“エレボタ”に魅せられて――中野渡有美のISIS wave #18

2023/11/27(月)12:30
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

他の人はスルーしてしまうのに、なぜか自分だけが足を止めてまじまじと凝視してしまうものがないだろうか。そこには、数奇だけでなく編集的視線が隠れている。


イシス受講生が編集的日常を語る、エッセイシリーズ。第18回目は、フリーランスのデザイナー・中野渡有美さんの数奇語りです。

 

■■街の共読が教えてくれたこと

 

エレベーターのボタン。足かけ20年くらいその観察を続けている。いつしか撮りためたボタン写真を並べて眺めたいと思うようになり[エレボタ]という名のWebサイトにぽつぽつとアップしている。
大学生だった頃、とあるビルのエレベーターのボタンをなにげなく写真に収めた。同じ頃「考現学」というジャンルをつくった今和次郎を知る。昭和初期の銀座で歩く人々の服装を、履物、髪型、ヒゲの生やし方レベルまで観察した人だ。膨大な収集と分類を通して人と街の現在を見つめた活動に衝撃を受けた。編集のへの字も自覚しないまま、私もエレベーターのボタン写真の収集を続けた。

 

いざ集めて眺めたら気づいたことは多かった。
大抵のエレベーターホールには上下の行き先ボタンが設置されているが、その上下の表し方に3つのタイプがある。多いのは矢印や三角マークが入った、ボタンそのもので上下を表すタイプ。次にボタンの周囲で上と下を示すタイプ。そもそも上下表示がないタイプもある。3系統をさらに分岐させていくと信じられないほどの種類がある。色分けからコントラストへ、言語表示からピクトグラムへ。時代とともに「わかりやすい」の最適解が移り変わるのも感じられる。

▲集めたエレボタの数々。「わける」ことで考察が動き出す。

 

イシス編集学校ではお題に対する回答と指南を教室全員で共読する。回答に優劣はなく、時には自分ではとても思いつかないハッとさせられる回答にもたくさん出会うことができた。「これってどういうことだろう?」の引っかかりが共読の醍醐味。エレボタも一緒だなと思う。

 

訪日外国人向けの多言語案内と、段差に注意と書かれた点字パネルと、車いす利用者用のボタン案内でごちゃごちゃになった空港のエレベーターを思い出した。無表記のボタンだった。撮影した頃は「三角ボタンを使えばいいのに」と思っていたが、編集学校を経てねらいがわかった。掲示情報が多いので、その分ボタンをシンプルにして目立たせようとしたのだ。目が見える人に向けて地と図を反転させたのだと思った。


▲「空港のごちゃごちゃエレボタ」。その狙いを共読で探る。

 

使う人を迷わせない機能性、空間との調和、メンテナンスのしやすさ、設置環境に合わせた耐用性など、あらゆる方面を考慮したエレボタのデザインは、私にとって他者の回答だ。それを、街の中で共読させてもらっている。エレボタ収集は共読活動だった

 

結局、[破]の稽古途中で燃料切れしてしまい最後まで終えることはできなかった。編集の型を使いこなしているとはとても言えないが、それでも編集学校での時間は私のアンテナを少しだけ鋭敏にしてくれたように思う。
今日もエレベーターをまじまじと見る。内なる稽古はいまも続いている。

 

エレベーターボタンの際立った個性にも見入ってしまいますが、用いられている編集技法のオンパレードも見物です。【収集】【分類】【流派(グルーピング)】、【系統(分岐を見極め系列つくる)】といった確かな編纂に、【要約】【比較】【諧謔】【場面】etc.の効いたひとこと。そもそもが【列挙】のサイト、エレボタは“共読”だとする【原型(原始的イメージ)】の発見もしびれます。編集稽古は注意のカーソルという内なる視点を自覚することから始まりますが、中野渡さんは街角の小さなボタンを入り口にした内なる稽古を通して、世界を面白くする編集的インナーマッスルを鍛え続けているのでしょう。
*【 】で示した編集技術は、松岡正剛がまとめた「編集64技法」の1つ。『知の編集工学 増補版』(朝日文庫)226ページ参照。


写真・文/中野渡有美(46[守]黄昏メビウス教室、46[破]ジャイアン対角線教室)

編集/吉居奈々、角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg

山田細香

2025-06-10

 この日、セイゴオはどこから私達を見つめてくれていただろう。活け花の隙間、本楼の桟敷、編工研の屋根の上、地上15m付近の鳥の背中。低い所か、高い所か、感じ方は人それぞれだろうけど、霊魂がどこに遍在しているかを考えることと、建築物の高さは深く関係している。
 建築家・藤森照信はいろんな高さに茶室を造ってきた。山から伐り出した栗の木を柱にした《高過庵》の躙口は地上6m。その隣には地面に埋まった竪穴式の《低過庵》がある。この「高過ぎ」「低過ぎ」と言えるその基準は何なのか。