若き漫画家志望者が体験した、イシスの「そっち?!」な指南とは 47[破]物語AT大賞受賞者・外山雄太さんインタビュー〈前編〉

2022/03/10(木)09:00
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実のところ、イシス編集学校ではどんな稽古が行われているのか。遊刊エディストでもさまざまな紹介がなされているが、「学衆の声」にまさる説得力はない。

今回は、47[破]でも屈指の密度で4ヶ月を過ごしたオブザ・ベーション教室学衆 外山雄太さんにインタビューを試みた。漫画家目指して入門したイシス。デザイン思考と編集術はどう違う? 渾身の原稿に対し、師範代から「全部カット」と赤が入ったときの気分は? 担当教室の稲垣景子師範代、齋藤成憲師範とともに話を聞いた。

(聞き手:梅澤奈央)

外山雄太さんプロフィール

47[守]ピアソラよろしく教室(北條玲子師範代)卒門、47[破]オブザ・ベーション教室(稲垣景子師範代)突破。

物語アリスとテレス賞では、スター・ウォーズを原作とした「銀嶺のアイヌモシリ」でAT大賞受賞。(エントリー数58名/受講80名)「拡張家族Cift」というコミュニティで出会った福田容子師範、46[破]突破者・寺井暁子さんに勧められて入門。現在、渋谷Ciftとパートナーが住む逗子、たまに京都Ciftの3拠点で生活中。

 

■ 漫画を書くなら、ぜひイシス?!

  デザイナーや経営者として働きながら、なぜ入門したのか

 
――外山さんは、お生まれが北海道・増毛とのこと。物語AT賞では、自尊心を失くした現代のアイヌの成長物語を描いて大賞を受賞されましたね。どうしてイシスに出会ったか教えていただけますか。

 

外山:はい。僕は、企業のロゴやイベントのフライヤーを作るなどデザイン関係の仕事をしたり、LGBT研修を行うLetibeeという会社を経営しています。今年32歳になりますが、30代を目の前にしたときに「自分の幸せな生き方ってなんだろう?」と自問自答したんです。

 

――ご自身で会社を経営したり、個人でお仕事をなさったりと、生き方をかなり編集しておられる外山さんだからこそ突き当たった根本的な問いですね。

 

外山:いまの自分の仕事は、クライアントのやりたいことをカタチにするものなんですが、周りにいる映画監督や漫画家の友人と話していると、自分のなかから湧きあがってくるもので創作活動をしているのが羨ましく見えたんです。それで漫画家を目指したくなって、集英社に原稿を持ち込んだこともありました。

 

――おお。いまの渋谷Ciftのお部屋にも膨大な漫画があって、漫画好きなのがよくわかります。

 

外山:逗子の家の蔵書をあわせると、この2倍はあります(笑) 自作の漫画は、絵やコマ割りなど、改善できる点はたくさんあるのですが、それ以上に脚本やドラマをうまく書けるようになりたいなと思ったんです。それでCiftで、作家のあっこさん(46[破]調音ウラカタ教室 寺井暁子さん)や、ようこちゃん(福田容子師範)に相談したら、「イシスがあるよ」と教えてもらったんです。

 

 

■ 「デザイン思考」と「編集術」はどう違う?

  自分の価値観を掘りさげる稽古

 

――外山さんの編集的先達は水木しげる・ジェーンスー・宮崎駿とのこと。現代の語り部たらんという気概を感じます。[破]の物語稽古をめがけて入門されたとのことですが、[守]はどんな体験でしたか?

 

外山:僕はADHDの気質があって、思考が散らばりがちなんですね。仕事ではマインドマップなどを書いているのですが、あんまり体系的には作れなくて。でも、[守]の型を使うと、自分のなかから湧きあがってくるものをうまく分類できるようになりました。

 

――[守]の稽古中から思考の変化を感じられたのは、察知が早い! ということは別のフレームワークなどをすでに学んでおられたんでしょうか。

 

外山:そうですね、SFCに通っていた大学時代、水野大二郎先生のゼミでいわゆるデザイン思考」に出会いました。ですので、在学中にリサーチのフレームワークは勉強していて、その後の仕事で使うこともありました。イシス編集学校での「型」を学んでみると、それまで使っていたフレームワークも、もっと体系的に、自由に、効果的に使えるようになったと感じています。

 

――『知の編集術』の冒頭にも書いてありますものね。イシスでいう「編集」は、人間の営みすべてを扱う、と。

 

外山:効率的な情報収集法などは、いくらでもあると思うんです。でも、編集術を使うと、生活とか人生に大事なファクターとか、いまの効率化社会では見過ごされがちなものまで視野に入れられるイメージがありますね。意味のないところに意味を見つけられるというか……。

 

――クロニクル編集術で作った自分史にも、その資本主義的な社会との板挟みの苦悩を書いておられましたね。LGBTの研修は人権問題なのに、経済的なメリットを説明しなければいけない営業がつらい、と。

 

外山:そうなんですよね。たとえば人権問題なんかは、それがなんとなく大事だっていうことはわかるけれど、じゃあどういうふうに向き合えばいいのかというヒントは誰も教えてくれません。イシスの稽古では、「自分にとって豊かってなに?」とか、向き合わざるを得なかったなという感じですね。

 

――自分の大切なものをどんどん掘り下げていく外山さんを、稲垣師範代はどうご覧になっていましたか。

 

稲垣:誰かに伝えたいメッセージの種をたくさんお持ちなんだなと感じていました。ひとつ問いかけるだけで、自分がほんとうに伝えたいことはなんだろうかと、とことん向き合う。その真摯な姿勢が印象的でした。

 

外山:なんかそう言っていただけると、涙ちょちょぎれますね。

 

――4ヶ月をともにした師範代の言葉は格別ですよね。稽古を通じて、ご自身のなかにあるメッセージが明確になったりしました?

 

外山:うーん、メッセージが明確になったというよりは、「伝えたいのに伝わらない」という葛藤をどう乗り越えるのか考えた稽古でしたね。

 


■「え、そっち?!」
 凄腕師範代の容赦ない指南とは

 

――[破]の稽古の醍醐味は、他者に「伝える」ですよね。どうやって「伝わらない」を乗り越えました?

 

外山:……稲垣師範代のすごいところ、語ってもいいですか。

 

――ぜひ!

 

外山:「え、そっち?!」って戸惑う指南なんです。「そっちの方向は、僕のやりたいのとは違うんだけど……」って思う。でもそれを受け入れてみると、めちゃめちゃ伝わるようになっていて、疑ってごめんなさいって思うんです(笑)

 

――それはすごい! 具体的にはどんな指南だったんでしょうか?

 

外山:物語の初稿への指南は、忘れられませんね。すごく好きなシーンを書き上げたんです。アイヌがテーマの物語なのですが、もともと冒頭には、主人公の女の子が電車の窓からぼーっと雪景色を見るというシーンを入れてたんです。それは北海道で育った僕の青春時代の思い出が下敷きにあって、思い入れたっぷりだったんです。でも稲垣師範代は「全部カットしましょう」と……

 

――なんとまさかの削除司令。これはきついですよね。

 

外山:「えーーーーー!」ってなりました(笑)

 

――外山さんの叫び、聞こえますよ……。しかし、これは師範代としても、ずいぶん勇気がいったんじゃないでしょうか。

 

稲垣:カットというのはつらいだろうなあと思って指南していました(笑)外山さんは、シーンにメッセージを託すのがすごく上手な方なんです。それは文体編集術の紀行文を読んだときから思っていました。心のカメラと目のカメラを連動させられるんですね。だから、大きなシーンをカットするという大工事を提案したとしても、外山さんがほんとうに伝えたいメッセージはシーンを変えてでも残されるだろうと思ったんです。

 

――外山さんの得意手をわかっていたからこそ、大胆な提案もできたのですね。

 

稲垣:あとは、外山さんへの信頼があったのだと思います。これまでのお稽古の経験上、削るのが嫌だったら「嫌」っておっしゃるし、納得しなければ「なんのためですか?」って理由を聞いてくるだろうと。最終的にはご自身の判断で進めるだろうと信じていたので、勇気をもってお伝えできたのだと思います。

 

外山:……もちろん、削るの嫌でしたけどね(笑)でもそれと同時に、「あ、犬!」という差別的でショッキングなセリフを冒頭に持ってくることを提案してくださいました。この物語は京都下鴨にあるCiftの拠点で書いていたんですが、そこに住むオジー(尾島可奈子師範)に読んでもらうと「冒頭に引き込まれる」と。さらには講評で褒められたのも、冒頭のスムーズな導入。稲垣師範代すごいなと思いました。

 

――師範代の慧眼! それと同時に、素直にそのアドバイスを受け入れた外山さんも見事です。

 

外山:そうですね、稲垣師範代を信じた僕自身も褒めました(笑)なんで「えーー?」って思うような提案を受け入れたかといえば、稲垣師範代は、めちゃめちゃ僕らの意図を汲んでくれるんですよね。

指南では「こういうことですか?」「伝えたいのはこれでしょうか」と、何度も言い換えて寄り添ってくれる。そういう人だから、「うーん、そっちはやりたい方向と違うんだけど……」と内心思いながらも、師範代を信じて、手法を預けてみるんです。そしたら、めちゃめちゃ洗練される。そんなふしぎな体験ばかりでした。

▲齋藤師範はミニストップのプリンパフェを片手に、梅澤は同居する三毛猫を抱きながら破の激闘を聞いた。笑いの絶えない60分インタビュー。

 

>>>後編へつづく

(スクリーンショット:齋藤成憲、梅澤奈央)


  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
    イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。