる、と書いています。
残念ながら本書中ではこれ以上の分析はなされていませんが、この著者の見方は松岡正剛が析出してきた「日本という方法」と照らしてみても、十分に的を射ていると言えます。
昨年9月に設立された「一般社団法人AIDAコンソーシアム」では、こうした日本的知性をフィルターにすることによって、グローバルスタンダードの限界を突破していこうという試みが始まっています。
AIDAコンソーシアムは、企業を「コーポレート・オントロジー(Corporate Ontology:CO)」という観点で捉え、動的なシステムとして見る視点を提案しています。
コーポレート・オントロジー(存在論的組織観:CO)とは、コーポレート・アイデンティティ (CI) を超えて、「そもそも企業とは何か」を問い直しながら、世界との関係性の中で生成し続けるプロセスとして自己像を更新し続ける視点です。変化が加速し複雑さが増していく時代、自身の根源的な存在様式を刻々と捉え直し、複雑性から独自の資産を生み出す土壌を育みます。(一般社団法人AIDAコンソーシアム公式サイトより)
企業は、拡大と成長を駆動する資本主義システムの一部として機能してきました。そのためには、効率化され、標準化され、数値化可能な価値を生み出す装置である必要があります。けれど改めてその資本主義システムを、エネルギーと物質と情報の還流と見てみれば、企業は同時に、人間が生きる複雑系システムの動力となる重要な結節点であるとも言えます。
その視点で見ると、企業とは、系の中で切り捨てられてきた情報を受け止め、システム内に循環させ直す「意味のプール」としての役割を担うことができる存在でもあります。文化や連帯、感受性や情緒、暗黙的なエネルギーの還流といった、これまでノイズとして退けられてきたものを、再び社会に戻す中間ノードです。
デル・レーウは、本書の冒頭でこう宣言をします。
“長期的には、恐怖は社会に変化をもたらさない。それができるのは、希望である。”
ここで言う「希望」とは、明るい未来を信じるといった感情的なことではないようです。いま見えている世界のほかにも、別の可能性があるかもしれないと想像できる状態のことです。逆に「恐怖」とは、見えるものが減っていく状態。人類が拡大路線とともに習い性にしてきた「次元の単純化」は、知らないうちに私たちを「恐怖」の構造に追い立ててきたと見ることもできます。希望とは、別様の回路への想像力であり、還流の向きを変える動力でもあります。
◆
このコラムの「連編記」という名は、幸田露伴の『連環記』に肖っています。人の行いや欲望や業が、本人の意図を超えて連なってしまう世界──単純な因果に回収できない連なりを、露伴は眺めていました。こうした世界の見えない「連環」に、編集という方法で切り込みを入れてみたい。そんなささやかな願いを、この連載のタイトルに託しました。
世界はあまりに大きすぎますが、それに対して私たちは、自分ひとり分の時空間でしか生きられない生身の存在です。ただし、この人間の認知限界に挑戦できるのも、これまた人間という「単なるある固有種」に与えられた特権であろうと思います。
2026年はますます、私たちの視界を濁らせる強い風が吹き荒れそうです。ありったけの想像力を頼りに、デル・レーウの言う「別様の方法」を探して、足元にある日本的知性を探索していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。本年も、編集工学研究所をどうぞよろしくお願いいたします。
安藤昭子(編集工学研究所 代表取締役社長)
編集工学研究所ニュースレターでは、今年も弊社からのお知らせをお届けして参ります。最新のイベント情報や、記事公開のご案内など。「連編記」と合わせて、ぜひチェックいただけたら幸いです。
2026年もどうぞよろしくお願いいたします。
AIDAコンソーシアムは、編集工学者・松岡正剛と経営学者・野中郁次郎の知と方法を継承・統合し、「複雑性を力に変える」21世紀の組織経営論の共創を目指して、2025年9月に設立されました。合理性や計画性だけでは捉えきれない現実を前提に、いかに判断し、組織を動かし続けるのか。その問いに対し、理論研究と社会実装の双方から取り組んでいます。
本シンポジウムでは、複雑化・不確実化が進む現代において、既存の経営モデルや合理性だけでは突破口が見出しにくいと感じている経営者や事業リーダーを対象に、複雑性を前提とした新たな経営の視点と実践知を共有することを目的としています。皆様のご参加をお待ち申し上げております。
2025年12月22日に開催した「AIDAネットワーキング会2025冬」での鼎談の模様を公開しました。
ゲストは、アクサ生命保険株式会社 代表取締役社長兼CEOの安渕聖司さんと、株式会社Kaizen Platform 取締役CFOで詩人でもある高﨑一さん。編集工学研究所の安藤昭子がモデレーターを務めました。なぜビジネスリーダーたちが[AIDA]に集い、学び続けるのか?深い「知」やリベラルアーツに触れることで、起こる変化とは?不確実な時代の「学び」のあり方についてお話しいただきました。
記事はこちらからご覧いただけます。

安藤昭子
編集工学研究所 代表取締役社長
東京生まれ東京育ち。新卒で出版社に就職。書籍編集に従事するも、インターネット黎明期の気配に惹かれて夜ごとシステム部に入り浸る。javaを勉強し、Eラーニング・プログラムを開発。会社から編集者かエンジニアか選ぶよう言われ「どっちも」と言って叱られる。程なくして松岡正剛を知り、自分の関心が「情報を編集すること」にあったと知る。イシス編集学校に入門、守破離のコースを経て2010年に編集工学研究所に入社。2021年に代表取締役社長に就任。企業・学校・地域など、「編集工学」を多岐にわたる領域に実装・提供している。Hyper-Editing Platform[AIDA]プロデューサー、丸善雄松堂取締役。著作に『才能をひらく編集工学』、『探究型読書』。新芽、才能、兆し、出会いなど、なんであれ「芽吹き」に目がない。どこにでも自転車で行く。
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2026-01-13
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2026-01-12
午年には馬の写真集を。根室半島の沖合に浮かぶ上陸禁止の無人島には馬だけが生息している。島での役割を終え、段階的に頭数を減らし、やがて絶えることが決定づけられている島の馬を15年にわたり撮り続けてきた美しく静かな一冊。
岡田敦『ユルリ島の馬』(青幻舎)
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比べてみれば堂々たる勇姿。愛媛県八幡浜産「富士柿」は、サイズも日本一だ。手のひらにたっぷり乗る重量級の富士柿は、さっぱりした甘味にとろっとした食感。白身魚と合わせてカルパッチョにすると格別に美味。見方を変えれば世界は無限だ。