イシス編集学校の学衆には、ひとつの共通点がある。それは「カリキュラムはよくわからないけれど、飛び込んでみる」という好奇心の持ち主ということ。そして師範代の共通点もある。それは「つい一年半までは学衆として学んでいたアマチュアだ」ということ。師範代とはいえ、イシス以外に生業をもち、しかも全知全能ではない。学衆に尋ねられても、当然答えられない質問もある。そのとき師範代はどうするのか。学衆はなぜ、指南に感動するのか。
イシス学衆インタビュー後編、お楽しみください。
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■ どうしても答えられない難題に
師範代はどう応えたのか
――オブザ・ベーション教室は、学衆さんから「質問です!」と活発に問いがあげるのが特徴でしたね。けっこう編集工学の深みを突く質問が多く、師範代としては試される思いだったのでは?
稲垣:最初は質問を受けるの、怖かったですよ。でもあるとき外山さんが深く突っ込んだ質問をしてくださったんです。ええとこんな感じです。
…質問です。『千の顔をもつ英雄』のなかでは「英雄とは(中略)カトドスとアノドスの交差の上に何度となく成立する人間」という記述があったんですが、41[破]AT大賞の「黄昏の銀杏」(B面方眼教室 三國紹恵作)や講評を読んでもよくわかりません、解説いただけますか、と。
――いやぁ……これは、ちょっと付け焼き刃では太刀打ちできませんね。
稲垣:今だから言えますが、このとき吹っ切れたんですよ。
外山さんがここまで周辺情報を取りに行って、型と結びつけようとしているこの瞬間は絶対に逃してはいけないと思いました。でも一方で、恥ずかしながら『千の顔をもつ英雄』は読んでいないし、いまから買って読む時間もない。さあどうしようかと思って、「一緒に考えましょう」って答えたんです。千夜千冊や破のお題、過去の大賞作品などいま共有しているものをベースにして、そこから一緒に考えましょうって。
――おぉ。師範代から学衆さんへ一方的に知を伝達するのではなく、相互編集で知を生み出そうということですよね。
稲垣:そうです。学衆さんからいろんな質問が来ても、私が答えを手渡すだけでなく、「私はこう思いましたが、あなたはどう思いますか」とともに作っていこうと腹が決まりましたね。
――ちょっと聞いていて感動しました。これってまさに、稲垣師範代が英雄五段階でいうところの《目的の察知》から《彼方での闘争》に切り替わった瞬間ですね。
稲垣:そうやってお返事したあと、外山さんが「僕はこう思いました」って返してくれたんですよね。それを見て、「あ、これでいける」と思いました。
――「師範代が学衆に編集される」という格別の体験だったのですね。齋藤師範は、稽古が進むなかでの稲垣師範代の変化はどうご覧になっていましたか?
斎藤:稲垣師範代は、悩んでましたよね。セイゴオ知文術のときから、学衆さんとともにどこを目指したらいいのかつねに悩みながら指南してました。そうやって文体、クロニクル、物語、稽古を重ねるにつれて、どんどん指南の言葉が轟くようになっていったように感じます。
――師範代も期間中に進化していくんですよね。外山さんは、念願だった物語稽古を終えてみてどうでしたか。漫画制作に使えるなと思ったりしますか?
外山:物語の型は日々、使っていますね。好きな本を読んでも、漫画を読んでも、映画を見ても、「これは原郷だ」「闘争だ」とか、構造が見えるようになりましたね。英雄伝説の型からズレているものも、「これをズラしているのは、作者のこういう意図なのでは」なんて考えたりもしますね。物語を整理するための「棚」ができた感じです。
■ 師範代は「唯一にして永遠の上司」
このフィードバックが嬉しいのはなぜ
――「整理するための棚」っていい表現ですね。外山さんはアタマのなかに棚を作りまくる勢いで、時間を忘れて稽古に没頭しておられましたよね。
外山:いやぁそうですね。年末年始もいつものように仲間と年越しすることはせず、逗子でひとり合宿をしていましたし、物語のエントリー前日なんかも、京都Ciftで起きてから寝るまでずっとコタツで書いていました(笑)
――そこまでのめり込んだのはどうして?
外山:もう純粋に、楽しかったからです。でも同時に、この機会を存分に使わないと!とも思ってましたね。僕は大学時代に起業したので、上司がいたこともない。自分の実力がどれくらい通用するのかもわからない。それに、いま一緒に仕事をするのもベンチャー企業が多く、なにをするにも手探りなんです。
――「お金を払ってでも、フィードバックを受けられるイシスはありがたい」って稽古中におっしゃっていましたが、そういうことでしたか。
外山:だから、稲垣師範代は僕にとって、唯一にして永遠の上司です。
稲垣:なんと!そんな永久欠番みたいな栄誉を……
外山:じつは稲垣師範代には、僕が[守]の学衆時代にお会いしてるんですよ。
――ええっ?
外山:47[守]では、北條玲子師範代のピアソラよろしく教室でした。そのZoom汁講で、稲垣師範代が助っ人として物語稽古のお話をしに来てくれたんです。「ミッション・
稲垣:いや〜うれしいですねえ。北條師範代とは34[花]くれない道場(竹川智子師範)でご一緒していたので、その縁で汁講に参加したんです。
――運命ですねえ。稲垣師範代は、44[破]で物語AT大賞を受賞されているんですよね。その期の知文AT大賞は、ちょうど今期48[守]で教室を担当している竹岩直子師範代。稲垣師範代も竹岩師範代も、どちらもとりかえサンダル教室だったんですよね。ひとつの教室から両AT大賞が生まれるという珍しい快挙に、伝説の教室と湧いたことを聞いています。
稲垣:私はぜんぜん書く力もなくて、「何書いたらいいんですか」というレベルで吉居奈々師範代に質問をして、それでもAT大賞を取らせてもらったんです。すごく恩もあるし、吉居師範代の背中に追いつこうと思って指南していました。だからもう、外山さんが物語AT大賞を受賞したときは、ようやく恩返しができたなっていう気分になりました。うれしくてうれしくて、外山さんの突破を見届けたあと、吉居師範代にご報告しました。
齋藤:師範代という冒険を終えて、原郷の師範代のもとにリターンしたんですね。師範代という英雄伝説を体現していますね。
稲垣:外山さんのAT大賞は、自分のときより、うれしかったです。
外山:そうなんですか!
――この終わりなき贈与が、とってもイシスらしいですね。胸が熱くなります。
■ 目指したいのは、「個と個が溶け合う」世界
それを稽古で垣間見た
――ちょっと聞きつけたんですが、外山さんって修験道で修行したこともあるんですか。
外山:そうなんですよ。11月の出羽三山で滝に打たれました。狭い部屋で七輪に唐辛子の粉入れて、ちょっとでも目を開ければ痛く、息を吸っても咳き込む部屋で勤行を聞いたりしました。
齋藤:いやあハードですね。修行を終えるとどんな気分になるんですか。
外山:あれはハイパーな体験でした。修行って身体の限界に挑戦させられるわけなんですよ。食事もほんの少しだけ、朝5時に法螺貝の音で起こされて、眠気眼で錫杖持って山道を歩くという。空腹と睡魔とでぼーっとしているとき、山小屋のそばにある2本の木を見たんです。でもよく見たら、根っこがひとつ、もともと1本の木が二股に割れたものだったんですね。それを見たとき、目が開けたような気がしたんです。
――木の根っこをみて、なにかに気づいたと。
外山:僕は、人と人との境界線をなくしていきたいんですね。資本主義社会って、所有や責任の範囲を明確に決めるわけですが、もっとそういう境界線を排除していきたい。
――『イヴと七人の娘たち』を課題本にしたセイゴオ知文術でも、「個としての外壁が溶けたように感じた」と書いてありましたね。
外山:そうなんです。僕はゲイなので、いまの日本では子どもを育てられるイメージが僕自身にはわいていません。
理想として「個と個が溶け合う」ということはずっと考えていましたが、僕のなかでは同時代でどうするかばかり想定していたんですね。でも、イシスでの稽古を通じて、過去の先祖たちから受け取ったものがあること、過去からつながっていることを感じたんです。自分が誰かの人生の一端を担い、自分も誰かに担われている。そんな実感のなかで生きていたいなと思いました。
――外山さんが破のお稽古で獲得したのは、歴史的現在としての、たくさんの私なのかもしれませんね。
スクリーンショット:齋藤成憲
協力:福田容子、寺井暁子、尾島可奈子
▼イシス編集学校の[破]とは
▼次期48[破]は2022年4月11日締切。申込条件:卒門以上。
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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