桃の節句に、桜の葉が好きなモモスズメ。飼育していると、毎日、たくさんの糞をするが、それを捨てるのはもったいない。こまめに集めて珈琲フィルターでドリップすれば、桜餅のかほりを放つ芳しき糞茶のできあがり。
55[破]破天講(師範代の勉強会)で、歌人でもある天野陽子師範が物語編集術のレクチャーとして用いたのが、大正2年に刊行された斎藤茂吉の歌集『赤光』(新潮文庫)でした。改めて3人の師範が、茂吉の短歌に物語を与えます。
師範の「マーキング」と「ヨミトキ」で奏でる、第90回感門之盟「読奏エディストリート」の特別連載10回目。師範それぞれの調べと重なりをお楽しみください。
ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ(36ページ)
白ふぢの垂花ちればしみじみと今はその実の見えそめしかも(36ページ)
みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞいそぐなりけれ(37ページ)
引用歌は『赤光』に収録された五十九首からなる連作「死にたまふ母」の冒頭三首。母危篤の報せを受けた三十一歳の茂吉が、帰郷するため駅へ急ぐ場面だ。せわしない街路樹の葉に心は騒ぎ、散り際の白藤には時の移ろいと、母の面影もかさなる。そんな二首が呼び水となって三首目、死に近づいている母への情がほとばしる。対象に自己を投入して一体化する「実相観入」は、茂吉独自の写生法だ。景色や物におのれの心を預け、象徴化するから、その複雑さは複雑なまま読み手へ届けられる。こうした歌にはドラマが孕み、連なればひとつの物語となる。破天講では、松岡正剛校長が「短歌による心象映画」と喝破した茂吉の連作に物語るための方法を学んだ。(天野陽子)
赤光のなかに浮びて棺ひとつ行き遥けかり野は涯ならん(116ページ)
夕さればむらがりて来る油むし汗あえにつつ殺すなりけり(147ページ)
その破天講で、歌人で師範の天野陽子は、「シーンの一滴によって主人公を行動に駆り立てる切実が生まれる」と説き、シーンで語る方法を茂吉に仰いだ。挙げた二首はまさにそれを体現している。前者は情景を、後者は行為を。選び抜いた言葉で事実をただ活写した三十一文字から、異様なまでの緊迫感が立ち上がる。居てもたっても居られぬ情動が迫りくる。「いつ・何を・どのように・どうしたか」の描写だけで、ここまで人の感情をゆさぶるイメージ喚起は可能なのだ。
共に明治が大正となった一九一二年の作。精神科医として後に青山脳病院の院長を務める茂吉が東京帝国大学医科大学を卒業し、同大助手となった三十歳の歌である。(福田容子)
田螺はも背戸の円田にゐると鳴かねどころりころりと幾つもゐるも(230ページ)
ためらはず遠天に入れと彗星の白きひかりに酒たてまつる(232ページ)
入り日ぞら暮れゆきたれば尾を引ける星にむかひて子等走りたり(233ページ)
医師として働きはじめた明治四十三年、茂吉は「田螺と彗星」という異質な対比を章タイトルにした。人の生と死を見つめながら、視線は地に伏す命から天を駆ける光へ、そしてラストの十一首で未来を走る子どもたちへと着地する。
この章には、田螺・彗星・子どもという三間連結が隠れていた。命のスケールを往来する流れ。その奥にひそむ生命の円環。田螺を食らい、彗星にその酒を奉ずる茂吉の姿に、生きることの本質があらわれる。
酒の原型は、土に育まれた米であり、天へと捧げられるもの。見えないものに手を伸ばし続ける、その執着に私もまた惹かれている。(若林牧子)
新潮文庫/2000年2月刊/572円(税込)
■目次
大正二年
明治四十五年 大正元年
明治四十四年
明治四十三年
自明治三十八年 至明治四十二年
巻末に
斎藤茂吉 芥川龍之介
赤光 吉本隆明
解説 小林恭二
アイキャッチ、レイアウト/阿久津健(56[守]師範)
編集/新井陽大(55[破]評匠)、大濱朋子(44[花]花伝師範)、角山祥道(44[花]錬成師範)
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む [バックナンバー]
#02『うたげと孤心』(原田淳子、山下雅弘、牛山惠子)
#03『ことばと身体』(古谷奈々、大濱朋子、得原藍)
#04『ゲーテはすべてを言った』(阿久津健、一倉広美、相部礼子)
#05『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』(奥本英宏、石井梨香、北原ひでお、山崎智章)
#10『赤光』(天野陽子、福田容子、若林牧子)
ISIS core project
イシス編集学校[当期師範&学林]チーム
「Pauca sed Matura」の言葉を背負い、守破離花遊の全指導陣が一挙集結する[ISIScore]。感門プランニング、エディットツアー運営、編集知のリバース・エンジニアリング、全てがここで交差する。知を組み立て、知を裏返し、知を書きなおしていく編集分子たちの風姿を垣間見よ。
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#09『地球星人』
[遊・物語講座]には、「文叢」という名の教室があります。今期[18綴]は、産霊山ランデヴー文叢、地球星人服従文叢、沼地の果ての温室文叢の3文叢。いずれも「2つの物語の一種合成」によりネーミングされ、担当師範代の「らしさ」 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#08『手の倫理』
[花伝所]のクライマックスは、2日間におよぶエディットカフェ上のキャンプです。今期44[花]では、ハイパー茶会をテーマにプランが練られましたが、この時、客人に選ばれたのが美学者・伊藤亜紗。彼ら花伝生の思いも引き受けつつ、 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#07『百書繚乱』
全ページオールカラーのビジュアルブックガイド『百書繚乱』(アルテスパブリッシング)。松岡正剛が自身を形作る500冊超の本とのインタースコアを試みた同書は、イシス人必読の書といえるでしょう。 第90回感門之盟 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#06『異界を旅する能』
イシス編集学校の奥の院・花伝所といえば世阿弥。花伝所は、世阿弥の方法で貫かれています。その世阿弥に近づかんとするのが本書『異界を旅する能 ワキという存在』(安田登/ちくま文庫)。師範が、本書を通して世阿弥の方法を語り直し […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#05『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』
[守]では毎期、第一線で活躍するゲストによる特別講義「編集宣言」を開催。今期56[守]のゲストは、カオス理論研究の第一人者・津田一郎さんでした。その津田さんと松岡正剛校長が大いに語らったのが『初めて語られた科学と生命と言 […]
コメント
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2026-03-03
桃の節句に、桜の葉が好きなモモスズメ。飼育していると、毎日、たくさんの糞をするが、それを捨てるのはもったいない。こまめに集めて珈琲フィルターでドリップすれば、桜餅のかほりを放つ芳しき糞茶のできあがり。
2026-02-24
昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。
2026-02-19
棚下照生。この忘れられたマンガ家が、最近、X(ツイッター)で話題になっていた(なぜかは知らないが)。大人漫画のタッチで劇画を描くという、今となっては完全に絶滅した手法が、逆に新鮮に映るのかもしれない。代表作『めくらのお市物語』は、連載当時、大変な人気で、映画やテレビドラマにもなったのだが、現在では、タイトルに問題アリで、復刊の目途もない。もしも古本屋で見かけることがあったら絶対買いです。