2026新春放談 其の陸 – ブレイクの鍵は「二次編集」と「個別ディレクション」にあり!

2026/01/07(水)08:30 img
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遊刊エディストの編集部がお届けしている新春放談2026、其の陸、最終回となりました。伝習座、感門之盟、多読アレゴリア、別典祭とさまざまな企画が連打された2025年を経て、2026年にイシス編集学校はどのような飛躍を目指していくのか。そして、これからのエディストはどうなるのか? エディスト編集部メンバーたちが交わしあいました。

 

◎遊刊エディスト編集部◎
吉村堅樹 林頭, 金宗代 代将, 後藤由加里 師範, 上杉公志 師範代, 松原朋子 師範代

 

 

◆本が生まれる編集学校

 

吉村 2025年は田中優子学長の『不確かな時代の「編集稽古」入門』、そして『百書繚乱』『世界のほうがおもしろすぎた』が刊行されました。本の祭典「別典祭」も開催され、多読アレゴリアもスタートして1年が経ち、イシス編集学校の感門之盟のタイトルも「遊撃ブックウェア」、3月のタイトルは「読奏エディストリート」。2026年はますます「本」を軸とした動きが色々と生まれる1年になると思います。

 

松原 田中学長は、イシス編集学校を、ここからたくさんの本がでていくようなコミュニティにしたいとおっしゃっていましたね。

 

吉村 江戸の活動っていうのは、常に本、草子をつくっていたということを強調されていました。みなさん、もっと本をつくらないとダメだと言われていましたね。YouTubeで「酒上夕書斎」を始められたきっかけも、本を読む人を増やしたいということで、本の紹介になったのです。学長は本を中心した文化をイシス編集学校からと考えられているはずです。

 

松原 2025年は、イシス編集学校の師範で順天堂大学病理医の小倉加奈子さんは『細胞を間近で見たらすごかった(Amazon)矢萩邦彦さんも『正解のない教室 これから、何を学ぶべきか?』(Amazon)を刊行されました。

 

吉村 小倉さんと田中優子学長は、1月21日にW刊行記念イベントでトーク予定です。どんな話になるか楽しみですね。2026年は、松岡校長の本もまた出版予定ですし、編集工学研究所 社長の安藤昭子もおそらく出すんじゃないかな。私もISIS co-missionのみなさんと対談を進めていて、今年中には出版したいと考えています。

 

後藤 優子学長は、『不確かな時代の「編集稽古」入門』に続き、昨年12月に『江戸から見直す民主主義(Amazon)を出版されて、「酒上夕書斎」でも紹介されていましたね。

 

 

金 2025年はISIS co-missionのみなさんもたくさん本を出されましたね。1月25日の校長の誕生日に編集宣言で登壇いただく津田一郎さんが、9月に『脳から心が生まれる秘密』(幻冬舎新書)(Amazon)を出版されました。

 

上杉 今福龍太さんは『仮面考』(亜紀書房)、大澤真幸さんは3冊ですね。『逆説の古典』(朝日新書)、『西洋近代の罪』(朝日新書)、『〈世界史〉の哲学 現代篇2 アメリカというなぞ』(講談社)。

 

松原 本が集まるコミュニティ、本が生れるコミュニティ、ですね。

 

金 吉村さんは、2026年はどんな年にしていきたいですか?

 

吉村 予定していることはいろいろあるんですよね。まず、『情報の歴史』のゲーム化を着々と進めているので、4月ぐらいには出せると思います。それから、エディットカフェの改編を進めているので、漸進的に徐々に変えていきます。現状のエディットカフェのインターフェース変更、行替えの自動化、下書き保存ができるとかのマイナーチェンジから始めて、ECとデータベースとの接続、その後に『情報の歴史』のウェブ化とマイページ機能などを進めていく予定です。今年中に第一段階には行けるので、みなさんにもまた感想を貰いたいです。

 

金 [多読アレゴリア]の新クラブもありますね。対談にも登場いただいた森山智子さんがもうひとつ、[多読アレゴリア]の新クラブをつくられました。さっそく1月からスタートです。他にも、将来的には、若林牧子さんの料理クラブ、物憑衆で活躍してくださっている川邊さんの虫クラブも、可能性があるんじゃないでしょうか。ISIS co-missionのクラブも増やしたいですね。

 

吉村 中村まさとしさんは九天玄氣組『九』で実践した三十三冊屋のクラブを、千夜千冊パラダイスにいた広島の小枡裕己さんが映画のクラブをつくりたいと野望を語られていましたよ。また、実香連ワークショップエディターのクラブ化や選書エディターのクラブ化も考えた方がいい。松岡校長に言われた7つのチーム化は、[多読アレゴリア]で実現できると考えています。2026年の第二回 別典祭にむけては、著者や編集者、出版社や書店、地域や近隣と、本を通じていろんなつながりを生む仕掛けを起こしていきたいね。

エディストは新連載を次々に仕立てないといけない。そのなかでもJUSTライターが重要な役割を担ってくると思います。JUSTライターがイベントレポートにとどまらず、活動の幅を広げていくことが大事になってきます。

 

上杉 細田さんもおっしゃっていましたが、吉村編集長からのフィードバックが直接入るのは、やっぱり違う体験になるんですよね。また機会があるといいな。2025年は4月に全体の会を期して、10月にはJUSTチームだけの研鑽会がありましたね。また今年も4月にやりましょう。JUSTチームはイベントへのリアル参加も、文章の研鑽もできます。やってみたいという意欲がある方、ぜひ声をかけてください。

 

後藤 YouTube「イシスチャンネル」も継続して力を入れたいですよね。

 

吉村 イシスチャンネルでは、田中優子学長の酒上夕書斎、オツ千Live、師範のみなさんにも[守]の入門に向けて、メッセージを出してもらいました。鈴木健さんと田中優子さんに「方法としての政治」をテーマに話してもらいましたね。これは編集工学研究所のチャンネルですが、 昨年の12月には、インテリジェンス編集工学講義のために、佐藤優さんと僕が話す、僕が聞き役で次の日本編を紹介する動画もアップしました。

 

 

 

◆カノンからファノンへ編集すべし

 

松原 本がたくさん出ていく2026年だとしたら、エディスト、そしてイシス編集学校全体で、フォローしていくような動きも出るといいですね。

 

吉村 それはあるね、二次編集が重要です。

カノンからファノンへ、という言い方で武邑さんがおっしゃっていますが、次の二次編集、三次編集によって文化になっていきます。

僕は、松岡正剛校長の書いた著作や映像の二次編集を意識しています。伝習座のRemix校長校話で校長の映像を見ながらディスカッションをする、おっかけ千夜千冊ファンクラブはまさにファノンなんです。ハイパー・エディティング・プラットフォーム[AIDA]では、聖徳太子の三経義疏に肖って、「知の編集工学義疏」「編集力義疏」「面影日本義疏」「擬義疏」と続けています。そういった活動はもっと起こってくるといいなと思っています。

 

松原 前に前にとどんどん進みがちですが、二次編集を起こしていくことや、アーカイブしていくのは大事ですね。

 

吉村 どうしてもオリジナリティ信仰が強いから、オリジナルなものをやりたい、やる必要があるとなってしまう。過去のものを関係づけたり、再編集したりというほうに向きにくい。伝習座の頃から康代学匠には話しているのですが、師範があたらしくオリジナルの用法解説をするのではなく、過去の優れた用法解説をバージョンアップして、更新をかけていくことが大事なのではないか、と。例えば桂大介師範、加藤めぐみ師範、川野貴志師範、梅澤光由師範、中村麻人師範、稲垣景子師範らが素晴らしい講義をしてくれた。そういった師範に取材し、どんな思いで講義を仕立てたのか、やり足りなかったことは何か、どうすれば更新できそうか、という与件をしっかりつかまえて、そこに新たな師範の視点を加えていければ面白いと思うのです。師範全体もさらに加速して、更新していくはずです。

 

金 よく松岡校長はジャン・コクトーを引用して、「私は人々がオリジナリティーにこだわることが大嫌い」だと話していました。肖りものであること、仮託を自覚してこそ自由になれる。そろそろオリジナル幻想もアイデンティティ幻想も脱ぎ捨てたいものですね。アイデンティティに縛られるより、みうらじゅんさんの言うように「アイデン&ティティ」と分けてみたり、「自分なくし」に向かった方がぜったい愉快で面白い表現に向かえると思います。

 

上杉 2025年は遊撃ブックウェアという話もあったし、別典祭も生れて、全体的には、本にまつわる場は、社会・世の中でイシスを知らない人との媒介になるんだなということを肌で感じました。当日は経堂経済新聞の記者が取材に来られたり、200人ぐらいの未入門の方が来場しましたよね。本や古本市という切り口で接点を持つ人たちが一定数出てきたのは、新しい動きだと思います。Xのツイートでも本に関するものが多いですよね。本があいだをつなぐ可能性を浮き彫りになった年だなと思いますね。本の二次編集という話もありましたが、ブックフェアもあったり、出版記念の講演会もあると思うので、丁寧にうまく活かしていきたいです。

それから、個人的には2026年に向けて、2つあります。ひとつは、JUSTライターの活動をまた新しくしていきたいと思っています。3年目になりますが、ISIS co-missionのバンキシャということが出ていましたが、記者魂を発揮して、本人がこれをおっかけたい、ということを歓迎してできるといいなということがあります。

2025年の記事の中で、福井千裕さんがお母様のことを書かれた記事が印象的だったんですね。こういう表現、編集によって、一人の生き方が編集できるんだなということが、内容そのものもそうでしたが、編集可能性を感じたんですよね。エディストというメディアがあるので、かつ、いろんな媒体、コミッションなど、関心があるものはいくらでもあると思うので、そういったものを、個人の関心を、もっと応援していく、わくわくさせていきたい。

 

手を施す──抗ってきた母の最期をめぐって

上杉 もうひとつは、[多読アレゴリア]のクラブで、音づれスコアが2年目に入ることも、大きなお題ととらえています。1年目は新しいことを起こして、2年目は、色々と転じていくことがあると思いました。音づれとしてよかったのは感門之盟で、教室名発表時に音を添えたり、別典祭に音で関われたことがありました。松岡校長が生前、キーボードを買ったらいいんじゃないかという話をしていたんですね。黒膜衆が演奏を充実していく中で、音の編集が足りていないということだったんじゃないかと思うんです。音や音楽のクラブということもあるので、もっと相互的に何かが創れるんじゃないかということを心がけたり、遊んでいけたらいいと思っています。

あとは、他のクラブがやっていることを知らなかったんですが、別典祭で、それを見ることができました。クラブの中で閉じるだけじゃなく、クラブ間のコラボがもうちょっとあってもいいんじゃないかな。倶楽部撮家の写真展示のなかで、既存の写真家のスタイルをまねて撮影したのは面白い試みだと思って、それを音楽でもやってみたり、音楽から感じたものを写真に収めていただいたりなどのコラボレーションがあると、ひとつのメディアのきっかけにもなるし、より面白くなるなと思っています。というのも、クリスマスのエディットツアーでは、料理と一緒に組むと相乗効果で、音が面白くなっていくということがあります。

 

後藤 私は、最近、社会的にみんなだいぶ疲れているな、というのをしみじみ感じているんですね。一癖あるコミュニティや外の目を気にしなくていいコミュニティがあったほうがいいと思って。イシスはそういう場だと思いますし、イシスに来たら元気になってほしい。そのためにも、閉じるところは閉じる、小さくいられるところはできるだけ小さくする、ということをもう一度考えたいです。まずは、自分が運営する多読アレゴリアの「倶楽部撮家」があるので、そこで実験してみようかなと。広めていく・開いていくことと、閉じていくことをどう両立していったらいいのかを考えてみたいです。

 

吉村 多読アレゴリアのクラブ、遊刊エディストの連載、そういったものは閉じていると思うんですよ。どういうことかというと、何をしてもいいんですよね。

 

後藤 そうですね。世の中的にいろんなことを気にしちゃって、なんでもありと思えなくなっているような感じがある。そのエネルギーを取り戻すためにはどうしたらいいのだろうか。そういう意味だと、別典祭は手作り感があって、変にクラブに干渉しなかったこともよかったのかな。奇特性が高いけど開いていて、でも一定の距離以上は近づけなくて。やわらかいダイヤモンド的な存在でイシスがいるには?相矛盾することを考えていく1年にしたいなと思います。

 

吉村 JUSTライターのみなさんとの対談でも話したように、リスクをとっていく姿勢も必要だと思います。一方で、用意、与件の整理と拡張をしっかりする。同時に一気にやることが大事です。

 

後藤 リスクヘッジではなく、リスクテイク。

 

吉村 森山智子さんが、着物コンパ倶楽部に続いて、源氏物語を読む「ハイリド源氏倶楽部」を始められました。森山さんは多読アレゴリアで稼ぎたい!って言われるんだよね。 この前、オツ千LIVE 「Wヘッダー アーリア神話&贈与論」の回で、千夜千冊パラダイスのさや媛こと高本沙耶さんが終了後にインタビューしてくれました。そのときに、彼女が「渇望」が生まれにくい状態が現代なのではないか、と問題提起してくれたんですね。確かにそうだねという話をしたんですが、渇望をどうつくれるのかというのは大事な観点で、私はずっと「欲望の編集工学」ということを考えています。松岡校長は、自分自身はもちろんですが、他者に渇望を与えるのもうまかったよね。

 

後藤 ほんとにそう思います。「遠慮せず思いっきりやりなさい」といつも背中を押してくれる。

 

上杉 姿勢のようなところもあるなと思っていて、まずひとつは、型が根っこにある方法の学校で、ミメロギアがあれば何でもできるよね、と確信しているところ。知識があったり、既存の価値観がきたときに、方法だよ、ミメロギアだよという姿勢。あとは、それぞれのユニークネスに焦点をあてている。という点でいうと渇望とはまた違うかもしれないが、森山さんの場合は、ここまでやってくれるならこうしたい、というありかたは、きらきらして素敵でしたよね。

 

後藤 今一度本気で、松岡校長だったら、松岡校長がここにいたらどうするかを本気でやる、ということが大事だろうと思いますね。新しいことをやりつつも、締めるところは締める。外に出していくときには妥協しない。

 

上杉 松岡さんがいらっしゃるときには、伝習座の時なんかに、今日はだれだれはいないのか、という言い方をされることが結構あったんですよね。一つはその人がいないことを見ている。もうひとつは、そこにいる価値のある場をつくっているということだと思うんですよね。で、吉村さんの話で、松岡さんのことを振り返っていた時に、頭ごなしに否定することはなくて、新しいことを始めることには後押ししてくださって、その代わりつまらないものにはびしっというよというようなことがありましたよね。そのあたりのことが、今のことから、松岡さんの在り方として思い出されました。

 

後藤 今回の放談に色々な方がいらっしゃって、話を聞けたのがすごく良かったです。エディストも新しいことができそうな気がしました。やる気に満ち満ちていましたね。あと、ISIS co-mission の皆さんと共闘するためにも、いろんなプロジェクトや多読アレゴリアを立ち上げたということを松岡校長を軸にもう一度考えることはしてみたい。

 

松原 吉村さんがおっしゃった二次編集ということと、新しいことを、同時並行で行っていくのが一層大事な2026年になるかなと感じました。折に触れて、校長の話を含めていきたいですし、吉村さんが語る校長とか、後藤さんや上杉さんや金さんが語る校長も、口伝していきたいというか。エディストに、そういう連載があってもいいですよね。

 

後藤 これだけはしない、ということを改めて考えることも必要かもしれないですね。

 

松原 校長がいないから妥協しちゃう、というのはやっぱり嫌ですね。

 

後藤 そうですね、ともするとそっちに落っこちていきそうな時は特に気を引き締めたいですね。

 

松原 な~んていう話を、吉村さんはどんなお気持ちで聞いていらっしゃいますか?(笑)

 

吉村 いやいや、その通りですよ。松岡校長が入院されていて、僕が最後に見舞いに行ったときに、僕の顔を見た瞬間に「これからはパウロや大乗仏教の時代だからね」と言われました。奇しくも、大澤真幸さんも2024年の25周年感門之盟のラストメッセージで同じようなことを私たちに呼びかけられた。パウロや大乗仏教だということは、釈迦やイエスが言ったことを、再編集しなさいっていうことでしょ。そこを見失ってはいけない。次の活動、新たなダイナミズムを再編集から起こしていかないといけない。すでにある松岡正剛の言葉や文章、思想、方法が、若水の如きエネルギーとしてあるから、まだまだ編集が足りないと自戒をこめて思っています。 

それでも、僕は講義やレクチャー、メッセージをするときには、オリジナルで何かを書こうということはありません。松岡校長が話したり、書いたりしていたことを身体化して、咀嚼して、そこに発見的な気づきや突破力や編集への確信をもたらせるように、二次編集をおこすように考えています。今年は、エディストで記事の「あわせ・かさね・きそい・そろい」がでてくると面白くなるんじゃないかな。

 

 

◆一人ひとりにお題があっていい

 

松原 4月のエディスト研鑽会でこういうテーマを持ちだしたら、遠いですか?

 

吉村 遠くはないですよ。でも、それぞれにお題があったほうがいいと思います。

金くんと昨年末に多読アレゴリアのほぼ全クラブの運営陣と話をする機会を設けたんですが、運営陣はクラブメンバーに一様に接したり、お題を出すのではなくて、それぞれの持ち味があるわけだから、個別にお題を出す必要があるのではないかという話をしました。 個別の向きや好きといった与件ごと二次編集に関わっていくことが大事になってくると思います。みんな一斉に同じお題をする必要はないんですね。堀江くんならマンガのスコアだとか、中村麻人くんの数学は編集工学とこう重ねればいいんじゃないかとか、山田細香さんの表象力は仕上げにこそ生きるとか、というようにその人ごとにみた方がいい。校長のディレクションもいつも個別でしたよね。

 

【全文掲載】最優秀賞&学長賞W受賞は山田細香 多読SP「杉浦康平を読む」

金 優子学長が今の学びに必要なことは、子供にしても、大人にしても、画一的な一斉授業ではなくて、それぞれの人に合わせた個別の学習だとずっとおっしゃっていますよね。けれども、社会ではそれがなかなか実現できない。だけど、編集学校にはそれがある、と。その通りだと思うんですよね。[多読アレゴリア]では個々のエディターシップというのをもっと強調してもいいんじゃないかなと思っています。

 

後藤 4月に実施したエディスト研鑽会で松岡校長のレジュメを軸にしてやったのはよかったですね。校長のディレクションに触れてみなさんも嬉しそうでしたね。

あれはいつ頃だったかな。エディストが立ち上がって2回目の校長ディレクションがすさまじかったんですよ。松岡校長が一人ひとりの記事を読んで、君はこういうものを目指したらいいというのを、その場で即指南していったんですよ。一人ひとりの才能を見極めて、その人が受け取れるようなディレクションを手渡していく。みんなを一様にしないということですね。

 

松原 今回の放談で、細田さんや田中さんなどJUSTライターの皆さんと話したことも、そういうことだったと思うんですよね。

 

吉村 JUSTライターに特に期待するのは、いつも現場に来るからですね。

 

上杉 大切ですよね。

 

吉村 共に現場にいると、その場で感じたことをタイムラグなく言える。

 

松原 JUSTライターの層を厚くするというのは一つやってみたいですね。

 

吉村 そう、層をぶ厚くね。記者的な活動をするといいと思うんだよな。自分がJUSTライターだったなら、絶対に面白がれる。新聞がコラムや社説をもっているけども、それを記者がやってもいい。ISIS co-mission の番記者、クラブを定点ウォッチする、誰かに注目してドキュメントにすることもできる。イシスは、相互編集を謳っているんだから、他者へもっと関心をもった方がいいと思います。

 

後藤 「記者性」ってどういうことですか?

 

吉村 「記者性」というのは、個人で完結するのではなくて、他者ともっと深く関わりながら、それごと記事にしていくということです。手前味噌ですが、かつて僕が「編集天狗」でやったのは、他者の演出やプロセスごと関わるということでした。

 

松原 個人のブログになっちゃいますからね。

 

吉村 例えば、この3か月は密着してみるとか、この師範代にすごく関心があるからウォッチしたいとか。松岡校長もそういうことを意識していたから、康代学匠のことを何人か指名して、書かせようとしていました。JUSTライターから、記者魂があるメンバーが育ってくるといいよね。

 

上杉 編集天狗の連載を一緒に書いていて、加藤君への期待を記事の中で出していましたが、後押ししていたのがいいなと思っていて、編集者っぽい、他者性があって相互編集があると思っていました。松岡さんも、千夜千冊を書いていらしたときに下に降りてきて、またそこで話したことを持ち帰ってエンジンにして書き続けるということがあったと思います。わかりやすいものだと、クラシック系のリストの千夜千冊だと、太田香保さんに読んでもらい、で、そうすると香保さんがこういうのも書いてほしいとか、リストのこと書くんだったら、ショパンのことも絶対あってほしいです、読みたいです、というところから、その分が追加されたりしてたりしたんですよね。自ら対話をしながら松岡さん自身が書くということは大切な方法なのかと思います。

 

後藤 確かに、松岡校長の第三者に振り返りを求める姿には最初驚きましたね。学衆の時には松岡正剛だけで完結している人のように見えていました。

 

松原 お話していて思ったのは、はじめてエディストで記事を書く人は、一度JUSTライターを体験して学ぶということを取り入れたらどうかなと。

 

上杉 そこは考えていきたいですね。最新の現場にいられるということと、対話ができるということがありますので、可能性がある場だと思っているので、自分の課題としてもいっしょにつくっていけたらいいなと思います。

 

松原 毎年言っちゃっていることなのですが、私はエディストが編集学校や編工研のメディアの中でも、重要なメディアだと思っているんです。吉村さんがおっしゃるような、いかに面白い場にしていくかが大事だと思っていて。外にもわかるように面白く書いていく…。

 

吉村 今話していてわかってきたのが、自己完結してしまっていると、記事はあまり面白くならない。

 

松原 独白、独り言という感じですかね。

 

後藤 他者に隙を与えないというか。

 

吉村 人と人のかかわりを、それぞれに強く深くして、プロセスにも、プロデュースにも、ディレクションにも関わっていくと、編集学校全体がもっと面白くなっていくと思います。

 

後藤 確かに。倶楽部撮家で「撮家研究」という写真家に肖るお題をしたのですが、みなさんの写真が見違えるんですよね。他者のフィルターを借りて編集的に世界を見るとこんなに写真も変わるんだっていうのをとても実感しました。それは写真だけに関わらず、すべてに通じることだなって思ったんですよね。自己完結しない、これまでのリソースとか歴史とか全部すべてを使う。オリジナリティ信仰から脱却するってことですね。

 

松原 相互編集的なのがいいですね。やっぱり、私たちは(笑)!

 

上杉 [守]の時の、校長校話にある「なみきがよぶむし」っていうのも、いろんな視点で物事を照らし出すという、相互編集、ポリ編集だと思うし、たくさんの私も、オリジナリティはない。相互関係的にあることを体感することだと思うので、記事になってくると急に閉ざすことがあるなとおもって、意外と気が付かないと思いますね。

 

後藤 堀江純一さんのマンガのスコア連載は本当に面白かったですね。

 

松原 校長はいらっしゃらなくなっちゃったけど涙、ダメなものはダメ、違うものは違うってお互いに言っていくということが、すごく大事なのかもしれないですね。

 

後藤 うん、それ違うとか、やり直しとかね。

 

上杉 やりなおーし、って声が聞こえるようですね(笑)

 

松原 その声を各自が自分の中に響かせるんですね。校長を直接ご存じない方もいらっしゃるかもしれないけれども…

 

後藤 知っている人たちが、後でこそこそっと耳打ちするとかね(笑)

 

吉村 2026年は、原点に返るというか、どう愉快に編集を起こしていけるかに立ち返りたいと思っています。エディストの新たな連載、別典祭の次の展開、本の出版と編集。どれぐらい次々に愉快な編集を起こしていけるかですね。これがどれぐらい流行りますか、アクセス数が行きますかということは、想定してもそうならない。活動のエンジンのギアを上げていく。それにみんなを巻き込んでいく。馬の如く、原野を駆け抜ける一年にしたいと思います。

 

2026年の新春放談はこれにて終了。いかがでしたでしょうか。

遊刊エディストは、校長の再編集と一人ひとりの才能が展くメディアをさらに志していく一年になりそうです

 

遊刊エディストを、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2026年は、編集のギアをさらに上げて、加速する一年にしてまいりましょう。

 

 

🎍2026年 新春放談🎍

其の壱 – イシスのネオバロック化 なめらかな境界に向かって(1月2日公開)

其の弐 – 田中優子学長が語る松岡正剛の再編集(1月3日公開)

其の参 – アレゴリアで編集ゾーンに入る (1月4日公開)

其の肆 – 漫画と虫と果物の物憑衆が数寄比べ(1月5日公開)

其の伍 – イシスの現場にJUSTライターは駆けつける(1月6日公開)

其の陸 – ブレイクの鍵は「二次編集」と「個別ディレクション」にあり!(現在の記事)

  • エディスト編集部

    編集的先達:松岡正剛
    「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。

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