べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十八

2025/05/16(金)22:00 img
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 あの人が帰ってくるのとあわせたかのように「ポッピンを吹く娘」の最初期版が43年ぶりに再発見! 東京国立博物館特別展「蔦蔦重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」にて特別公開予定とあいなりました。蔦重は何か「もっている」人ですが、まさか時をこえてこんなところまで、と思わずにはいられません。
 大河ドラマを遊び尽くし、歴史が生んだドラマからさらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子が、めぇめぇと今週のみどころをお届けします。

 


 

第18回「歌麿よ、見徳(みるがとく)は一炊夢(いっすいのゆめ)」

 

 妖怪画の第一人者、鳥山石燕が登場したからでしょうか。全体的におどろおどろしい回となりました。

 

明かされる秘密


 少年だけれど蔦重よりも大人びた表情を見せる、それが唐丸でした。署名は違っていても、絵を見て「唐丸だ」と見抜いた蔦重が探し当てた先にいたのは、ゴーストライター兼男娼として生きる大人の唐丸でした。一度は「好きでこの暮らしをしている」と蔦重の誘いを突っぱねた唐丸ですが、もう一度訪ねてきた蔦重に重い口を開きます。母親は夜鷹で、言葉でネグレクトするどころか、七歳から客を取らせる、それも男の。母親のヒモに殴られ、神社で傷の手当てをしているところで出会った石燕先生から絵を描く楽しさを教わった唐丸は、吉原の火事(そう、初回の火事です)で母親を置いて逃げ出してしまったのです。
 後悔した少年は、母親のヒモと共に死のうとするが、死にきれない。ヒモの方は死んでしまったのに。「人殺しをしてしまった」という思いを抱えて生きてきた唐丸を救ったのは、蔦重が用意した「言い訳」でした。「蔦重に無理矢理絵を描かされているんだ」という言い訳は、単に「助けてやる」という言葉よりも、唐丸を楽にする道を照らす光となりました。
 暗い長屋から一転して日のあたる川原道を走る明るい表情は、二人がもう一度、無垢な子どもに戻ったかのようでした。

 

喜三二を襲ったものは


 青本の新作10冊書けば、吉原に「居続け」、つまり帰らずにずっと吉原で遊び続けることができるという条件にほいほいとのった朋誠堂さんですが、遊びが過ぎて腎虚になってしまいます。それでもまだ帰らないところが喜三二のど根性でしょうか(帰ればよかったのに…)。
 ある晩、吉原の寝床で目覚めた喜三二を襲ったのは、大蛇。なんと自身の「好色の気」が変化(へんげ)してしまったのです。嫌がる喜三二を蔦重らが押さえつけ、フジがすぱっと太刀で大蛇の頭を切り落とします。…と、そこでもう一度目覚めた喜三二は「なんだ、夢だったのか」とほっとします。でも病は治ったわけではなく、肩を落とす喜三二。
 そういえば「蛇(じゃ)」は「邪(じゃ)」に通じる。このよこしまな思いが、ころっと反転し、『見徳一炊夢』という作品に結実します。「邯鄲の夢」とは、夢の中で一生を過ごしたかと思えば、目覚めてみればほんのひとときだった──という故事です。この話をもとにした作品はたくさんあり、『浦島太郎』などはその逆バージョンと言えそうです。
 それにしても、この夢を元にして「見徳一炊夢」をかき上げた喜三二先生、見るが徳、とは、襲われてもただじゃ起きませんでしたね。

 

二服の清涼剤


 おどろおどろしい回の清涼剤となったのは二人の女性です。松葉屋の女将ふじは、体を売る仕事を好きだ、と言いつくろうのは罰を受けたいからではないか、と見抜き、駿河屋の女将ふじは、唐丸の「人別(今の戸籍)」をそっと用意し、養子にすることを拒む主人を説得します。「あんたは、蔦重も吉原も大事なんだよね」と言って、──そう言われてしまうと、駿河屋市右衛門もぐうの音も出ない。女郎を、そして蔦重をもっとも近くで見ているからこそ、の洞察でした。

 こうして、唐丸、いや喜多川歌麿と蔦重は義兄弟になりました。「当代一の絵師にしてやる」と蔦重は改めて言葉にしましたが、「ポッピンを吹く娘」の最初期版の再発見は、本当にそうなったことを証明するかのよう。

 

 鳥山石燕の『画図百鬼夜行全画集』を開いてみると、鬼や姑獲鳥、百々爺(ももんじい)のように、見るからにおどろおどろしいものがあるかと思うと、ぬっぺっぽう、琵琶牧々(びわぼくぼく)、目競(めくらべ)のようにどこかユーモラスな画も含まれています。(それぞれどんな妖怪か、わかりますか?)
 怖いけれど、笑ってしまう、笑ってしまうけれど、震え上がってしまう、そんな回だったのではないでしょうか。


 

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