大澤真幸氏の特別講義が7月2日に迫ってきた。これを機に大澤氏の著書を読んでみたい[守]学衆も多いのでは。何から読めばいいのか。読みどころはどこか。そんな問いに師範経験のある2人が答え、それぞれお勧めの1冊を紹介してくれた。1人目は三津田恵子師範が登場。42、49守と2度の[守]師範代。師範を3期担当。物語講座師範代も務めるなど「物語方法の語り部」でもある。三津田師範のおすすめはこの1冊だ。
三津田恵子師範
突然ですが〈社会学〉とは何でしょうか。今回紹介する『憎悪と愛の哲学』のなかで著者の大澤真幸さんは「他者とともにいることを主題とする思考」が社会学の広い定義だと語っています。その思考を明晰にする上で欠かせないのが〈概念〉。人は身近で馴染みのある範囲内で思考を着地させる傾向がありますが、〈概念〉を手にしていれば、思考の飛距離を伸ばせると著者は言います。「要素・機能・属性」といった〈概念〉を使えば、未知のコップの用途に考えが至り、「二点分岐」のように対概念を意識することで、情報の見え方に奥行きが出てくる。個々の事物に共通する本質的な特徴を言語化した〈概念〉は、漠然としていて捉えどころのない情報に輪郭を与える上で重要な鍵となると言えます。
本書では、主に〈神〉と〈愛/憎悪〉の二つの概念が取り上げられます。社会全体をマクロに捉える場合に役立つのが〈神〉。それでは世俗化、つまり神の不在を前提にした現代社会の中核メカニズムはうまく説明できないのでは、と懸念を抱く向きもあるでしょう。それに対して著者は、人は無意識のうちにさまざまな「神に類するもの」を信じているのだと論証していきます。「空気を読む」とか「世間に顔向けできない」と言ったりしますが、日本社会では「空気」や「世間」が「神に類するもの」の一例です。大澤社会学ではこれを〈第三者の審級〉と名付けています。この概念を手すりとして、甚だしく世俗的で無神論的な資本主義が、実はプロテスタントの神に類する神を前提とした人々の一種宗教的な行動に支えられていることを明らかにしていく件は、本書の絶佳のひとつです。
一方、いろいろな社会現象を個人というミクロのレベルに視点を置き、各人の心理の深いところとの関係を明らかにしていく上で、〈愛/憎悪〉という概念は重要な役割を果たします。互いに排他的であるかのように見える概念どうし、実は「地つづき」なのではないかというのが著者の見解。過剰な憎悪を持って日本に原爆を投下した側の戦後の回心、朝廷と徹底全面対決した承久の乱後の北条泰時による二重政体確立、さらには『スター・ウォーズ』におけるジェダイとシスは同じフォースの「善・愛」と「悪・憎悪」という二つの現象形態であることなどを挙げ、「愛をほんものにするのは、残酷さや憎悪との直接的つながりだ」と論じる著者の言葉に胸がざわつく読者も少なくないかもしれません。
本書は、既知だと思い込んでいた概念の意味をガラリと更新し、情報の「地」を見やる視野を大きく拡げてくれることでしょう。
(文 三津田恵子)
■イシス編集学校第51期[守]特別講義「大澤真幸の編集宣言」
●日時:2023年7月2日(日)14:00~17:00
●ご参加方法:zoom開催。お申し込みの方にzoom URLをご案内します。
●ご参加費:3,500円(税別)
●対象者:未入門の方もご参加いただけます。51[守]受講中の方はそれぞれの教室にてお申し込みください。記録動画は1週間限定で共有されますので、当日ご都合がつかなくてもご参加いただけます。
●お申し込み:https://shop.eel.co.jp/products/detail/566
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