松を食べ荒らす上に有毒なので徹底的に嫌われているマツカレハ。実は主に古い葉を食べ、地表に落とす糞が木の栄養になっている。「人間」にとっての大害虫も「地球」という舞台の上では愛おしい働き者に他ならない。
[ISIS花伝所]の花伝師範で美術教師。在住する石垣島の歴史や風土、祭祀や芸能、日常に息づく「編集」に気づいた大濱朋子が、日々目にするトポフィリアを“石垣の隙間から”描きだす。
3メートルを超えるサトウキビが凛とそびえる。その姿は、この夏、石垣島にまだ台風が来ていないことを知らせる。青い空へ向かってなお青々と葉を茂らせ、ざわざわと風にたなびく。むこうが見えない不安よりも、高々に天へと伸びる風姿に鋭気をもらう。壁ではなく矢印。風を受け、通り抜けさせる器量。視線の切り替えも教えてくれた。
▲サトウキビ畑
沖縄県のサトウキビ年間生産量は、84万トンを超える。もちろん全国生産量1位だ。しかも、年々生産量は増加しているという。台風や干ばつ、強すぎる日差しという厳しい自然環境に屈しない強固な耐性が、内側に甘い液体をたっぷりと溜め込む。それを圧搾した汁が砂糖の原料となるのだが、沖縄県では糖蜜を分離した白砂糖ではなく、サトウキビの全成分をそのまま煮詰めた黒糖(黒砂糖)を製糖している。ミネラル豊富で、暑い夏や疲れた時に口に含めば、元気が沸いてくる食品だ。
圧搾液は黒糖以外にも、バイオエタノールの原料や家畜のエサなどとして利用される。圧搾後の絞りかす(バガス)は、製糖工場の燃料や次のサトウキビ栽培の肥料にもなるし、バガスを利用した紙の器やアパレル商品など、さまざまなシーンで活用が進む。葉や穂を煮出せば染・織物の染色として、黄金から若草色の色幅を生む。豚と同じで捨てるところは何もない。おまけに、光合成を行う力が非常に高く、空気中の二酸化炭素を多く吸収するので、地球温暖化対策にも有効な作物として見直されている。
▲製糖工場(右側、煙が出ているところ)へ、トラックで運ばれるサトウキビ
そんな物質界を循環するサトウキビは、亡くなった人の住むあの世(グソー)と私たちの住むこの世(イチミ)、対比する二つの世界もつなぎ続ける。
ご先祖様がグソーからやってくるソーロン(旧盆)ウンケー(迎えの日)では、サトウキビはご先祖様が使う杖となる。ソーロン期間中は他のお供物と一緒に仏壇の左右に供えられるのだが、それは魔除けの意味へと転じ、そのサトウキビとは別に短くカットした7本ほどのチトゥ・チンカチ(サトウキビ割り)も供えられる。チトゥとは、苞(つと)という藁で包んだ手土産だ。そして、ウークイ(送りの日)には杖であり魔除けであったサトウキビは、ご先祖様が手土産を持ち帰るための天秤棒に早変わりする。杖に、魔除けに、手土産に、天秤棒に、サトウキビは【編集稽古001番:コップは何に使える】さながら意味を変え、私たちの心の拠り所となる。
▲仏壇の左右両端に対に供えられるサトウキビ
身も心も支えるサトウキビは、方言で「ウージ」という。THE BOOMの『島唄』の歌詞でサトウキビ畑を「ウージの森」と歌い、耳に馴染んでいる人もいるだろう。この曲の中でウージは、幼き恋心も歴史的悲劇も記憶する場所――あなたと出会う場所、永遠にさよならする場所として歌われる。森山良子の『さとうきび畑』や、かりゆし58の『ウージの唄』も寄物陳思する。
▲場所の記憶を呼び覚ます。
眼(まなこ)に焼き付くこの情景は、肌を刺す陽と頬を撫でる風と少し触れただけで皮膚を傷つける葉と共に、私にある絵を思い出させる。沖縄県の画家・安次嶺金正の『青い空』『祭り』だ。何本も規則的に引かれる緑色の直線はウージの森を想起させ、その上の青い空に描写された白い曲線は、風とも魂の訪れともみえる瞬間だ。「あっ」と思った次には消える過ぎ去りし時を表すことで、あの世とこの世を同時にウージの森は再現しているようだ。
真っ直ぐと天へと向かうウージの森をぼんやり眺めていると、一つひとつのウージがまるで柱のように見えてくる。亡くなった人の柱であり、ご先祖様の姿だ。同時に柱は結界で、神々が降臨する依代だ。幾柱も立ち並ぶウージの森は、さながら広大な宇宙を思わせる。
厳しい自然環境だけでなく、人々の過ちも祈りも飲み込み続けたウージがざわざわと音を立てながら目前に広がる。気づけば、今年も夏が循環していた。
●[花伝所] の演習で指南援用ツールとして使われるキエラン・イーガンの「15の想像力解発ツール」。連載「石垣の隙間から」では、トポフィリアを描き出すツールとして用いてみる。今回使用したのは④⑪⑫。
「15の想像力解発ツール」
①できるかぎり「物語」を重視する。
②柔らかい「比喩」をいろいろ使ってみる。
③何でも「いきいき」としているんだという見方をする。
④とくに「対概念」に慣れてイメージを膨らませる。
⑤「韻」と「リズム」と「パターン」に親しんで、さまざまな言葉になじむ。
⑥「冗談」や「ユーモア」で状況がわかるようにする。
⑦内外の「極端な事例」や「例外」に関心をもつ。
⑧ふだんの「ごっこ遊び」はとことん究める。
⑨自分の「手描き」のイメージで何が描けるかを知る。
⑩「英雄」とのつながりを感じられるようにする。
⑪身の回りにも世界にも、いったいどんな「謎」があるのかという関心をもつ。
⑫どんなことも「人間という源」に起因すると知る。
⑬好きな「コレクション」と「趣味」に遊べるようにする。
⑭事実にもフィクションにも噂にもたえず「驚き」をもって接する。
⑮想像力を育はぐくむ認知的道具の大半は「日々の生活」のなかにある。
<石垣の狭間から バックナンバー>
にんじんしりしり――石垣の狭間から◆52[守]師範代登板記#04
ウージの循環――石垣の隙間から#11
大濱朋子
編集的先達:パウル・クレー。ゴッホに憧れ南の沖縄へ。特別支援学校、工業高校、小中併置校など5つの異校種を渡り歩いた石垣島の美術教師。ZOOMでは、いつも車の中か黒板の前で現れる。離島の風が似合う白墨&鉛筆アーティスト。
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知れば知るほど、なお知りたい――43[花]師範×放伝生 お題共読会
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コメント
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2025-10-28
松を食べ荒らす上に有毒なので徹底的に嫌われているマツカレハ。実は主に古い葉を食べ、地表に落とす糞が木の栄養になっている。「人間」にとっての大害虫も「地球」という舞台の上では愛おしい働き者に他ならない。
2025-10-20
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2025-10-15
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「来年こそはマンガ家に戻ります!」と言ったのは、2016年の本の帯(『江口寿史KING OF POP SideB』)。そろそろ「来年」が来てもいいだろう。