タッパーウェアはそのまま飼育ケースに、キッチンペーパーは4分割して糞取り用のシートに。世界線を「料理」から「飼育」に動かしてみると、キッチンにあるおなじみの小物たちが、昆虫飼育グッズの顔を持ち始める。
わたしたちは不確かな時代に生きている。
国益を優先して人権を軽視する移民対策や領土拡大の野心で積み上げてきた国際秩序も突然に揺らぐ、通常国会冒頭の解散、総選挙という急な国内政治の展開、明日何が始まるかは不確かだ。松岡正剛も、「あした事故に遇うかもしれないし、誰かから恋心を告白されるかもしれないし、次の一冊の読書が人生を変えるかもしれない」と、不確実性を千夜千冊1340夜に書いた。その上で、わたしたちがそれぞれの能力を活かして生きるための「確かな学び」への手すりとして、編集稽古を手渡してきたのだった。
不確実性はわかりにくいわけではない。「わかる」は「分ける・分かる・解る・判る」であって、これこれは不確実なことだろうというふうに情報や現象を「わける」によって「わかる」にしているのだから、不確実なことがわからないわけではなく、そのように「わかる確実」と「わかる不確実」を分けたのだ。
千夜千冊1340夜 『確率論的思考』田渕直也
大寒の夕べ、池袋のジュンク堂書店で『[W刊行記念]江戸文化研究者・田中優子 × 病理医・小倉加奈子トーク不確かな時代に「確かな学び」を知る二人が語る』と題するイベントが行われた。田中優子著『不確かな時代の「編集稽古」入門』(朝日新聞出版)と小倉加奈子著『細胞を間近で見たらすごかった』(筑摩書房)の二冊の新書が2025年11月に刊行されたことを記念したイベントだ。
法政大学元総長の田中優子と順天堂大学医学部教授で病理医の小倉加奈子、ふたりの大学教授による「確かな学び」に向けた対談とあれば、参加者の期待は自ずと高まる。実はふたりはイシス編集学校の編集コーチでもある。編集学校の教室では役割が絶えず入れ替わるのだが、小倉が指導側にいた教室では田中が生徒だった。この日、繰り広げられたのは、まるで編集学校の記憶を辿る思い出話のような柔らかなトークだ。当日の様子をレポートしよう。
登壇して椅子に座ると田中は早速、「先に私から始めていい?」と断り、小倉の著書が「すごくおもしろかった」と話を始めた。これまで見てきたどの映像や解説書よりも、この、手描きのイラスト付きの人体ツアーはわかりやすいという。例えば小器官について、1ページを使って細かいイラストが描かれている。それぞれ名前があり、役割がある小器官が、「お昼は何を食べよう?」とつぶやいたりする。まるで、自分の身体に入った気がして、納得できたという。イラストと言葉が共に描かれることで説得力を持ち、しかもかわいいと大絶賛だ。見立ての力を使って読み手の心と身体に入り込む、「こんな本は他にない、すごい!」と。略して『まぢすご』とも紹介されるこの本のタイトルは、実は少し長い。けれど、五・七・五・七・七と、短歌のリズムで読むとどうだろう。
『細胞を間近で見たらすごかった〜奇跡のようなからだの仕組み』
改めて、タイトルの一句に著者の言いたいことが全て詰まっていることに気づく。こんなところにも編集的な遊びが散りばめられているのだ。小倉は、何年も細胞を観察する仕事をしながら、今も毎日、細胞を見るたびに感動するのだという。「人体の組織は健気でかわいいんです」「利他的なんです」と。その細胞のすごさを伝えたいという思いで本書は執筆された。広く一般の人にもわかるように、編集学校で学んだ「見立て」の方法を使い、著者が人体を構成する37兆個もの細胞を知るための「からだ一周ツアー」に誘うという建て付けだ。見立てとはつまり、「ごっこ遊び」なんです、と小倉は笑う。
表紙を開くと、次は目次の章立てに驚かされる。そこにあるのは人体ツアーの一覧だった。オプショナル・ツアーまで揃えられ、まるで旅行会社のパンフレットのような設えに読者の心は踊る。ガイドは小倉自身だ。スピード感のある案内の文章は、読んでいてわくわくが止まらない。まさに人体のツアーごっこだ。
!!ストーン!あれれ?いきなり腸の落とし穴に落ちちゃいましたよ〜。助けてくださーい!なんと、この人の回腸、「メッケル憩室」があったなんて!ガイドの私もちょっと油断しておりました。
(『細胞を間近で見たらすごかった』15.危険!腸に落とし穴? P.066)
「見立て」は、編集学校で教える編集の型のひとつである。小倉はビジネスを学ぼうとして、間違って入門してしまった(と思った)編集学校で、松岡校長の「見立てとは、Diagnosis、つまり診断のこと」という言葉を聞き、開眼したという。病理診断という自身の仕事は、「見立て」であった。仕事とは全く関係がないと思っていた「編集」は、病理診断を極めるために必要だったのだと。実際、プロセスや感性を重視するようになって、診断の質は変わった。編集稽古にのめり込んだ小倉は、今は編集コーチとして指導する側にいる。
現在は編集学校の学長を務める田中も、教室で学んだ頃に小倉に指南を受けたことがある。その時の田中の印象を小倉は忘れられずにいた。会議や出張で多忙な大学の総長という役割を持つ人が、学びの時間を作り、真摯にお題に向き合い、指南に耳を傾ける。属性を剥ぎ取らなければできないことをこなす姿に驚いたと。普通なら、がんじがらめになりそうな役割から解き放たれたように稽古していたと。(田中は会議の合間の10分を使い、立ったままパソコンを操作して、お題に回答していた)しかし、指導側に立とうとした時、田中は大学の教師であった自分を剥ぎ取れなかった。編集学校のコーチは指南であるのに、どうしても添削になってしまう。添削は、する側の価値観でやるもので、指南は、相手の中に入ること。「想像しながらその人になればいい」と言われてやってみたら、その人の眼差しで見ることができるようになった。田中はそれを、「入り」と呼ぶ。
「入る」というのはその人に「なりきる」と言う意味か、どうすればできるのか、と、参加者から質問が届いた。田中は、「入る」はきっと誰もがやっていることで、例えば小説や物語に没入することと同じだと返す。著書では韓国のノーベル文学賞受賞作家ハン・ガンが授賞スピーチで語った「他者の心の奥深くへ」という言葉に準えた。この文学の本質が、まさに「入り」であり、編集稽古なのだ。
このスピーチから受け取ったもう一つの大事なことは、人は人の心の奥底に入り込むことができる、という事実でした。「言葉の意図をたどりつつ他者の心の奥深くへ入り込み、もう一つの内面に出会うという体験」「この惑星に住む人々や生き物たちの一人称の視点の中に入り込むように想像するよう促す言葉」という表現に心が留まり、惹きつけられました。なぜならイシス編集学校がもっとも大切にしていることが、ここに表現されているからです。
『不確かな時代の「編集稽古」入門』P27
もうひとつ大事なことは、わたしたちの脳が行なっている「問感応答返」だと、田中は画面に松岡校長の手書きの図を映し出した。問われたら、まず全身で何が問われているかを感じ、応じてから答えを返すという考え方だ。また、問いかけた人にまっすぐ返すのではなく、範囲を決めずに関係を発見し、逡巡しながら世界に返す。そうすることで、答え方が変わる。編集は、問いと答え、問題には答えがある、という直線的に正解を求めるものとは違う。全てが不確かな中で、編集は、確実性を高めようとするものではなく、複雑性、不確定性、不確実性を自分の中に持ち、「わからないものに向かっている状態」が大事なのだ。
小倉も、すぐに「わかりやすさ」に向かってはいけないと応じた。わかりにくさを抱えることは、問いを持ち続けること。問いがあれば見立てもしやすいのだと。結論を出せばつまらなくなる。新しいことを発見すると同時に最終的に答えにならない状態を残せば、自ずと新しい問いが湧いてくる。
わからないことをわからないままで言葉にする。問いがある状態で色々なことに臨んだ方が、自由になれる。
インタースコア編集術の全体像を説明する田中優子学長
数多くの講演をこなしトークに長けたふたりが、新書に結晶させたそれぞれの文脈を持ち寄り紡ぐ言葉たちは、この場で混ざりひとつに仕上がっていった。そんなライブ感に没入し、紅潮したままサイン会の列に並ぶ参加者から伝わる「感」や「応」そして新しい「問」に、ふたりの著者が「応」じていた。不確かな時代に、他者の心に入り、自分との間に関係を見出そうとすること、わからなさを携えたまま問い続けること、それが、今宵の参加者が受け取った「確かな学び」だ。書店という場から再びの編集が始まり、別様の可能性に導かれる瞬間がそこにあった。
参加者は二冊の本を手にしてそれぞれのサインの列に並んだ
小倉加奈子さんのサインは細胞のイラスト入り!
安田晶子
編集的先達:バージニア・ウルフ。会計コンサルタントでありながら、42.195教室の師範代というマラソンランナー。ワーキングマザーとして2人の男子を育てあげ、10分で弁当、30分でフルコースをつくれる特技を持つ。タイに4年滞在中、途上国支援を通じて辿り着いた「日本のジェンダー課題」は人生のテーマ。
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コメント
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2026-01-27
タッパーウェアはそのまま飼育ケースに、キッチンペーパーは4分割して糞取り用のシートに。世界線を「料理」から「飼育」に動かしてみると、キッチンにあるおなじみの小物たちが、昆虫飼育グッズの顔を持ち始める。
2026-01-22
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2026-01-20
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