豊臣双瓢譚 ~第九回~

2026/03/14(土)13:00 img
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 ただの陰キャラかと思ったら、物騒なことを明るくさらりと言う。「どこかで聞いたことがあるような」と思ったら、懐から取り出したのはやはりあの書物。頭の中で戦をするのが好きだと、自分自身も物語を生きてみたくなるものなのでしょうか?
 さて歴史をふかぼれば宝の山。史実と史実の間にこぼれ落ちたものにこそ真実が宿る、かもしれない!? 歴史と遊ぶ方法を大河ドラマにならう多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」。クラブの面々を率いる筆司の二人が、今週のみどころをお届けします。


 

第九回「竹中半兵衛という男」


知と知の激突


 直が死んでも日々の生活は続く。目の前で義理の妹を死なせてしまった小一郎の姉婿・弥助が、その衝撃で寝込んで食事も取れないほど落ち込み、ついには切腹を、とまで思い詰めているのに対し、「竹中半兵衛を調略しに行く」と言って、小一郎が猟師姿で飄々と現れます。ですが、実の姉と兄にはわかるのです。血のつながった身内だからでしょうか。小一郎の負った心の傷を自らのもののように感じてしまうのです。

わしにはあやつの悲鳴しか聞こえぬ。何かをしていなければ立っていられるのじゃ。だから時をかけて構わぬ。無理難題を押し付けて生きる張り合いを与えるのじゃ。

 

 それしかできない情けない兄だと自嘲する藤吉郎ですが、それこそが小一郎を支えているのでしょう。

 それぞれの思いを抱えて訪れた竹中半兵衛は、不用意に扉を開けると矢が飛んでくる物騒な庵に住んでいます。使えない(とあえて書きますが)上司に嫌われてただいま山奥に蟄居中なのです。もっとも「物騒」というのは矢が飛ぶというだけではない。庵の中には小牧城の模型があり、ここにまさしく織田を攻める用意がほぼ整っていることが示されています。味方になってほしい小一郎が、城を、金を、と差し出すのに対し、

もし断ったら殺すつもりですね。


と言い放ちます。図星を指された小一郎が黙り込むと、これまでに何度も同じ目にあってきたと明るく返し、どうやって切り抜けたのかと問う小一郎に

造作もないこと。殺される前に殺したのです。


とこともなげに言う。病弱で戦に出たことはないと言いますが、頭の中では、誰よりも多くの戦をしてきたのでしょう。

二度目に、─今度は庵ではなく、自身の居城・菩提山城まで─、調略しにきた藤吉郎たちに、半兵衛はこう言います。

戦が好きなのじゃ。いくさばに出ることもないくせに策を練り、そのとおりに事が運び戦に勝つ。それが何事にも代えがたい喜びなのです。戦に勝つためならいかなる策も講じる。何かが間違ってるような気がして、でも自分の衝動を抑えることができない私は、己が恐ろしい。


 そして懐から『三国志抄』を取り出します。そう、孔明は半兵衛の憧れの人物だったのです。…とはいえ、自分がその生き方になぞらえるのはともかく、相手に三顧の礼まで求めるか。そうツッコミたくなるのですが(「しっかしめんどくさいやつじゃのう!」という蜂須賀正勝の言葉に激しく同意です)、これも彼にとっての儀式なのでしょう。

 

 しかし半兵衛が描く道筋を、そのとおりに進ませないのが豊臣兄弟。
 美濃の稲葉山城が織田に囲まれた際、使えない上司(二度目!)を助けるべく颯爽と登場し、既に援軍を頼んだ旨を伝えます。ところが半兵衛を信じ切れない斎藤龍興(そう、この人が使えない上司です)は、こっそり抜け道から逃げだそうとする。
 ところが抜け道の逆側から、藤吉郎や小一郎が姿を現します。小一郎が抜け道の存在に気づいていたのです。なぜ抜け道に気づいたのかと問う半兵衛に、小一郎はこう答えます。

あの菩提山城、以前、竹中殿が手を加えた部分が稲葉山城の造りとよく似ていると。それで思い当たった。もしやあの城は竹中殿が稲葉山城を攻略するために実物を模して造ったのではないかと。とすれば、同じ抜け道が、この稲葉山城にもあるはず。読みが当たったわ。


 と静かに応えます。そして、秀吉が例の大声「わしらの仲間になってちょーだい!」と誘いました。こうして、半兵衛は織田の配下になるのですが、その時の言葉がまたいかにも半兵衛らしいものでした。

真に強いと思える相手とはお味方になるよりも戦ってみたかった。

 

孔明に憧れ、戦を頭の中で組み立て続けてきた半兵衛ですが、どうやらこれから長く付き合うことになる相手は、筋書きどおりに動いてくれる人たちではないようです。それでも、だからこそ。
半兵衛はその相手に、頭を下げたのかもしれません。

 

直の賭け

 

 稲葉山城攻略が成功し、信長が勝ち鬨をあげても、小一郎の心が晴れるわけではありません。褒美をもらえたとしても、もうどうでもいい。墓の前でそう呟く小一郎の背中に、兄弟をあれほど嫌った直の父が投げかけたのが「銭を寄こせ」の一言でした。直と賭けをしたのだと言うのです。

戦だって、争い事はなくならないかもしれないけれど、無駄な殺し合いはなくすことができるって。

 

 直は、自身のへそくり五百文を賭けて、父とその「戦」をしたのです。無駄な殺し合いのなくなる世を小一郎がもたらせるかどうか。その言葉を背負って、小一郎は生き続けなければなりません。戦のない世をつくるための戦を続けなければならないのです。

 

 戦に出られぬ体でありながら、頭の中で戦を組み立てることを好む軍師。

 争い事を嫌うのに、争い事を無くすために戦い続けなくてはならない小一郎。

さて、そこにいつか、もう一人の軍師─黒田官兵衛─が加わったとき、秀吉を囲むトライアングルがどのように描かれるのでしょうか。

 


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