おしゃべり病理医 編集ノート-「ポモドーロ法」より「かさね仕事術」

2020/01/13(月)11:37
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 「毎日毎日、喜びを感じているような奴は大成しない」
 
 病理学者、仲野徹先生の言葉にたじろいだ。しかし数秒後にすぐに開き直るのがワタシ。「大成なんてしなくていいから、喜びで溢れる日々を送りたいなぁ」そう心の中でつぶやいた。世紀の大発見でなくてもいい。自分が大切に想っている大好きな人やモノについて、新たなことを少しでも知ることができれば、幸せなのだ。
 
 拙著『おしゃべりながんの図鑑』で、喜びの定義にキビシイ仲野先生と対談した。4時間近くにおよぶ対談は、おしゃべりなおぐらをほぼ黙らせるほどの仲野先生のマシンガントークで盛り上がった。本来は、テープ起こしを経由し、原稿にしていくのだと思うが、ずぼらでせっかちなおぐらは、3つのテーマをえいやっと設定し、笑い声が絶えず混じるテープを繰り返し聞きながら原稿を書き進めていった。3つの対談原稿が完成したのだが、紙面の都合で1つはお蔵入りに。そこには病理学の話からだいぶ脱線した読書の方法や仕事術の話がぎゅっとつまっていた(担当編集者の山本さんが、あまりにもお話が広がり過ぎていますと却下の理由をやんわりと教えて下さった)。今回は、その中から仕事術についての話をご披露したい。
 
 仲野先生は、仕事の効率を上げるために「ポモドーロ法」を活用するのだそうだ。ポモドーロ法、みなさんはご存知ですか。25分を1ポモドーロとし、5分の休みを必ず挟んで、作業を継続していく仕事効率アップの方法である。1ポモドーロ内では、これをやるぞと決めたひとつのことに集中する。メールチェックしたり、電話対応したりしない。どんなに気持ちがノッていたとしても、25分経ったらさっと止めて、きっちり5分休む。その繰り返し。
 
 仲野先生の経験では、1日8ポモドーロがちょうどよく、10ポモドーロやるとヘロヘロになり次の日に支障が出るとのこと。あまりに集中するので、週1回は、非ポモドーロデーを作って、積極的に怠けるのが良いようだ。それから、25分が経過したことを教えてくれるスマホアプリもあるが、先生のおススメは、トマトの形のキッチンタイマーだ。「よし、今日もやったるで!」とタイマーをきゅっと回す動作で気合いが入るらしい。
 
 「ポモドーロ法」。正直、わたしには合わないなと思った。大阪大学教授の生粋の研究者、仲野先生は、誰からも邪魔されずに、自室に籠ることが可能だと思うのだが、わたしは後輩たちとともに同じ病理検査室で一緒に仕事をしているし、のべつまくなし臨床各科のドクターがふらっとやってくる。おしゃべりなわたしがみんなの仕事の邪魔をしていることも多いのだが、25分間、誰からも邪魔されずに仕事をすることは不可能である。
 
 術中迅速診断は、病理医の大事な仕事である。手術中に行う病理診断であるが、術式を変更するかどうかの判断に関わるため、かなり緊張する。手術が多いときは1日で5、6件の術中迅速診断を行う。1回の迅速診断には検体処理から診断報告までに最低20分はかかる。手術経過によっていつその依頼が舞い込むか予測することは難しく、どんなにこちらが集中していい感じに仕事を進めていても、待ったなしの術中迅速診断は、容赦なく割り込んでくる。
 
 このように、ポモドーロ法を実践することが難しい仕事内容と職場環境なのである。そこで実践しているのが、「かさね仕事術」である。今やりたいことを全部かさねてやる方法である。
 
 朝、職場のパソコンをつけて、メール、書きかけの原稿のテキストや作成途中の学会や講義用のパワポなど、全部のソフトを開き、やりたい仕事に即、着手できる準備をする。診断すべきガラススライド標本も机に積み上げておく。そこから1日の仕事が本格始動。その時いちばんやりたいことから仕事を始める。声をかけられたり、飽きたりしたらすぐにやめる。好きなことばかりやってしまいがちだが、好きなことで調子を上げると面倒な仕事に関するヒントが頭に浮かぶ。あるいは後輩と雑談しながら、ふと新しい発想が湧き出てくることもある。そのタイミングをしっかりとらえて、一気に面倒な仕事に向かう。こちらの連載も複数回の執筆を一度に進めることもある。その方が、相互に新しいアイディアや情報の見方をひらめくことができるように思う。連想思考状態を保ち、「日々喜びに溢れる状態」を継続し、仕事の効率アップを狙うのである。
 
 かさねの仕事術。わたしがせっかちでずぼらだからなのか。いえ、違います。ポジティブな公私混同のためです。そして何より、日本人だから。この仕事術は、日本の「かさねの作法」のひとつだと信じている。「ポモドーロ法」は名前の通り、イタリア発。勤勉な日本人にはかえってストイックすぎるし、「かさね仕事術」をみなさんにはオススメしたい。
 
 遊ぶように仕事をすること。見立てを大事にして、テーマ間の類似と相似につねに敏感であること。少しずつずらしつつ、つなげていくことで、仕事や思索を広げていくこと。「ちらし」「もどき」「うつろう」「あやかる」「まぜこぜ」「見立て」からなるかさね仕事術。表象したものが「吹き寄せ」られ、たくさんのわたしを創っていくようなイメージで日々過ごす。
 
 かさね仕事術は、情報の「乗り換え・持ち替え・着替え」を加速する。「乗り換え」とは、情報がメディアの変化によって絶えず、表現し直されているということ。「持ち替え」とは、情報は常に別の情報との間に「型」を生み、その型と一緒に何かのメッセージを携えているということ。そして、「着替え」とは、時や場所、気分によって、情報が変化することである。
 
 様々な仕事をかさねて進めていくと、情報の乗り換え・持ち替え・着替えが起こりやすくなる。Aという仕事のモードを全然別のBに当てはめてみたら面白いのではないか。Cという現象は、Dという現象に型が似ているな。ふだんと違うモードで資料を作ってみよう!というように、色々な発見がつながり、仕事が面白くなるし、速くなる。
 
 1526夜『かさねの作法』https://1000ya.isis.ne.jp/1526.htmlには、「日本する」とは「編集する」に同義だとある。日々の生活の中で日本したい。かさね仕事術で乗り換え・持ち替え・着替えを楽しみたい。
 
 仲野先生、日々喜びを模索する根性なしのおぐら。大成しないと思いますが、これからもよろしくお願いします。
 
ポモドーロ法 v.s. かさね仕事術
  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。

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