「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。
ネズミ? モグラ? ヒミズ?
子ども達と、祖父母宅の畑に2週間に一度ぐらいの頻度で野菜の収穫に行く。
冬のある日、一見モグラに見える死体が畑に通じる小道に落ちていた。だいたい手のひらぐらいの大きさで、短く黒い毛に覆われている。
長女が「ネズミ?」と聞く。
「ネズミではなさそう。モグラかな」と私。
長男が「モグラの子どもかな。ヒミズかもしれない」。
言われてみればヒミズかもしれない。
長女が「ヒミズ?」と繰り返す。
「モグラに似てるけどちょっと違う生き物」としか説明できず、また後で調べてみようと思う。
収穫を終えた後、長男が「ちょっと写真撮りに行ってくる」と一人で畑の方に戻って行った。
編集かあさん家が動物の死体に反応するようになったのは、ゲッチョ先生こと盛口満さんの本『僕らが死体を拾うわけ』がきっかけだ。
『僕らが死体を拾うわけ 僕と僕らの博物誌』盛口満、ちくま文庫
ヒミズ死体のスケッチが表紙にあることに初めて気がついた
ゲッチョ先生との出会い
今は通信制高校になじんでいる長男だが、小3の時は、一人では校舎に入れないほど合わなかった。母親が廊下で待っていないと学校に居続けられない。
仕方がない。その間、椅子に座って読書していた。
給食が食べられない。掃除ではバケツをひっくり返してしまう。波乱続きだったが、そんな日々でも本はおもしろかった。
千夜千冊1476夜『シダの扉』を読んで、理科のセンセイである盛口さんのことを知る。『シダの扉』に続いて買ったのが『僕らが死体を拾うわけ』だった。盛口さんが高校のセンセイとして、生徒たちと学校の周りの生き物の謎に向かう様子がいきいきと書かれていた。
帰り道、読み進んだ部分のあらすじをしゃべりながら帰った。
1学期の終わりに、いよいよ登校が難しくなったタイミングで『僕らが…』を読み終え、『ネコジャラシのポップコーン 畑と道端の博物誌』を買った。
テーマが長男の好きな植物で、実況中継的にしゃべりながら読んだ。
『ネコジャラシのポップコーン』盛口満、木魂社
そのうち、学校を離れたがゆえのありあまる時間のおかげか、自分で本を開いて読むようになった。
それまで字を読むことが苦手で本が読めなかった。家庭で「教え育てる」ことに自信がなくて学校の力を借りようとしていたが、本が読めるなら、家庭を軸にして大丈夫じゃないかと思うようになった。
本を真似する
読んで、気になったことはどんどん真似した。
『ネコジャラシのポップコーン』は、ネコジャラシが粟の先祖らしいという説から、収穫し、なんとかして食べてみようとする実験から始まる。
イラストを参考に、原っぱのネコジャラシの実を「収穫」する。すり鉢で皮をむき、風でよりわけ、炒ってポップコーンのようにして食べてみた。
香ばしい。青臭さはなくて意外なほど美味しい。
けれど、本にもあるように、お腹いっぱいには程遠い。しかも、熟した実はどんどんポロポロ落ちていくので、収穫自体がむずかしいのである。ネコジャラシが熟すのは1年に一度で、ゲッチョ先生は失敗しながら、何年もかけてネコジャラ飯に挑んでいく。
家でも、粟やヒエなど、いろいろな種類の穀物を買って、食べ比べしてみた。そのプロセスで、長い年月をかけて品種改良されてきたコメがいかに効率のよい植物かが見えてきた。
ネコジャラシを収穫する
数珠つなぎに読んでいく
一冊読み終えると、別の気になる一冊を買うというスタイルで、ゲッチョ先生の本を読み進めていった。
『フライドチキンの恐竜学』を読んだときは、手羽先や丸鶏を買って、骨取りに挑戦した。
『ゲッチョ先生の卵探検記』を真似して、ゆで卵を作り、黄身と白身の割合を調べた。
『骨の学校』を見て、いろいろな魚を食べて、耳石を観察した。
鳥の首の骨を取り出す。茹でた後、ざっと肉をとり、ポリデント液につけてさらにキレイにする
その中で難易度が高いのが「死体集め」だった。
ゲッチョ先生は、いろいろな生き物の死体を生徒と一緒に集め、解剖し、骨格標本を作っていた。
自分も、見つけてみたい。注意のカーソルを動かしていると、コウモリやイタチの死体を見つることができた。が、いざ前にすると「拾う」というのはとてもハードルが高いということがわかった。
できたのは、観察して写真を撮るところまで。帰り道、「ゲッチョ先生たちって、ほんとにすごいね」と話しながら帰った。真似しようとするほど、尊敬の気持ちがわいてくる。ホントのセンセイに出会ってしまったのだった。
ナカイ君
そんな日々を過ごしていると、ある日の夕食時のおしゃべりで「ナカイ君がさ…」という言葉が長男の口から出てきた。
ナカイ君? 学校での友達関係を中断中なのに、誰だろう?と思いながら聞く。
「お寿司を初めて食べた時に、毒をもられたと思ったらしいやん」
ああ、ゲッチョ先生の「生き物屋」仲間のナカイ君だ。
生き物の中でも毒ヘビが好きでたまらない「毒ヘビ屋」のナカイ君は、子どもの時にアメリカに住んでいたこともあって、ワサビのことを知らなかった。それで驚いた時のエピソードだった。ちなみにナカイ君は野菜を一切食べないという点でも強烈な個性の持ち主である。
学校に行かないという限られた人間関係のなかでの暮らしでも、親しい「知り合い」のような存在ができていたことに驚いた。
ノンフィクションでも「世界」があり、キャラクターたちが生き生きと動いている。幼少期からアンパンマンもドラえもんもだめ、物語が読めないままで大丈夫だろうかというのは余計な心配だった。
エッセイを読むうちに、ゲッチョ先生の高校の教え子で、「骨部」で活躍したマキコ、ミノル、理科の先生から生き物のカメラマンに転身してしまった同僚のヤスダ君など、たくさんの先輩モデルや大人モデルに出会えていた。
『生き物屋図鑑』盛口満、木魂社
みんな荷物がいっぱい。右から2番目がゲッチョ先生っぽい
Tシャツからスーツへ
一番のモデルはゲッチョ先生だ。
ゲッチョ先生は、最初の本では、埼玉県にある高校の理科のセンセイだったが、読み進めるうちに沖縄のフリースクールと夜間中学校にうつり、それから沖縄大学のセンセイになった。理科のセンセイになりたい学生たちを教える人になったのである。
長男は小5ぐらいから、本をあまり読まなくなり、その代わりにブログを読むようになった。
ある時、「あ! すごい」というので見ると、初めて見るスーツ姿のゲッチョ先生の写真が載っていた。いつもの、骨や実を入れる大きなリュックを背負っているイメージとは真逆だ。
全員が候補者となり参加しなければならない学長選挙で、学長に選出されてしまったという。適性がないのに選ばれてしまった、できるのか考え始めると眠れなくなってしまうと書かれていた。不安に負けそうになったら、足元の自然を見ると、道端で見つけたセミの冬虫夏草の写真が添えられていた。
固有のハビトゥス
ゲッチョ先生の学長就任をブログで見た4年後、長男は初めて自ら学校の制服を着て、大阪でのスクーリングに出かけて行った。
「学校」という新しい世界に深入りするにつれて、ネコジャラシを収穫したり、庭で野菜を育てまくったりはしなくなった。それでも、祖父母宅の畑で野菜の収穫を楽しんでいる。ヒミズの死体を見つけて、カメラを取り出す様子を見て、あの<家で過ごした日々>が、習慣(ハビトゥス)として残っているのを感じた。
固有の行動様式や見方を持っていることは、「ヘン」だと見られることもある。けれど、長男にとっては、新しい世界に飛び込み、人間関係を築く上で、大きな武器、そして楽器になったのではないかと思うのである。
収穫した冬野菜
盛口満さんの本の棚。大体出版年順に並べている
アイキャッチ写真:編集かあさん家の長男
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松井 路代
編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。
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