べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その七

2025/02/21(金)20:00
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 表と裏の顔を使い分け、にやり、いやにたりと笑うと江戸の悪徳商人らしさたっぷりだった鱗形屋も、牢の中ではしおたれる。暗闇にうなだれた表情がこれからの没落を暗示させるような。鱗形屋の影は蔦重の踏み台になるのでしょうか。
 大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けしま
す。



第7回「好機到来『籬の花』」

 蔦重のアイデアとプロデュース力が開花した回と言えましょう。


 入牢中の鱗形屋に代わり、誰が「吉原細見」を作るか。錦絵の出版で蔦重と欺いた西村屋とはりあい、今までの倍売れる吉原細見を作ったら、地本問屋の仲間入りをさせてもらうという約束を蔦重は取り付けます。


 ところで改めて、蔦重がこだわる地本問屋とは?

 「地本」の「地」は「地酒」の「地」と同じです。~(中略)~
近世初期、伝統に立脚した文化的要素の何も無かった江戸という人口都市は、文化的なもの(本も酒も調味料も)をすべて京都から移送されるものに依存していました。京都から下ってくるものはすべてよいものです。
京都で制作されたものから見ると格段に見劣りする地元江戸出来のチープな草紙類が「地本」なのです。


『本の江戸文化講義 蔦屋重三郎と本屋の時代』鈴木俊幸


 京都との文化の差から生まれた、少々見劣りするような言葉にも思える「地本」を、むしろ地方の読者が欲しがるものへと育て上げる一端を担ったのが蔦重でした。


 問屋仲間に入りたかった理由を、蔦重はこう語っています。「吉原が自前の地本問屋を持つことができる」。それにより、吉原を売り込み放題にできるのだと。


 ここから蔦重と、蔦重に巻きこまれた周囲の人々の奮闘が始まります。


 どんな細見が必要とされているか。
 手の届く女郎が載っていること(高嶺の花の花魁ばかり載っていても役には立たないですし)。
 薄いこと(なんといっても持ち歩きに便利です)。
 続いて本当の店の並びどおりに作ることにします(おお、そうすればまさに地図代わりのガイドブックそのもの)。


 吉原にある見世を全部載せるために、何度も修正し(協力すると、うっかり言ってしまった新之助が何度もキレていました)、一度は「そんな割の悪い仕事はできねぇ」という彫師を、「吉原での接待」という一言でコロリと転がし、あとは地獄の彫り地獄。これ以上は無理というほど細かい字での彫りを強いられた彫師が、彫刻刀を柱にびゅんと投げつける始末。
 何を言われてもしれっと「よろしくお願いします」と言ってのける蔦重と、吉原のための地本問屋の必要性を亡八連中に熱く語る蔦重。硬軟の二面性が光りました。


 そして西村屋の脅しにも負けず、ついに細見を作り上げたところに、さらなる強力な後押しが。
 それはNewsです。今の時代も街中で号外が出ると「飛ぶように」と枕詞をつけたくなりますが、西村屋が知り得なかったニュースを、花の井がもたらしてくれました。
 細見が売れるとしたら。花魁が名跡を継ぐ時(そういえば、歌舞伎も襲名公演はひときわ盛り上がるものですね)。吉原を盛り立てようとする蔦重の心意気に打たれた花の井と、花の井が身を置く松葉屋が、花の井の五代目瀬川太夫の継承を決めました。そういえば第2回で、平賀源内先生に対して「今宵のわっちは『瀬川』でありんす」と啖呵を切ったのが花の井。あの時から、瀬川になることは運命づけられていたのでしょう。


 ニーズを探り、手を抜かずに作りあげ、ニュースを捉えた蔦重の細見の方に、西村屋を除く地本問屋たちが群がりました。


 蔦重の細見はきっと江戸市中に流れていくのでしょう。最後に、真面目に学問をしていたはずの若者が、細見のせいで吉原に夢中になってしまう。そんな様子を詠んだ三間連結の川柳で締めたいと思います。

 

細見を四書文選の間(あい)に読み→足音がすると論語の下に入れ→

細見は分かり論語は分からねぇ


『吉原の江戸川柳はおもしろい』小栗清吾

 

 勉強しているふりをしながら、こっそり細見を読む若者。親の足音に慌てて論語の下に隠すものの、頭に入っているのは吉原のことばかり。

 ……蔦重の細見、どうやら出来が良すぎたようですねぇ。

 

 

Info


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