今年もハイパーエディティングプラットフォーム[AIDA]の季節がやってくる。「生命と文明のAIDA」を考えたSeason1から、Season2では「メディアと市場のAIDA」に向き合い、次なる2022年、あらたな「あいだ」に迫るべくプロジェクト・チームの準備が刻々と進んでいる。Season3の開催とEdistでの記事公開を楽しみにお待ちいただきたい。それまで、いまいちど[AIDA]をご一緒に振り返っていきたい。
2021年2月13日(土)に編集工学研究所のブックサロンスペース「本楼」で行われたHyper-Editing Platform[AIDA]シーズン1「生命と文明のAIDA」の対談セッションの模様をお届けします。政治史研究者、音楽評論家の片山杜秀さんはいかにして保守思想とクラシック音楽にのめり込むようになったのでしょうか。編集工学研究所所長でHyper-Editing Platform[AIDA]座長の松岡正剛が“知の巨人”片山杜秀さんに切り込みます。
松岡正剛(以下、松岡) Hyper-Editing Platform[AIDA]シーズン1「第5講」、本日は政治史研究者、音楽評論家の片山杜秀さんにおいでいただきました。ぼくは『近代日本の右翼思想』(講談社選書メチエ)を読んだ時、「いよいよ、こういう人が出てきたのか」とびっくりしたのですが、その後、『片山杜秀の「ヤブを睨む」コラム大全 ゴジラと日の丸』(以下、『ゴジラと日の丸』)で改めて驚きました。『ゴジラと日の丸』は「SPA!」に書かれていたコラムをまとめた本ですね。何年分ですか。
片山杜秀(以下、片山) 7年半です。当時、「SPA!」編集部に大学の同輩がおりまして、その伝手(つて)で何かを書いた時、編集長が面白がってくれて、連載が始まりました。
松岡 ぼくは大論文とコラムと俳句をほとんど同じように見ていて、それこそ、トップ歌手とラッパーも同じだし、三味線とトランペットも同じ目線で捉えているんですが、そういう意味で『ゴジラと日の丸』の視点の多様さ、関連付けの多彩さはすごかった。コラムの超名人が書いているように思いました。当時の保守、右寄りの論客には、『ゴーマニズム宣言』の小林よしのりや文芸評論家の福田和也、あるいは西部邁、それから、ぼくも非常に親しく語り合った鈴木邦男という政治活動家がいましたが、その中にまさに「歴史的現在のような編集」で書ける人が出てきたと思って衝撃を受けたんです。
片山さんはナショナリズムの研究家 橋川文三に私淑されていましたね。日本浪漫派の研究者、現代史の分析者として素晴らしい業績を残したあの橋川文三。普通、ナショナリズムの研究者は、あくまでナショナリズムを研究する人であって、ナショナリズムそのものを好きになるとか、自身も右翼的になっていくというのはあまりないと思うんです。学の一線、学者としての気取りというかね、研究者はどこか本音を吐かないところがあるのに、片山さんはいつも本音です。いつからそうなの?
片山 私は1963年生まれで、幼稚園児の時が戦後25年くらいにあたりました。戦争に行った世代が50〜60歳になっていて、彼らが若い頃を懐かしむような時代。だからなのか分かりませんが、漫画や映画、テレビドラマのテーマに第二次世界大戦を扱ったものが多かった。そういうものを集中砲火を浴びるような感じで見ていたんです。その頃は怪獣ブームでもありました。
松岡 戦ってばかりいるものを見ていたわけね。
片山 そうです。幼年期にテレビなどを通じて1930〜1940年代の記憶をたくさん刷り込まれ、その延長線上で小学生の時に太平洋戦史や第二次世界大戦史にのめり込んでいくことになりました。
松岡 戦争の何に惹かれたんでしょうね。
片山 男の子だったら誰にでもあるようなものではないでしょうか。
松岡 特攻隊や海軍の制服に強い興味を持ち始めたのもこの頃?
片山 はい。陸軍よりもやっぱり海軍でした。あと、ドイツ軍の軍服や戦車、飛行機のデザインがかっこいいなと思っていました。
話が少し逸れますが、ドイツ軍の軍服についてはちょっとしたエピソードがあります。私、幼稚園の時だけ塾に行っておりまして、小学校を受験したんです。
松岡 暁星だっけ?
片山 はい。いくつか受けた中で、暁星小学校に入りました。
小学校受験のための塾にキタ先生という方がおられまして、しばらくして個人家庭教師を始められたんです。それで私、小学校にあがっても引き続きキタ先生に習っていたわけですけれど、先生、毎週フォルクスワーゲンで迎えに来るんですね。それで、4〜5人くらいいる生徒の誰かの家で勉強するんです。武蔵野市とか杉並区とかその辺り。時々、キタ先生のお部屋に集まったりもしました。
松岡 片山さんはどこか上品だなと思っていたけど、そういう少年時代を送っていたんですね。
片山 それである時、「自分はドイツ軍がかっこいいと思う」みたいなことを子供心に言ったことがありました。すると、キタ先生はアウシュビッツの写真を持ってきて、「ドイツ軍は戦時中にこんなことをやったんだよ。これでもきみは憧れたりするの? これらの写真を見て、よく考えてみなさい」と言われました。小学校2年生の時だと思いますが、今でも忘れられません。死体の山の写真とか。
松岡 ガス室で。
片山 はい。そういう教育を受けているうちに、小学校の高学年になると、人はなぜ戦争を始めるのか、かなり真剣に考えはじめました。ただ、先ほどお話ししたように、幼年期には戦争そのものや軍隊など、何かそういうものに対する憧れみたいな思いが確かにありました。少年になってもそれが消えたわけではなかったので、努めて客観的に考えようとして、政治思想に関心が向いていったんです。そこから、ありがちですが、三島由紀夫に興味を持つようになっていきました。
松岡 その頃、三島はもう……。
片山 ええ。1970年11月25日、私は小学校1年生でした。帰宅途中、飯田橋駅の近くで親と一緒にラーメンを食べていて、テレビの実況中継を見たんです。「今、三島が立てこもっています」とやっておりました。それがすごく印象に残っています。
松岡 そうでしょうね。
片山 1970年の事件については一応、覚えてはいるんですけど、三島がどんな小説を書いているかとか、まだ、そこまでは分かっていませんでした。その後、何年か経って、なんとなく三島にシンパシーを感じるようになり、でも、彼は自分が考えた通りにやったから、あんな酷いことになったんだと思いまして、私は大学ではたまたま政治思想を専攻することになってしまっていたので、彼の思想を自分なりにちょっと考えて書いたり、いや、別に書いたっていうわけでもなく……。
だいたい、なんで政治思想なのかというと特に理由はなくて、学校の成績だけはよかったので、うちの学校に来た推薦入学の一番目だった慶應義塾大学 法学部 政治学科に「もう、それでいいです」と言って、入っちゃったんですね。仮の合格証が来たのは3年生のゴールデンウィーク明け。人生で一番遊びました。そんな風だから大学に入っても、どうやって好きなことをして遊ぶかしか考えていませんでした。政治思想もその中の1つだったんです。
松岡 片山さんは、研究者として政治思想史をお書きになっているというよりも、何というか、生きた「目」と「手」と「言葉」で思想を紡いでいるというか、片山さん自身が思想の中に入り込んでいる気がする。それが不思議で、また、どうしてそういうことができたのかなと思っていました。
片山 幼稚園児の頃からずっと戦争ものの映画やテレビ、本を見たり、読んだりして、私の世代は戦争の時代を直接体験していないわけですけれども、まさに講釈師というか、見てきたように話したり、書いたりするスタイルが自ずと身に付いてしまったのかもしれません。
松岡 いや、いや、それだけじゃないですよ。じゃあ、別の聞き方をしましょう。片山さんはクラシック音楽に非常にお詳しいですが、こんなにクラシック音楽に詳しくなったのはどうして? そして、こんなにクラシック音楽を言葉で表現できるのはなぜ?
片山 それもなかなか難しい話ですが。
松岡 そう?
片山 説明しようと思えば、できないことはないんですけれども。
音楽については、幼稚園の頃からバイオリンのレッスンを受けていたので、何も分からないわけではなかったというのはありますね。ただ、むしろ私が軍服に憧れたり、兵器みたいなものに惹かれるのは、体育がまったく駄目だったからかもしれません。小学校で鉄棒の前回りや後ろ回りをやっても、私だけできないんです。実はバイオリンをやっていたといっても、指が回らないんですよ。何年レッスンしても難しい曲はなかなか弾けない。だから、自分で体を使うことを一切放棄する道を辿ったんです。見たり、聞いたりする方にエネルギーを転嫁するようになった。
松岡 そこだね。
片山 ええ。目と耳を徹底的に発達させることになりました。子供の頃からバイオリンの演奏レッスンを受けていて、いろいろ習うんですけれど、実際にはあまり興味を持てなくて、でも、戦争映画や怪獣映画の音楽は好きでした。幼稚園児の頃からその自覚はありました。そのまま小学校に入って、だんだんと作曲家の名前を覚えていくと、「この映画の音楽は、あの作曲家が書いている」とかそういうことが分かってくる。だから、最初は戦争、怪獣映画の音楽に興味を持って、それからクラシック音楽にのめり込んでいったんだと思います。
松岡 そこまではまだ、いわゆる「おたく」ですよね。
片山 そうですね。小学校の4〜5年生になるとテレビにかじりついて、まだ、ビデオデッキがない時代なので、カセットテープで番組を録音するわけです。映画やドラマのテーマ曲を録音しまくっていました。そういう風に没入していったんですね。モーツァルトやベートーヴェンなどが好きな普通のクラシック音楽ファンにはあまり通じないような音楽をたくさん好きになっていきました。
松岡 そこだよね。
片山 はい。だから「説明する能力」が必要だったんです。友達に。
松岡 「きみ知らないの?」と聞いて、「うん、知らない」と言われると、のけ者になってしまう。だから一所懸命、説明する。
片山 そうです。ものすごく話す。この作曲家はこうでね、ああでね、とかって。
松岡 なるほど。
片山 この作曲家はいろんなことをやっていて、クラシック音楽方面ではこういうのを作っているんだ、とか言って。それで、みんなで東京文化会館に聴きに行こうよ、と誘う。ベートーヴェンやモーツァルト、ワーグナーだったらそこまで説明しなくても「ああ、モーツァルトね」という感じでなんとなく通じるんですが、私の好きなものはまったく通じなかったですから。
そういうわけで、中学生ぐらいから、仲間を増やす努力をすごく熱心にやっていました。暁星は少人数の学校だったので、いったん仲間ができてしまえば、比較的容易にコミュニケーションができるようになりましたが、大学に入ると、また通じないんですね。クラシック音楽のファンでも話が噛み合わない。
松岡 何回もやらなきゃいけないんだね。
片山 カラヤンの話をしている人に伊福部昭と言っても「『ゴジラ』? 何それ」となります。それで私は「いや、あなたはそう言うけど、そんなもんじゃないんだよ」と諄々と説明していくわけです。
松岡 日本ではそれを何回もやらなきゃいけないんですね。
片山 それでたぶん、少しは音楽を言語化する能力が身に付いたのかと思います。生存するために身に付けたと言っても過言ではないかと。
松岡 なるほど。今回、(Hyper-Editing Platform[AIDA]の会場である「本楼」の天井を指差して)あそこにぼくは「渾沌は阿呆文明なるらん苔の花」という永田耕衣の俳句を毛筆で書いて吊るしてるんだけれども、たとえば、永田耕衣を知っている人はいまではそんなに多くないですね。あの俳句は正岡子規? いや、違う、永田耕衣。今の人? 江戸時代の人? いや、いや、という感じで、いろいろ説明することになります。片山さんと同じです。
片山 ですよね。だから、そうやって情熱的に説明しても通じないと挫折して、失語症になっちゃったりするかもしれないんですが、幸いそういうことはありませんでした。
松岡 それはおそらく、鉄棒のコンプレックスを違う方面で解消できたからです。
Vol.2へつづく…
プロフィール
片山杜秀 かたやまもりひで
政治思想史研究者・音楽評論家
1963年、宮城県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。音楽評論家、政治思想史研究者。1980年代から、音楽や映画、日本近代思想史を主たる領分として、フリーランスで批評活動を行う。慶應義塾大学法学部教授。学生時代は蔭山宏、橋川文三に師事。大学院時代からライター生活に入り、『週刊SPA!』のライターなどを務めた。クラシック音楽にも造詣が深く、NHKFM『クラシックの迷宮』の選曲・構成とパーソナリティを務める。『音盤考現学』および『音盤博物誌』で吉田秀和賞、サントリー学芸賞。『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞。
松岡正剛:
1944年1月25日、京都生まれ。編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。情報文化と情報技術をつなぐ方法論を体系化した「編集工学」を確立、様々なプロジェクトに応用する。2020年、角川武蔵野ミュージアム館長に就任、約7万冊を蔵する図書空間「エディットタウン」の構成、監修を手掛ける。著書に『遊学』『花鳥風月の科学』『千夜千冊エディション』(刊行中)ほか多数。
撮影:川本聖哉
編集:谷古宇浩司(編集工学研究所)
エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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