2022年2月12日、Hyper-Editing Platform[AIDA]Season02「メディアと市場のAIDA」、第5講が豪徳寺・本楼(編集工学研究所)で開催された。松岡正剛座長、ボードメンバーの大澤真幸さん(社会学者)、田中優子さん(江戸文化研究家)、佐藤優さん(作家)、武邑光裕さん(メディア美学者)に加え、今回はゲスト講師として池田純一さん(FERMAT Inc.代表)が来楼。ゲストセッションのテーマは「ポスト・トゥルースとビッグテック」だった。
一方、武邑光裕さんが「メタヴァース:市場とメディア」と題して、「ボードセッション」の講義をになった。講義では、日本でVRが「仮想現実」と翻訳されているのに対して、「VR=実質的現実」であることを強調するとともに、「2035年には仕事の半分はメタヴァースで行われ、2050年にはメタヴァースのGDPが現実の国家経済を追い越すだろう」という衝撃的なレポートを紹介。さらにメタヴァースによるサイバー国家の可能性、世界の三体問題(東洋・西洋・デジタル)の行方など話は尽きない。
イベント終了後のインタビューでは、座衆を交えた「AIDAセッション」で浮上した「新中世」というキーワードを新たに導入し、講義で語り切れなかったメタヴァースの行方について、話をうかがった。
イベント当日から2か月以上の発酵期間を経て、ほどよく熟成した約一万字のインタビュー全文を「遊刊エディスト」のPASTカテゴリーでいよいよ大公開。[AIDA]Season02×遊刊エディストのラストメディエーションだ。
なお、武邑さんは2022年5月18日開催のイベント「ISIS FESTA SP『情報の歴史21』を読む 第四弾武邑光裕篇にも登壇予定。詳細Infoは文末にて。
[interviewer:金 宗代(QIUM JONG DAE)]
左:武邑光弘さんのプレゼンペーパー表紙
右:[PHOTO]YUKARI GOTO
◉VR(バーチャル・リアリティ)は「現実へのジョーク」
―――本日のセッションでは、プライバシーの権利が「守る権利」であるとともに「世界に自分を示す権利」であるという武邑さんのお話が非常に印象的でした。それから、メタヴァースの講義では、日本でVRが「仮想現実」と翻訳されてることについて違和感があるとおっしゃっていましたね。
いま「VRの父」と呼ばれているジャロン・ラニアーを1990年に日本に呼んだんですが、そのとき、彼は「バーチャル・リアリティは現実へのジョークだ」って言ったんですよ。
―――「現実へのジョーク」ですか。ジャロン・ラニアーは松岡正剛の千夜千冊でも『人間はガジェットではない』(ハヤカワ新書)が取り上げられています。
つまり、バーチャル・リアリティというのは、「仮想」ではなくて「現実」なんだよということです。彼がバーチャル・リアリティを世の中に発表したのは80年代の終わり頃だったので、当時はまだシリコングラフィックスも、コンピューターの質も、CGの精度にしても、今から思えば、もうまったくの低解像度で低性能。サクサク動くなんてことはあり得なくて、リアリティには到底及ばないという感じでした。
千夜千冊1646夜 ジャロン・ラニアー
『人間はガジェットではない IT革命の変質とヒトの尊厳に関する提言』(早川書房)
―――それがバーチャル・リアリティの黎明期にあたるわけですね。
ジャロン・ラニアーはVPLリサーチという会社をつくって、ヘッドマウントディスプレイとデータグローブをベースにして展開していきました。また同時期にNASAの研究者のスコット・フィッシャーが、地球上で動かしたわれわれの身体的動作を宇宙空間でロボットに伝えるといった「テレプレゼンス」という技術を開発していました。そんなようなことをすべてCGでシミュレーションしていた時代がバーチャル・リアリティの走りの時代ですよね。
―――「VR」は日本語ではどうやって伝えるとより正確に理解されると思いますか。
一番分かりやすいのは「サイバー空間」あるいは「サイバー空間の現実」だろうと思います。サイバー空間というと現実からかけ離れているように感じてしまうかもしれないけれど、先ほども講義でお話したように、いまや買い物にしても、娯楽にしても、仕事にしても、むしろ現実の空間を必要としなくなったという感じがしませんか。言い換えれば、サイバー空間も現実空間も非常に連続している空間であるということだと思います。
ところが「仮想」という言葉は「バーチャルメモリ」「仮想メモリ」という言葉を連想させるから「一時的にストックしておく場所」という印象になってしまう。もちろん、翻訳当時は「仮想」と訳すほかなかったという事情もあるのかもしれません。だって、「バーチャル(virtual)」の本来の意味にもとづいて、「実質的現実」とか「事実上の現実」と訳したところで、おそらく理解されないですよね。それで、ジャロン・ラニアーは「現実のジョーク」だと言ったんですね。
武邑光裕『サイバー・メディアの銀河系―映像走査論』(フィルムアート社)
1988年刊行。武邑さんは一貫して「サイバー空間」の可能性を求めて冒険し続けている。
―――なるほど。現実空間と連続した空間であるという意味で「現実のジョーク」と言ったんですね。
そのときから、もう33年も経っているわけですよね。その間に、「仮想現実」は実世界とは別なディメンション、別のものだという認識が広がって、現実と仮想現実との分断を加速させてきたということも一つの事実ですよね。だけど、VRとリアルは、等価とは言わないまでも、実は多様な重なり方をしていて、そのフレーミング自体もどんどんどんどん進んできています。そうすると、逆にVRの存在しないリアルっていうのは、もうあり得ないわけです。
そのくらいにVRは現実に侵入してきている。侵入というよりはもはやリアルを支える基盤になっています。その点、ゲームの世界では、もうかなり前から、そのVRの優位性というものをベースにして開発されていますよね。例えば、『グランツーリスモ』ってあるじゃないですか。
◉『グランツーリスモ』の実車の「らしさ」
―――『グランツーリスモ』はPS5(PlayStation5)で最新版が発売されますよね。
実車シミュレーションというゲームジャンルで、現実に存在してる高級車から一般の車まで、驚くべき精度で実車体験ができてしまうわけです。例えば、現実世界でフェラーリとか、マセラティに乗りたいと思ってもなかなか実現できないじゃないですか。それがゲームの中ではできちゃうわけですよ。だから、運転免許を持ってない人でも、マセラティを乗りこなし、メルセデスとBMWの乗り心地の違いも分かる。
Gran Turismo 7 – Opening Movie | PS5, PS4
―――実車の「らしさ」がほぼ完璧にシミュレーションできてしまう。
もう完全に体感として分かっちゃう。しかも簡単なコントローラーとそこそこの画像のクオリティーだけで、ですよ。でも僕にとっては、初期の『ワイプアウト』の体感がやっぱり圧倒的でした。
―――『ワイプアウト』(1995)は武邑さんが当時ハマっていたレースゲームですよね。
その後、『ワイプアウト』もどんどんどん進化して、ポリゴンも解像度もどんどん上がっていくんだけど、アンタイグラヴィティ(Anti Gravity:反重力)の浮遊感みたいなものは、ファーストバージョンにかなわないですね。
―――お話を聞いていると久しぶりに『グランツーリスモ』もやってみたくなってきました(笑)。
『グランツーリスモ』は実車シミュレーションとしての精度がますます高くなってきています。例えば、エアロパーツをどういう種類のものをつけるかによって空気抵抗が本当に変わってくる。あるいはホイールをどうするかとか、あれこれ細かな設定ができますよね。要するに、すでにリアリティとかリアルと言ってるものを超えるところまで来ているわけですよ。それを当たり前に感じているゲームユーザーの人たちにとって、リアルを超えた世界としてのメタヴァースは、もう当然なわけです。また、そこでリアリティと言っているものが、逆に再生産されていくということも起こる。
◉VRで鍛えられた身体性
―――メタヴァースがリアリティそのものを作り出していくということですね。そうなった時に今日のセッションで池田純一さんがおっしゃっていた「身体性」というものがどのようにフィーチャーされていくのかが気になります。例えば、第三講のAIDAが開催されたDOMMUNE では、イベントの現場の身体性というものを重視していますよね。
そうですね。ただ、身体性と言っても、「まっさらな身体性」というのはありませんよね。現実が複合的になっているということは、身体性もそれだけ複合的になっているはずです。つまり、「VRで鍛えられた身体性」とか、「複合的な世界の経験値が蓄積された身体性」というものがある。だから逆にいえば、「自分の生身の体」というものを想定することには限界があるわけです。
https://edist.isis.ne.jp/guest/aida2_05pre/
「メタヴァースでは、この本楼のような空間はどうなるのでしょうか? 私は本好きですから、ここに来るだけでワクワクします。この感覚がメタヴァースで残るのでしょうか。もしメタヴァースでAIDAが消えていくのだとしたら、紙の本のワクワクを残す手立てが必要ではないでしょうか」(池田純一さん)
―――メディアが変わるごとに認識のフレーミングも変わるように、それだけ「たくさんの身体性」があるということでもありますよね。
僕の年齢で「いきなり走れ」と言われたって無理だけど(笑)、でもVRやメタヴァースの中では走ることができる。極端なことをいえば、VRやメタヴァースの中では現実の軛を逃れて、すなわち重力の軛から解放されて、一気にスポーツ選手になれてしまうとか、そういった身体性の開放というのは当然にあると思います。
◉ザッカーバーグのメタとエジプトのピラミッドの本質
―――武邑さんのおっしゃっているように、近い将来、誰もが当然のようにメタヴァースを使う時代がやってくると私も思っています。ただ、そのとき個人にとって障壁になるのは、今日のセッションでも話題にあがりましたが、一つの自己、一つのアイデンティティに縛られることですよね。そうすると「たくさんのアバター」状態になんてなれっこない。はたして多くの人がそう簡単にマインドセットを変えることができるのでしょうか。
テクノロジーの進化とともにマインドセットもすごく変わりやすくなるでしょうね。ただし、個人差はあると思います。人によってはゴーグルやパワーグローブを補助道具にしてメタヴァースやVRに入っていくこともあるだろうし、道具を使わなくてもほとんど等価の現実として難なくメタヴァースに入っていける人もいるだろうと思います。
言い換えれば、フラットな二次元を三次元化していくというのは、その個人のアプローチに懸かっているわけです。たとえ現前に三次元の空間が現れなくても、メタヴァースやVR、あるいは三次元世界と言われているものを構築できる人たちが、すでに潜在的に育ってきていると思います。
ヘッドマウントディスプレイなどの補助機器を使わなければ、VRやメタバースには参入することができないという既成のイメージがありますが、まったくそんなことはないんです。
―――マーク・ザッカーバーグはあえてその既成のイメージを利用していると講義の中でおっしゃっていましたよね。それはどういう意図なんですか。
本質を隠しているんです。
2021年10月末、マーク・ザッカーバーグがに長編プロモビデオを使って、メタヴァースのビジョンを発表した。
―――隠している? どうして、何のためにですか?
例えば何千年も前に作られたピラミッドのようなものがいまだに残っているのはなぜなのか。また、どうやってつくられたのかとか、あれは誰の墓なのかとか、本当は墓じゃないのかもしれないとか、人々が注意を向けるのはなぜなのか。巨大なシンボルとしての見せかけと中身が複雑に入り組んだ設計によって本質を隠しているわけです。これがクリプト、すなわち暗号の本質なんですよ。暗号というのは、つまり本当に隠したいものを匿(かくま)うために、あるコードを前面に出していく。
◉イノベーションは現代版ブラックマジック(黒魔術)だ
―――なるほど。暗号のお話はDOMMUNEでのセッションでも話題に上がりましたね。そういえば、宇川直宏さんがインタビューの中で武邑さんがイノベーションについて「現代のブラックマジック(黒魔術)」だと言い切っている点に非常に信頼を置いていると話していました。
ブラックマジックがなぜブラックなのかと言えば、その反対に「ホワイトマジック(白魔術)」があるわけです。ホワイトハッカーという言葉もありますよね。ホワイトには防衛的な感じがある一方、ブラックは、どちらかというと「創造破壊」です。破壊的な力をどのように行使するか。既成の魔術の世界観に対して、破壊的な展開を行うのがブラックマジックであり、イノベーションです。
実際に「Blackmagic Design」という、カメラや音声ミキサーをつくってる企業がありますが、これだってイノベーションを生み出す企業の名前としてブラックマジックを使っている一例です。
魔術といえば、僕らの時代感覚で言うと、20世紀初頭にアレスター・クローリーが起こした既成の魔術や神秘主義的な世界に対するブレークスルーが非常に印象的でした。
https://edist.isis.ne.jp/guest/aida_dommune_interview/
2021年12月12日、DOMMUNEでAIDAが開催された際の宇川直宏さんのインタビュー記事。
「武邑先生を心から信頼できるのは『イノベーションって現代のブラックマジックだよね』ってきちんと言いきっているところです」(宇川直宏さん)
―――また、DOMMUNEでは、私たちの「インフォメディック」の免疫をつけるためのトレーニングとしてQアノンが存在しているのではないかという興味深いお話もありましたね。
要するにいまリアリティと言われているものは、逆に言えば本質を匿うための装置になっていくわけです。あるいは、メタヴァースがその本質を隠すため装置になる可能性もある。だから、ザッカーバーグが社名を「Meta(メタ)」に変えたり、VRヘッドセットの「Oculus(オキュラス)」を299ドルで販売したりすることの背後にも何かが隠されている。
―――ザッカーバーグはいったい何をしようとしているんですか。
結局はポストFacebookですよ。そのためのステータスと独占性です。テクノロジーというのはキャパシティーとインセンティブで決まります。キャパシティーの方は、ムーアの法則しかり指数関数的にとんでもない進化を遂げています。問題は、インセンティブの方です。どれだけものすごい精度の高いVRやメタバースの空間をつくったとしても、ユーザーがそこに5時間も6時間もたむろするかといえば、それは分からない。
もちろん、仕事もコミュニケーションもショッピングも、あるいは現実には不可能なこともメタヴァース空間では実現できます。例えば、現実には家を買うことができない人もメタヴァースの空間の中では、豪邸を建てて住むことだってできます。メタヴァースで仕事を探し、高所得を得る人も出てくるでしょう。特にクリエイターエコノミーは、一気にメタバースの環境の中に流入していくと思います。
そういう流れの中で、FacebookやYouTube、Twitter、今のソーシャルメディアやソーシャルプラットフォームはどうなっていくのか。おそらく画期的な新陳代謝や創造的な変換が起こせないかぎり、このさき生き延びていくのは難しいでしょうね。
とはいえ、ザッカーバーグがFacebookによって圧倒的なインセンティブを設計できたという点は揺らぎません。ハーバードの一部の学生たちの交流の場所だったものが、全世界に波及したというのは非常に革命的なことでした。
◉監視資本主義 vs アドボカシー資本主義
―――そのFacebookの革命をもう一度、メタでも起こそうとしているというわけですね。ショシャナ・ズボフ『監視資本主義』(東洋経済新報社)が今日のキーブックでしたが、メタではどのような収益モデルを考えているのでしょう。
今日はザッカーバーグ以外にもラリー・ペイジやセルゲイ・ブリンなどの創業者の話も出ていましたが、彼らはズボフの言っている監視資本主義的なアプローチを最初から取ろうとしていたわけではないと思います。
むしろ、ソーシャルネットワークや検索エンジンによって社会貢献をしたいというような、ある意味では非常に素朴な発想に基づいていたのだと思います。ところが、そこに投資マネーが入ってきたことで、状況が一変してしまいました。
とりわけ影響力を持っているベンチャーキャピタルがアンドリーセン・ホロウィッツです。クリプトやWeb3.0、メタヴァースに対しても最大手の投資会社で、その一元的支配をTwitterのジャック・ドーシーも非常に警戒しています。
ちなみに今、アンドリーセンはホンジュラスにサイバー国家を建設しようとしてるんです。世界中から有能なスタートアップを集めて、デジタル通貨をベースにしたデジタル上の経済発展というものに大きくシフトさせて、そこにクリプト、Web3.0、NFTなどの技術の先導的な役割を持つ実空間を伴った都市づくりを計画しているんですよ。
武邑さんが講義のために用意した90枚超のプレゼンシートの一部
―――もはや監視資本主義という次元の話ではありませんね。これは新自由主義の流れで捉えればいいんでしょうか。
新自由主義の次のステージに入っていますよね。投機を完全に通り越して、未来を制御していくという感覚があります。監視資本主義に対するアドボカシー資本主義。
ただし、「アドボカシー」という言葉が入っているからと言って、アドボカシー資本主義が正しいというわけでありません。ややこしいのは、ここには善なる考え方も入っていることです。例えば、「透明社会」といえば聞こえはいいですが、ビョンチョル・ハンが言っているように、透明性というものは現代が生み出した最大の悪であるということもできるわけです。はたして、アドボカシー的な社会貢献のようなもののすべてが本当に善なのかどうか。
左:ビョンチョル・ハン『透明社会』(花伝社)
右:ショシャナ・ズボフ『監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い』(東洋経済新報社)
◉三体問題から四体連合体の時代へ
―――そうした中でザッカーバーグはどんな戦略を組み立てているのでしょう。
ザッカーバーグのあのビデオメッセージは決して嘘ではないと思います。けれどもやはり、現実的なサービスがどうなるかとか、肝心なことは何も語っていないんですよ。ただし、ヨーロッパで1万人を雇用するとか、すでにMicrosoftなどから相当な人間が引き抜かれていたりとか、世界的なテック系の人材争奪戦は始まっています。さらに、それと随伴するような形で大手のさまざまな業態がメタバースに本格参入していくという流れもつくられつつある。その中でザッカーバーグのメタが果たす役割はとても大きい。先導的な役割と同時に相当な影響力を持ってくると思いますね。一方でだからこそ、メタが一元的に一つのプラットフォームでメタヴァースの世界的、標準的なサービスを提供することに対しては非常に反対が大きいと思います。
―――ザッカーバーグのビデオの話は「Newsweek」の記事(メタバースはインターネットのユートピアなのか、現実の悪夢なのか?)でも書かれていましたね。メタヴァースに対して、インターネットにおける「GDPR(一般データ保護規則)」のような動きも出始めているのでしょうか。
EU の欧州委員会にべステアーというデジタル規制に対してきわめて果敢な女性がいるんですが、つい先週(取材当時)、彼女がメタヴァースを監視下に置くということを発言していました。つまり、ややもするとメタヴァースには、既存のプラットフォーム経済よりも危険なアプローチが出てくる可能性があるということを非常に警戒しているわけです。それを徹底的に調査して、既成の法的枠組みを検討すると発表しました。
そうやって法に照らして、個人の権利についてどこよりも先に提起するというのが今のEUの一つの責務のようになっています。
武邑光裕『さよなら、インターネット――GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)
―――そうなるとメタもやりたい放題はできなくなると。
実を言うと、今のIT業界、そしてビッグテックも、ある意味では規制は望んでることでもあるんですよ。そもそも、どうしてGoogleやFacebookがビッグテックなんて呼ばれるようになって、とんでもないマネタイズを展開できたのかと言えば、規制が何もなかったからです。そして、先ほどお話したように、プラットフォーム経済のマネタイズの仕組みを生み出したのは決してウェブツールではなくて、アンドリーセン・ホロウィッツはじめ一部のベンチャーキャピタル、投資家たちの極端な知恵だったわけです。
だからその過ちをもう繰り返したくないというのが本音でしょう。それに規制が不明確であることは企業にとってもリスクの大きいことですから、例えばEUのような機関が事前に規制案の方向性を差し出してくれることを企業も待ってるはずです。
―――EUが個人の権利、特にプライバシーと自己決定権において世界を牽引しているからこそ、あらためてヨーロッパ的な個人主義に立ち返ってどうかと言うのが武邑さんが第三講のインタビューで提起なさっていたこと(【AIDA】DOMMUNE版「私の個人主義」!!!!! by武邑光裕)でしたね。そのインタビューでは三体問題まで語っていただきました。
今日は三体問題まで触れる時間はなかったんですが、この三体問題を解決できる手段も実はメタバースの中にあったりするわけですよ。それが新国家、サイバー国家というアプローチです。メタヴァースのコミュニティーというのは、決してメタのような一元的なプラットフォームにかぎりません。もっと多様なメタヴァースが生まれうるはずで、もちろん技術的には今はまだまだ脆弱ですが、直接参加型の民主主義をベースにしたDAOを使った仕組みやNFTなどがいずれは進化を遂げていくということを前提に考えれば、メタヴァースの中である種の国家形成もありうると思います。そして、それが三体問題を回避する一つの方向性をもたらす可能性もあるだろうと思います。
―――もうひとつの新しい局体が生まれるということですね。
そうですね、リアルとバーチャルの連合体のような形で「四体」になっていくということです。
武邑さんのプレゼンテーションペーパーのラストページ
◉「新中世」が始まっている 天変地異・嘘・魔女・感染症
―――その四体時代を生きるうえでも、今日のセッションで話題に上がっていた「中世」というのが一つのキーワードになる気がします。武邑さんはご著書の『プライバシー・パラドックス』(黒鳥社)の中ではすでに新中世が始まっているとも書かれていたと思います。
天変地異と言ってもいいような気候変動、抗し難い自然の力が非常に顕在化したことによって「中世化」に加速がかかったと思いますね。
武邑光裕『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)
―――それに加えてデジタル社会における「分散化」が中世化の象徴になっているんですよね。
中世というのは国家権力のような支配力がなかった時代です。王権はあったけれど、地方ごとに財閥をはじめ権力機構が分散化していた。国家という概念が明確になったのは、1648年のヴェストファーレン条約が成立した時です。だから、それ以前のヨーロッパ社会というのは、分散化した集合体のようなもので、それが現在の分散技術、あるいは分散的なドロップアウトと重なっているように思うんですよ。ネット上では、そうした分散的な国家のようなものを、より多様な形でつくり上げていく動きが今、顕在化し始めています。
―――コロナウイルスの大流行は黒死病(ペスト)の流行と重なりますし、中世には嘘が当たり前だったというお話もありましたよね。SNS社会におけるフェイクニュースがまさにそれと合致します。
グレタ・トゥーンベリの出現も大きな事件でした。北欧から魔女がやってきたというあの感覚です。当時まだ15歳くらいだった彼女が環境活動家として各国首脳に会って問いただすという通常では考えられないことが起こりました。これこそ、中世化現象の象徴ですね。
中世という時代は、都市が壁に覆われていて、その壁に穴が開いていくと、そこから魔物が襲ってくるということが当然のこととして信じられていました。ペストも魔物ですよね。そういう感覚がまた復活しつつある。
日本のような一見整然とした都市の中にいても、スマホの画面に目を移せば、ソーシャルメディアから魔物の声が聞こえてくる。そういう意味でも、現実空間とVRが一体化してるわけです。あるいは共存している。こういう見方を持つだけで世界は一変しますよね。ところが多くの人は現実の都市空間とソーシャルメディアの中の不安感やおぞましいものをまだ別々のものとして捉えてしまっている。日本で「仮想現実」という言葉が使われていることの大きな弊害がそこにあります。
カミュ『ペスト』
左:新潮文庫 中央:光文社古典新訳文庫 右:岩波文庫
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、カミュ『ペスト』が異例の売り上げで話題になった。
◉メタヴァースは「日本文化」を再生しうるのか
―――まさにAIDAが見えなくなってしまっているということですね。武邑さんは、マインドフルネス=「間(ま)」であるとおっしゃっていますよね。
「間を取る」と言いますが、「間」というのは、環境や環境変化に対する適応能力ですよね。環境適合や環境との関わり方というのは、空間との関わり方であり、時間との関わり方でもあります。あるいは危機察知能力ともいうことができます。「これ以上進んじゃうとヤバいな」というそういう感覚です。結界に入るときに感じる何か。
その点ではマインドフルネスはじめ、そういう感覚の復権みたいなものに対して、案外、テクノロジーが有効になっていく可能性があります。
Hyper-Editing Platform[AIDA]
―――「間(ま)」は日本のコンセプトであるはずなのにその感覚が日本人から失われつつあるというのはなんだか残念ですね。でもそれが逆にテクノロジーの進化によって回復する可能性もある。
その可能性はあります。ただし、日本の場合はいま瀬戸際ですね。前回のインタビューでも話したように「伝統の元本」というものを早急に取り戻す必要があります。
一方、ヨーロッパやアメリカでは、その「日本文化の元本」に対する関心が非常に高い。多くの日本企業は、日本製品が海外ではとても高く評価されているから、海外に販路を広げようと考えているのもしれないけれど、欧米の人たちは9千キロも離れている日本から環境負荷を高めてまでそれらを輸入しようとは考えていないんですよ。
そうではなくて、例えばベルリンで酒蔵をつくっちゃう。味噌などの発酵食品も自分たちでつくっちゃう。そういうふうにどんどん日本文化を内製化し始めています。そのとき、重要なのが知財です。生産技術をきちんと伝えて、一定のフィードバックを得るような仕組みを早くつくらないと、変なものができてしまう可能性もある。変なお酒やまずい味噌が作られて広まってしまうと日本の大きな損失になります。
だから、日本から技術支援することで、海外で日本文化が開花していく流れをつくっていく方向に切り替えた方がいい。そのうえで、日本では伝統産業は後継者不足が問題になっていますが、頑張っている若手の事業承継者と外国企業の化学反応をつくり出す方法も検討すべきでしょう。
武邑光裕『ベルリン・都市・未来』(太田出版)
―――そこでメタヴァースを活用するということもあり得そうですね。
メタヴァースで踊りを教えるとか、茶室をつくるとか、いろんな伝統芸能や伝統工芸において、とても可能性があると思います。そういうポジティブなアプローチに期待したいですね。
―――今日の講義の最後に松岡座長が話していたことを思い起こしました。古代神話の喪失と封建社会の成立によって、古代から中世へと時代が変化したのだけれども、実は、古代神話はそのとき忘れられたわけではなくて、それを再生するために、ダンテやペトラルカが文字を使って新たな世界をつくっていったのが中世だったというお話でした。新中世の現代においてもメタヴァースによってそのリバイバルが起こるのかもしれませんね。
本日は長時間、ありがとうございました! 「ISIS FESTA SP『情報の歴史21』を読む」のイベントでもどうぞよろしくお願いいたします!
Info ISIS FESTA SP『情報の歴史21』を読む 第四弾 武邑光裕篇
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2022年5月18日(水)19:30~22:00
■会場:
リアル参加:本楼(世田谷区豪徳寺)
オンライン参加:お申し込みの方にZOOM アクセスをお送りします。
■参加費 :
リアル参加:¥ 3,850 税込
オンライン参加:¥ 2,200 税込
■参加資格:どなたでもご参加いただけます。
■お申込み:以下よりお手続きください。
https://shop.eel.co.jp/products/detail/397
*プルダウンでリアル/オンラインをお選びください。
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金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:水木しげる
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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