別様への出遊に向かえ――『[近江ARSいないいないばあBOOK]別日本で、いい。』発売

2024/05/13(月)12:09
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 2024年4月29日、一日限りの「近江ARS TOKYO」が終わり、駆けつけた人々は、余韻と期待をもって、会場で先行販売された松岡正剛からのもう一つの贈り物『[近江ARSいないいないばあBOOK]別日本で、いい。』(松岡正剛編著)を手に取っていることだろう。

 

 半年前の2023年9月、イシス編集学校第82回感門之盟の冒頭で、松岡は、平均点ばかりを狙って、非常識なもの、いわばモンスターを扱えなくなった日本のヤバさをとりあげた。それを打破するのが、「いないいないばあ」という方法と遊び心いっぱいに言及した。本書はまさに松岡による「いないいないばあ」の体現、編集に関わらせてもらい、実物を手にして、改めてそう振り返っている。

 

◎わからないことに注意のカーソルを当て続ける
 松岡は、少年時代に遊んだ父方の故郷、近江長浜からはしばらく遠のいていた。ただ、そんな日々の中でも「近江が印象的に近づいてきた機会が何度かあった」と告白している。白洲正子の綴る質朴な湖北の光景、諸国行脚の果て近江に入った寂室元光が開いた永源寺の奥深さ、『おくのほそ道』の仕上げのため松尾芭蕉が籠った幻住庵の静けさ…。自らのうちに去来する名付けようのないもの、表沙汰にはしにくいもの、ときに他者には知られたくないもの…。時機がきたそのときに即座に出すため、松岡は心の印画紙に刻み続けてきたのだ。

 

◎たくさんの他者のブラウザーを借りる
 長じるうちに胸の暗いところに閉じこんだ好奇心や疼きが「近江」詣でによって蘇る。巡礼地のような機能を果たすのが近江ARSの将来なのだと、私は感じている。だから、たくさんの他者のフィルターが必要なのだ。松岡と共に近江ARSを牽引する三井寺長吏の福家俊彦はもちろん、「還生の会」で近江ARSではお馴染みとなった仏教学者の末木文美士氏に加え、各界で逸な姿を見せる多士済々が寄稿している。近江に点在する建築をつないで新たな日本を示したいという隈研吾氏、松岡のリクエストに応じて琵琶湖で舞った森山未來氏、楽家当主を譲り自然の中で桃山バロックに挑み続ける陶芸家の楽直入氏…。そこに近江ARSメンバーも駆けつけ、執筆者は80名を超えた。「本」という場に連なることによって、たくさんの方法と才能が爆ぜる。

 

◎語ってみて形にしてみて見つけていく
 当初松岡による書き下ろし原稿は1万字だった。半年後には4万字を超えた。当初聞いていた100ページが、400ページに膨らんだ。夜更けまで続く何度もの編集会議は、決して松岡によるディレクションの独壇場ではない。百間がリードする編集チームの面々が、四方八方からアイディアをさしはさみ、新たなバージョンが生まれでる。近江の人たちがわざわざ語ってはこなかった近江の妙味を言葉にしてみること、仏教ではないモノで仏教をあらわしなおすこと、場に投じられた仲間のやってみたいという想いを居合わせた全員で育んでみること…。ここまでの近江ARSの活動で見て感じて確信したあらゆる細部とありったけの全貌を眼前の「本」というフォーマットに閉じ込めたい。編集している私たち自身が、見たことのないものに出会えていなければ、読み手に届くはずもない。「新たな近江が自分の中に立ちあがったか」。原稿を書き終えるたびに問い直す日々だった。ビジュアルとコピーとテキストのオーダーが何度も変わり、テキストへの赤入れはキワまで続く。ドラフトは、終に50稿を超えた。「別」の文字が一段と際立つ手触りのある表紙の紙質、短めなカバーの形状が決まったのは校了の日だった。

 

 

 松岡による「いないいないばあ」を浴びたあなたの中に生まれる一入の揺らぎや恐いもの見たさ。そこからこそ、伏せられていたモンスターが発現する。読むだけでは終わらないこの本に向かって、いまこそ漕ぎ出すときだ。

 

 

 

 

 

 


『[近江ARSいないいないばあBOOK]別日本で、いい。』春秋社
2024年4月29日刊行 税別3000円

 編著/松岡正剛
 執筆代表/福家俊彦、末木文美士
 プロデューサー/和泉佳奈子
 デザイナー/佐伯亮介
 編集/chief editor 広本旅人
    code editor 米山拓矢
    mode editor 櫛田 理
    node editor 中村 碧
 ライター/interview writer 阿曽祐子
      research writer 林 愛
      illustrator 伊野孝行
 写真/新井智子、田村泰雅、川本聖哉、下川晋平
 プロデュース/百間

 

●目次|INDEX
 「近江ARS十七景色」 松岡正剛
 第1幕 伏せて、あける
 「世界の語り方を近江から変えてみる

   アルス・コンビナトリアと別様の可能性」松岡正剛
 第2幕 近江ARSの帳が上がる
 第3幕 仏教が見ている
 第4幕 別日本を臨む

  • 阿曽祐子

    編集的先達:小熊英二。ふわふわと漂うようなつかみどころのなさと骨太の行動力と冒険心。相矛盾する異星人ぽさは5つの小中に通った少女時代に培われた。今も比叡山と空を眺めながら街を歩き回っているらしい。 「阿曽祐子の編集力チェック」受付中 https://qe.isis.ne.jp/index/aso

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。