『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
▼12月になると多くのバレエ団が「くるみ割り人形」を上演する。なんといってもクリスマスの晩の物語であり、パーティに始まり、クリスマスツリー、贈り物、雪景色、お菓子の国とクリスマス尽くし。夢物語を圧倒的に描き出すチャイコフスキーの音楽の力で、1892年サンクトペテルブルクでの初演以来、現在まで人気の作品だ。
▼少女クララは、クリスマスの贈り物にくるみ割り人形をもらう。真夜中、クララは人形たちとネズミたちの戦いを目撃する。先頭に立つくるみ割り人形にクララも加勢して、ネズミ軍に勝利する。くるみ割り人形は、凛々しい王子に変身し、クララをお菓子の国に招待する、というのがバレエでのストーリーだ。
▼原作はE.T.A.ホフマンが1816年に書いた「くるみ割り人形とねずみの王さま」である。ホフマンはナポレオン戦争の時代を生き抜いたドイツ人で、判事などの仕事をしつつ、作家、作曲家、画家として活躍した。
▼ホフマンの原作がバレエになるまでには、何人もの編集が加えられた。まず、フランスの文豪アレクサンドル・デュマ親子が合作で翻案した「はしばみ割りの物語」になる。これを帝室マリインスキー劇場の振付家マリウス・プティパが、バレエの台本にした。プティパは、台本とともに作曲注文書を作成し、チャイコフスキーはそれに沿って曲を書いた。シーンに合わせて、どの役が何人でどんな踊りをするから何拍子で何小節…という非常に細かい注文書だ。
▼チャイコフスキーが亡くなる前年に完成した「くるみ割り人形」の音楽は、彼の精華というべきものだ。バレエ台本はホフマンの原作がもつ「物語の中の物語」という構造を活かせていないし、冒険が前半で終わってしまうなど不備があるのだが、それを補ってあまりある音楽の魅力でこのバレエは愛されつづけている。クリスマスの贈り物にわくわくする気持ち、兄弟とのいさかい、人形が壊れると自分がケガをしたかのように痛みを感じること、初めての恋のときめき、異国への憧れ…。シーンの奥に子どもだった自分の気持ちまで見せてくれる音楽なのだ。
▼「くるみ割り人形」は、初演から何度も再演出、再振付されて今日にいたる。ベジャールは7歳で母を亡くした自身を投影し、少年の物語にした。オーストラリア・バレエ団では、年老いた元バレリーナが一生を振り返る物語となった。ここまでくると「くるみ割り人形」は、もはや型なのではないかと思う。それもチャイコフスキーの音楽ゆえのこと。多くの人に「くるみ割り人形」を新たなバージョンで上演したいと思わせるのだ。
▼指揮者アレクセイ・バクラン氏は、「くるみ割り人形」のクライマックスの曲を聴けば、苦難を乗り越えて幸せを掴んだ瞬間のうれしさを、誰もが思い出せるのではないかという。また、精神性の高い曲がちりばめられており、心に偽りや不誠実さがあっては演奏できないとまで言う。
▼クリスマスツリーが大きくなるところ、くるみ割り人形が王子に変身するところ、金平糖の女王と王子が踊るアダージオは、泣きたくなるほど美しい。幸せなシーンなのにかすかに悲しいメロディーは、大人が幼心を取り戻すトリガーなのだ。今年も「くるみ割り人形」を見にゆく。一年間の疲れを洗い流し、ひと時、ピュアな気持ちになる。
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遊刊エディスト新企画 リレーコラム「遊姿綴箋」とは?
12月のテーマ◢◤クリスマス
クリスマスを堪能するドクターたち:小倉加奈子
冬になるとやってくる:林愛
一年の終わりに『くるみ割り人形』が欠かせない理由:原田淳子(現在の記事)
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原田淳子
編集的先達:若桑みどり。姿勢が良すぎる、筋が通りすぎている破二代目学匠。優雅な音楽や舞台には恋慕を、高貴な文章や言葉に敬意を。かつて仕事で世にでる新刊すべてに目を通していた言語明晰な編集目利き。
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コメント
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2026-03-19
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2026-03-17
目玉入道、参上。
体を膨らませ、偽りの目玉(眼状紋)を誇張して懸命に身を守ろうとしているのは、カイコの原種とされるクワコの幼虫。クワコの繭から取れるシルクは、小石丸のそれに似て細く、肌触りがよいらしい。
2026-03-10
平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。