正月にこそカゲと向き合え 物語AT賞締切迎える【47[破]】

2022/01/13(木)08:34
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■年の始めのためしとて

 

時代は進む。物語は変わる。もう作れない映画がある。雪のちらつく大晦日のゆうべ、NHKラジオで校長松岡正剛とヤマザキマリ氏が対談していた。日中戦争で28歳にして戦死した山中貞雄監督の遺作「人情紙風船」を例に、寄る辺ない悲しみを描いたあの映画は、もう現代では決して作られることはないだろうとヤマザキ氏は語る。その理由を問う松岡に、ヤマザキ氏は「ハイクオリティの悲しみを感じられる人がいなくなったからじゃないですか」と間髪入れずに答えた。

 

イシス編集学校47[破]では、物語アリスとテレス賞のエントリーが1月9日夜半に締め切られた。課題映画5作品から1作を選び、その物語構造を取り出し、その骨格に肉付けして3000字の物語を書きあげるこの稽古は、破のなかでも屈指の難関だ。

年があけて1月1日深夜3時、親戚と年越しを祝ったその手で、学衆T(時たま音だま教室)は物語の翻案方針を提出。元旦になれば、「人情紙風船」を見ながら年を越した師範代山口イズミ(泉カミーノ教室)が、年の始めのためしとてと歌いながら指南に励む。

年末年始を返上しての回答・指南の応酬に、律師八田英子は「お年玉のよう」とつぶやく。渡すほうは嬉しくもあり、苦しくもあるポチ袋。イシスのお年玉には、未知にのネガティブ・ケイパビリティが満ちていた。

 

■初日のひかり さしいでて

 

元日、大阪の生國魂神社への初詣から帰った北原ひでおは、307夜「説経節」の千夜を破魔矢のように携え勧学会に現れた。「モノをカタルとは、『語る』でも『騙る』でも『象り』でもあります。もともとは、琵琶法師や説経節のように声の象りも物語の一部でした」

説経節を聞いていると胸がつぶれる。あの声、あの節、あの絞りだ。[…]
説経節は哀切きわまりない。それだけでなく主人公や登場人物の一部が予想をこえる宿命に冒されている。たいていは身体を冒されている。

千夜『説経節』冒頭

 

学衆たちは、5作の映画から「英雄伝説」の型をそれぞれ読み取った。稽古をした者は知っている。英雄といえど、完全無欠な強者ではないことを。むしろ、欠けたものや負を背負うからこそ、物語世界を動かさざるを得ない力が生まれ、世界の裂け目を超えてゆける。もともと、「カミ」は「カゲ」と対であった。ミタマノフユに47破学衆はお雑煮そっちのけで、父無し子ルークの抱えるダークサイドと対峙していたのであった。

いま「いたわしさ」という言葉はすっかり死語になってしまった。ぼくは、その「いたわしさ」のためだけのカタリとフシを今日の日本のどこで聞けばいいのか、まだわからない。

千夜『説経節』結句

 

参考千夜

 451夜『正月の来た道』大林太良

 307夜『説経節』荒木繁・山本吉左右編注

 1215夜『日本語に探る古代信仰』土橋寛

 

協力:北原ひでお

 


【47[破]物語アリスとテレス大賞】課題映画ランキング


物語AT賞、エントリーは、全80名中58名。どの課題映画が人気だったのか?!

 

1位 ミッション・インポッシブル 15名
2位 男はつらいよ 14名
   スター・ウォーズ 14名
4位 クレヨンしんちゃん 6名
5位 エイリアン 6名   

 

毎期人気を誇るスター・ウォーズを、ミッション・インポッシブルが僅差で上回る意外な展開。課題映画のなかでもっとも複雑な人間関係を理解し、翻案できたか、講評が待たれる。選評会議は今週末16日(日)。A4用紙244枚が選評委員11名の手元に積まれている。

 

 

■課題はこちらの5作

 神話がルークを生んだ!物語づくりはSTAR WARSに学べ【46破 物語 課題映画リスト】

 

■学衆はどんな物語を書いたのか

 3000字を読ませるには「章タイトル」が鍵だった 大賞作品分析 【46破 物語AT】

 2030年東京、コロナ禍は意外と快適? 大賞作はディストピアSF 【46[破]物語AT大賞】

 

■祭りのあとこそ振り返れ

 イシスなオリンピックは「あと」が勝負 知祭り・番ボー・AT賞 【47[守] 46[破]】

  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
    イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg