昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。
タイトルがタイトルだけに、様々な兄弟にフォーカスが当たるだろう、という予測はしていたものの、その中に「義兄弟」まで入るとは。表面上はよく知っているようでいて、まだまだ奥の深い戦国時代です。
さて歴史をふかぼれば宝の山。史実と史実の間にこぼれ落ちたものにこそ真実が宿る、かもしれない!? 歴史と遊ぶ方法を大河ドラマにならう多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」。クラブの面々を率いる筆司の二人が、今週のみどころをお届けします。
第七回「決死の築城作戦」
ついに美濃攻め
藤吉郎と寧々が夫婦になるというまことにめでたい流れの中で、直が中村に帰ると言い出します。国争いが本格化する中で、なんとものどかな展開です。戦は戦であっても、世の営みはこのように紡がれていたのでしょうか。
柴田勝家が墨俣攻略に失敗した後だからこそ、ここで成功すれば名を挙げられる、と藤吉郎の目が外へ、外へと向けば、反対に小一郎の目は直と自分の関係という内側へ向きます。そうはいっても、小一郎の頭の回転は衰えません。
藤吉郎が、勝家の言った
敵は斎藤ではない、“とき”じゃ。
の「とき」は、「土岐」ではなく「時」、と気づけば、母・なかが下ごしらえをしているからすぐに汁はできるという言葉を聞いて、そうじゃ、と勢いよく立ち上がる。
汁も砦も同じじゃ。あらかじめ下ごしらえをしておいて、ひと息にそれをあわせる。そうすればさほど時をかけずに作ることができよう。
と提案する。それを可能にするためには川並衆と呼ばれる連中と話をつけなければなりません。小一郎の説明によれば、「尾張と美濃の国境の川筋を仕切っている地侍の集まり」で、「金さえ積めば何でも請け負う無法者」の集団です。しかし藤吉郎の足を止めることはできません。すぐに話をつけにいこう、と相成りました。
(寧々となか、どちらが藤吉郎に汁を作るかという、嫁と姑の間の小さな主導権争いがあったにも関わらず、残念ながらその汁自体が不要になりました)。
え、泥棒じゃなかったんだ
ここで登場するのが蜂須賀正勝です。橋の上で秀吉(当時は幼名の日吉丸)の頭を蹴飛ばした、という出会いと共に、野盗、つまりは泥棒だったという逸話がよく知られていますが、これは後世の創作であったようです。
とはいえ、藤吉郎が橋渡しを頼んだ前野長康と赴いたその場で、いきなり刀を抜き、長康を「裏切り者!」とののしったのですから、なかなか豪胆な人物であったことは確かでしょう。荒々しさと豪胆さをあわせ持つその気質こそが、今回の墨俣攻略には欠かせないものだったに違いありません。
ところでなぜ長康は裏切り者呼ばわりをされたのでしょうか。元は同じ川並衆として、城持ちになろうという夢も共有していた二人でした。しかし参じる戦ごとに破れ、ついには「疫病神」と罵られるまでになります。正勝は誰の下にもつかぬという道を選び、長康は乱世を生き抜くために織田の配下となる道を選びました。こうして二人は袂を分かったのです。
藤吉郎は墨俣に城を築く策を書いた書状を正勝に届け、説得のために自ら坐り込みます。同じ頃、小一郎は病に倒れた直の回復を願い、必死に祈り続けます。外と内、向かう先は違いますが、思いを貫く姿勢は響き合う兄弟でした。
やがて正勝が藤吉郎の前に現れ、挑発に見事に応じて言い放ちます。
我らならできる
それを聞いた藤吉郎は言います。
おぬしは疫病神などではない。勝ちをもたらす軍神じゃ。共にこの世を見返してやろう。
こうして正勝は藤吉郎の陣営に加わります。この墨俣攻略を皮切りに、後の豊臣の世を切り開く原動力となった蜂須賀正勝。勝利を呼びこむその働きは、まさに軍神のごとき存在だったのでしょう。
義兄弟
『樓岸夢一定(ろうのきしゆめいちじょう)』は、『武功夜話』に基づいて執筆された佐藤雅美の小説です。『武功夜話』とは、昭和34年の伊勢湾台風の折、愛知県の旧家・吉田家の土蔵が浸水した際に発見され、戦国史を書き換える資料とまで言われた文書です。前野長康をはじめとする前野一門の武功について、子孫が寛永時代に生存者に取材するなどして書き進められたものとされています。
遠くに蹄の音が聞こえて、小六は振り返った。
「小六殿ォ」
無頼風来の弟分、小右衛(こえ)こと前野小右衛門だ。
小六は手綱を引いて小右衛門が近づくのを待ち、なにげなく土手に目を下ろした。
萌え出ずる草花の陰に土筆が数本、離れ離れに顔を覗かせていた。
これが、冒頭で描かれる二人の姿です。何とも無邪気でどこか愛嬌のある弟分ではありませんか。本作では、二人が袂を分かつ原因は信長にあると描かれています。戦功の褒賞として、蜂須賀小六には国中の通行許可を許す、という馬喰の頭領扱い。一方の前野には破格の待遇を与える。二人とも本意ではないながらも、─とりわけ兄分に対して後ろめたさを抱く弟分にとって─、ここで信長に逆らうことは得策ではありませんでした。
「小六殿!」
小右衛門が声をかけて走ってくる。
「我らは義兄弟。このことには変わりありませぬな」
「おうさ。変わりはないとも」
「では」
「うむ」
小六は馬に鞭を入れた。
秋の冷たい雨がぽつりと降って頰を濡らした。
印象的な義兄弟の別れの場面です。…ですが、この直後の場面では、早くも小右衛門はつまらぬ喧嘩を起こして信長の元を追われ、小六の元へ舞い戻ってきます。ここから墨俣攻略を経て、二人がどのような生涯を辿るのか。
豊臣の世を織り上げる糸、しかも太い糸がまた一本加わった。そう感じさせる回でした。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四十九(こぼれ話)
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多読で楽しむ「大河ばっか!」は大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブ。物語好きな筆司たちが「組!」になって、大河ドラマの「今」を追いかけます。
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それは、かつての安寧が無情に解体していく風景だった。逃げるべきか、抗うべきか。幻想が零れ落ちた断絶の先で、生き残るための冷徹な理(ことわり)の音が響く。彼は今、光さす表層を去り、世界の裏側で血を流す闘いへと踏み出した。 […]
コメント
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2026-02-24
昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。
2026-02-19
棚下照生。この忘れられたマンガ家が、最近、X(ツイッター)で話題になっていた(なぜかは知らないが)。大人漫画のタッチで劇画を描くという、今となっては完全に絶滅した手法が、逆に新鮮に映るのかもしれない。代表作『めくらのお市物語』は、連載当時、大変な人気で、映画やテレビドラマにもなったのだが、現在では、タイトルに問題アリで、復刊の目途もない。もしも古本屋で見かけることがあったら絶対買いです。
2026-02-17
小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。