自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
あの人が帰ってくるのとあわせたかのように「ポッピンを吹く娘」の最初期版が43年ぶりに再発見! 東京国立博物館特別展「蔦蔦重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」にて特別公開予定とあいなりました。蔦重は何か「もっている」人ですが、まさか時をこえてこんなところまで、と思わずにはいられません。
大河ドラマを遊び尽くし、歴史が生んだドラマからさらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子が、めぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第18回「歌麿よ、見徳(みるがとく)は一炊夢(いっすいのゆめ)」
妖怪画の第一人者、鳥山石燕が登場したからでしょうか。全体的におどろおどろしい回となりました。
明かされる秘密
少年だけれど蔦重よりも大人びた表情を見せる、それが唐丸でした。署名は違っていても、絵を見て「唐丸だ」と見抜いた蔦重が探し当てた先にいたのは、ゴーストライター兼男娼として生きる大人の唐丸でした。一度は「好きでこの暮らしをしている」と蔦重の誘いを突っぱねた唐丸ですが、もう一度訪ねてきた蔦重に重い口を開きます。母親は夜鷹で、言葉でネグレクトするどころか、七歳から客を取らせる、それも男の。母親のヒモに殴られ、神社で傷の手当てをしているところで出会った石燕先生から絵を描く楽しさを教わった唐丸は、吉原の火事(そう、初回の火事です)で母親を置いて逃げ出してしまったのです。
後悔した少年は、母親のヒモと共に死のうとするが、死にきれない。ヒモの方は死んでしまったのに。「人殺しをしてしまった」という思いを抱えて生きてきた唐丸を救ったのは、蔦重が用意した「言い訳」でした。「蔦重に無理矢理絵を描かされているんだ」という言い訳は、単に「助けてやる」という言葉よりも、唐丸を楽にする道を照らす光となりました。
暗い長屋から一転して日のあたる川原道を走る明るい表情は、二人がもう一度、無垢な子どもに戻ったかのようでした。
喜三二を襲ったものは
青本の新作10冊書けば、吉原に「居続け」、つまり帰らずにずっと吉原で遊び続けることができるという条件にほいほいとのった朋誠堂さんですが、遊びが過ぎて腎虚になってしまいます。それでもまだ帰らないところが喜三二のど根性でしょうか(帰ればよかったのに…)。
ある晩、吉原の寝床で目覚めた喜三二を襲ったのは、大蛇。なんと自身の「好色の気」が変化(へんげ)してしまったのです。嫌がる喜三二を蔦重らが押さえつけ、フジがすぱっと太刀で大蛇の頭を切り落とします。…と、そこでもう一度目覚めた喜三二は「なんだ、夢だったのか」とほっとします。でも病は治ったわけではなく、肩を落とす喜三二。
そういえば「蛇(じゃ)」は「邪(じゃ)」に通じる。このよこしまな思いが、ころっと反転し、『見徳一炊夢』という作品に結実します。「邯鄲の夢」とは、夢の中で一生を過ごしたかと思えば、目覚めてみればほんのひとときだった──という故事です。この話をもとにした作品はたくさんあり、『浦島太郎』などはその逆バージョンと言えそうです。
それにしても、この夢を元にして「見徳一炊夢」をかき上げた喜三二先生、見るが徳、とは、襲われてもただじゃ起きませんでしたね。
二服の清涼剤
おどろおどろしい回の清涼剤となったのは二人の女性です。松葉屋の女将ふじは、体を売る仕事を好きだ、と言いつくろうのは罰を受けたいからではないか、と見抜き、駿河屋の女将ふじは、唐丸の「人別(今の戸籍)」をそっと用意し、養子にすることを拒む主人を説得します。「あんたは、蔦重も吉原も大事なんだよね」と言って、──そう言われてしまうと、駿河屋市右衛門もぐうの音も出ない。女郎を、そして蔦重をもっとも近くで見ているからこそ、の洞察でした。
こうして、唐丸、いや喜多川歌麿と蔦重は義兄弟になりました。「当代一の絵師にしてやる」と蔦重は改めて言葉にしましたが、「ポッピンを吹く娘」の最初期版の再発見は、本当にそうなったことを証明するかのよう。
鳥山石燕の『画図百鬼夜行全画集』を開いてみると、鬼や姑獲鳥、百々爺(ももんじい)のように、見るからにおどろおどろしいものがあるかと思うと、ぬっぺっぽう、琵琶牧々(びわぼくぼく)、目競(めくらべ)のようにどこかユーモラスな画も含まれています。(それぞれどんな妖怪か、わかりますか?)
怖いけれど、笑ってしまう、笑ってしまうけれど、震え上がってしまう、そんな回だったのではないでしょうか。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十七
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十六(番外編)
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べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十一
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べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十四
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べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十一
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べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八(番外編)
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べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その一
大河ばっか組!
多読で楽しむ「大河ばっか!」は大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブ。物語好きな筆司たちが「組!」になって、大河ドラマの「今」を追いかけます。
もぐもぐタイム。という言葉が頭をよぎったほど、元気を取り戻しつつあるおていさんをはじめとして、みなさんがおいしいものを召し上がっている回でした。というほどに、「食べる」「食べられる」ということが生きていく上では大事なこ […]
語られることを嫌う真実は、沈黙の奥で息をひそめている。名づけや語りで手繰ろうとする瞬間、真実は身を翻し、喉笛に喰らいつく。空白が広がるその先で、言葉に縛られない真実が気まぐれに咆哮するが、男たちはその獣をついに御するこ […]
ついに。ついにあの人が蔦重を見捨てようとしています。が、歌麿の最後の台詞を聞いた時、しかたあるまいと思った視聴者の方が多かったのではないでしょうか。 大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語 […]
「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」も40回を越え、いよいよ終わりに向かうこの時期に、蔦重自身の原点を見つめ直す、大切な節目の回になったように思います。ま、タイトルに「歌麿」と入ってはいるのですが。 大河ドラマを遊び尽くそ […]
蔦重の周りに人が集まる。蔦重が才能のハブだということを感じさせる回でした。新たに加わったものもいれば、昔からのなじみが腕を磨けば、自慢の喉を披露する方も。どうみても蔦重・鶴屋コンビの仕掛けたことなのに。懐かしの朋誠堂喜 […]
コメント
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2025-11-18
自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
2025-11-13
夜行列車に乗り込んだ一人のハードボイルド風の男。この男は、今しがた買い込んだ400円の幕の内弁当をどのような順序で食べるべきかで悩んでいる。失敗は許されない!これは持てる知力の全てをかけた総力戦なのだ!!
泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。