-
おしゃべり病理医 編集ノート – エディションの本脈・おしゃべりな病脈
- 2019/12/05(木)11:12
病理医として、日々の研鑽と人材育成のための内外での研修。
二児の母として、日々の生活と家事と教育と団欒の充実。
火元組として、日々の編集工学実践と研究と指導の錬磨。
それらが渾然一体となって、インタースコアする
「編集工学×医療×母」エッセイ。
千夜千冊エディションシリーズ。現在の最新刊は、『観念と革命 西の世界観2』シリーズ12冊目である。
2か月ごとの発刊。ものすごいスピードである。いくらウェブの千夜千冊がすでにあるからといって、1700夜を越える選書リストから、エディションのテーマごとに本を選び、目次を立て分類していくのは、気が遠くなる作業である。校長の編集はそれにとどまらず、エディション全体のテーマをもとに、本文にもかなり手を加え、一夜ごとにヘッドラインをつける。さらに、書きおろしの前口上と追伸、そしてエディション全体を表象する一句が添えられる。
1冊のエディションを創っていくのに百冊くらいの本を選び、並べ、大胆に動かしていくのだそうだ。そうやって文脈というか「本脈」がどう揺れるのかを読む。目次読書法のエディションバージョンと言えるだろうか。編集は再編集、ブリコラージュの繰り返しと重ねであるということを日々実践されている。校長の編集工学の極意、徹底した用意と卒意からなる仕事術が見える。
2冊目の『おしゃべりな病理図鑑』を書き始めている。本の仮タイトルを決め、ようやく目次を仮留めしたところである。「まなぶはまねぶ」ということで、到底同じようにはできないに決まっているが校長の方法をまねしてみる。
今回は、がんに限らず、病気全般を扱うことにした。病気は、正常の生理機能が異常をきたした状態をいうと辞書には書かれているが、病理学総論では、病気をだいたい7つくらいの「病態カテゴリー」に分けて学ぶ。
本の執筆では、おのずと具体と抽象、全体と細部の関係性をよく考えることになる。つねに参考にする本がある。ジェラルド・ワインバーグの『一般システム思考入門』(千夜千冊1230夜
https://1000ya.isis.ne.jp/1230.html)である。編集工学の「工学」的な側面を考える上で、この千夜は極めて重要である。情報を構造的にとらえる一般システム思考、つまり、色々な情報をシステムとして考えることが編集工学の基本になってくるからである。本も人体もシステムであると捉えることができる。
1230夜では、システムを構成する要素には以下のような特徴があると説明されている。
イ・全体は、部分のたんなる寄せ集め以上のものだろう
ロ・部分は、全体のたんなる断片以上のものだろう
これは、特に目次を執筆するときに強く感じるシステムの特徴である。ひとつの章タイトルごとに、全体のたんなる断片を越えたメッセージや物語が生まれる必要があるし、全体として、部分の総和よりももっと重層的なメッセージが読者に響くことが魅力的な本システムの条件であると思う。目次が、本全体のメインシステムを下支えするサブシステムとなり、つねに本文の内容と情報の交換が起きているような仕組みや構造を作らないといけない。
既存のカテゴリーに沿った目次をまずは立ててみることにする。病理学の名著「ロビンス」の愛称で知られる教科書があるが、そこでは、炎症、感染症、循環障害、遺伝性疾患、腫瘍、栄養・環境による疾患、そして子どもや胎児の疾患というカテゴリーで病態が分類されている。さすが、西洋の知の体系。美しいし、理にかなったカテゴリーである。ひとまずこれに、一般読者がわかるように具体的な疾患を差し込んでいくことにする。循環障害は、動脈硬化と心筋梗塞にしよう、感染症には風邪とインフルエンザと結核を入れようかな、というように。何千もの疾患の中で、何を各論としてピックアップしていけばいいか考えている。
各病態カテゴリーは独立しているものではなく相互に関連しあっている。そもそも人体は、システムとして機能しているから、異常をきたした場合も色々な病態が複合的に絡むことになる。よって悩ましいのは、そのかさなりやつなぎの編集方法である。例えば、「感染症」カテゴリーの中に、ウイルス感染症が含まれるが、ある種のウイルス感染症は、罹患初期には「炎症」を引き起こし、持続的な感染によって、がん(≒「腫瘍」)が生じることもある。ヒトパピローマウイルスやC型肝炎ウイルスなどは、それぞれ持続感染によって、子宮頸がんや肝臓がんを引き起こす。感染症という病態の中に、炎症や腫瘍といった病態を引き起こすものがあるということである。カテゴリーに分けたとはいえ、病態はつねに重なったりつながったりしているものなのである。つまりは、文脈ならぬ、「病脈」?みたいなものがあって、それらをどんな風に語っていくかによって、病気の本来を説明できるかが決まるように思う。残念ながら、名著「ロビンス」といえども、その病態の関連性にまで配慮した目次立てやカテゴリー分類はなされておらず、ここはおぐらの編集の腕の見せ所になる。日々の病理診断の中で感じる「病脈」の感覚を本の執筆に活かしたい。
校長が千夜千冊エディションにおいて、特に目次の細部にこだわり抜いて編集を尽くすことの意味がわかる。校長はどんな時においてもシステム的な構造的視点とフラジャイルでやわらかいモードな視点のデュアルを忘れない。
わたしも少しでもそこに近づきたいのだが、今回の本は、病気全般を扱うとあって、かなり難しい。病気を語りながら、人体というシステムを生き生きと表現する本システムにするにはどうしたらいいのかと思案中。細胞のイラストも超部分として、どれだけ魅力的なメディアに仕立てられるかが勝負である。
「本脈と病脈」
千夜千冊エディションは、たくさんの本がひとつひとつの部分となって、全体を構成しているシステムであり、「本脈」と表現した。本と本のアイダには、間テキスト性があり、それらが脈≒つながりを持ち、情報の流れを創っている。一方、人体は正常であれ異常であれ、間細胞性とも言える細胞同士の連絡によって構成されるシステムである。病気に至る異常なシステム構築のことを「病脈」と呼んでみた。次の本では、病脈を説明することで、本来の人体システムの見事な仕組みを読者に伝えたい。