鼻に抜けるようにフゥーンといい、頷きながらウッウーンという。かと思うとフンッと否定入りの含み笑い。本楼の大テーブルで、ジャイアンの前にでんと座るおかっぱ頭のアザラシ師範は、何とも騒がしかった。5月29日に行われた46[破]伝習座のヒトコマである。
2019年の秋以来、伝習座に師範代は招かれなくなった。コロナのせいである。今回は抗原検査を条件に、1年半ぶりに師範代の本楼参集が許可された。もちろんZOOM参加が基本なので、行く必要はない。だがジャイアンは、ジャイアン対角線教室の師範代として、豪徳寺にノコノコ出かけていった。なぜか。このウッウーンが聞きたかったからである。正確にいえば、伝習座というこの「場所」で何が起きているのか、この目で確認したかったのだ。
場所にはその場所になるべき何かが備わっていて、その場所からはきっと何かが醸成されているか、何かが放埒されているならば、行ってナンボではないか。
46[破]では、今、クロニクル編集術の真っ最中である。「自分史」に取り組んだ学衆ならば、場所と記憶とが分かちがたい物であることに薄々気づいているはずだ。小学校の通学路のよく吠える犬、西日が差し込む放課後の教室、初めて入ったプールの冷たさ。記憶の中に場所があるのではない。場所が記憶なのだ。思いつく限りの場所を並べてみれば、50の歴象はあっという間に完成する。
オンラインによって消し去られたのは場所の記憶だ。どこでも繋がるぶん、場所が希薄になる。
ZOOM越しでは、北原ひでお師範が誰よりも大きく頷いていることも、齋藤シゲノリ師範が熱心にメモを取り続けていることもわからない。ましてや福田容子師範の相槌がうるさく、時には「アカン」と小声で斬り捨てていることも。
間違いない。本楼は何かに満ちていた。ここにいる師範たちは誰よりも学びたがっている。その先へ、その奥へと進もうとしていた。ZOOMでは気づかない熱量だ。
休憩時間、北原師範に「杞憂だといいのですが……」と呼び止められた。「杞憂」は北原師範の口癖だ。
話を単純化すると、「ジャイアンの指南は、学衆ファーストになりすぎていないか」という懸念だった。学衆に寄り添うことと、学衆に気を遣うことは違う。学衆の前に、お題と回答に向き合うべきではないか。本楼で直接邂逅したからこその指導だった。
急に藤井聡太棋士が浮かんだ。
19歳の二冠棋士は、対戦相手の研究をしないことで知られる。作戦を聞かれれば「自然に指せれば」という。藤井二冠は、「相手」を見るのではなく、「将棋」を見ている。きっと誰も見たことがない将棋を指したいのだ。
学衆のモデルを知り、そこにあわせれば、コミュニケーションは深まる。見目いい創文も完成するだろう。だが編集稽古の目的はそこか。目の前のことに囚われ、守りに入っていた? 編集を極めることが目的なら、師範代がアフォードされるべきは、学衆ではなく、回答だよな。
伝習座では、「師範代が創(キズ)を負わずしてどうする」「師範代が血まみれになれ」と檄が飛んだ。学衆に「限界を突破せよ」と背中を押すならば、その創を引き受けるのは師範代ではないかと。
「師範代が安全地帯にとどまっていて、学衆が揺り動かされますか」
植田フサ子評匠の言葉だ。それを受けて梅澤奈央番記者は「当たり前の回答、守りの回答は、やり直してもらえばいい。完成間近であっても、卓袱台(ちゃぶだい)返しを恐れないで!」と師範代を揺さぶった。
RPG風にいうならば、46[破]師範代10名は、第2回伝習座において「必技・卓袱台返し」を手に入れた。
46[破]の学衆諸君――特にジャイアン対角線教室の諸君、覚悟めされよ。物語編集術では必技が炸裂するはずだ。
もちろんやりっぱなしではない。あなたのキズの分だけ、ジャイアンもキズを負うことを約束する。
おまえのキズもおれさまのものだ。
角山祥道
編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama
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