『校長本』という世界の扉〜53破・合同汁講〜

2025/01/04(土)19:15 img
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12月21日午後、本楼のブビンガの上にはたくさんの本が所狭しと並んでいた。大きさも装丁もさまざま。全て、松岡正剛が手がけた本だ。中古本の市場でもなかなか見つからない「レア本」も含まれている。

 

選書したのは[破]の原田淳子学匠。松岡正剛の仕事術を詰め込んだ[破]を受講する学衆にこそ、校長が心血を注いで創りあげた本たちに触れてほしい。そして本のコンセプトや構成、つくり、しかけ、デザインに潜む校長の方法を味わってほしい。そんな思いから今期53破の全体汁講を「ミュージアム仕立て」に設えた。

 

ミュージアム(博物館)の語源は、古代ギリシアにおける教育や研究機関の名称「ムセイオン」からきている。ギリシア語で学芸の女神ムーサ(ミューズ)を祀るところという意味だ。[破]のプランニング編集術のお題文には、ミュージアムとは「情報を総覧(≒コンパイル)し、保存・伝達するとともに、新たな知や情報を生み出す(≒エディット)場所」とある。進化の過程で大脳皮質を発達させ、言葉を生み出し、世界の成り立ちに思いを馳せてきた人間の根源的な好奇心を形にした場所であるとも言えるだろう。

 

本楼に設えられた小さく親密なミュージアムのツアー・ガイドは、破の指導陣の面々と、学林局の八田律師。原田学匠が語る編集学校前史・工作舎時代の校長の姿を皮切りに、本を一冊ずつ手に取りながら、それぞれの本への偏愛や、本にまつわる編集秘話が披露されていく。ブビンガを取り囲むように座る13人の学衆と5人の師範代が、完成された本に詰まった校長の方法に目を向け耳を傾ける。

 

編集学校歴20年の北原評匠は、松岡校長と杉浦康平さんの出会いと編集について語り、八田律師は校長が実際に赤入れした原稿を紹介した。さらに、本に穴を開けた制作現場のプロセスを語るインタビュー動画を披露。校長は「穴を開けるなんて、どこも引き受けなかった。でも、やりましょう、と言った」と、笑いながら当時を振り返っていた。戸田番匠はカバーの色で口紅の色を擬いた圧巻の千夜千冊のページを開き、すべての夜に添えられた一行の短歌に、情報の乗り換えの可能性を見出した。

 

 

▲紹介のあと、『アートジャパネスク』は『ヴィジュアル・コミュニケーション』を共に創り上げた杉浦康平さんへの返礼であったのではないか、と、北原評匠がつぶやいた。

▲松岡校長の赤入れに見入る学衆と師範代。物語編集術の稽古の最中、何度でも書き直す勇気をもらったのではないだろうか。

▲「遊」講座のひとつ、風韻講座の小池純代宗匠が、収録された1144夜全てに一首を添える。5000文字の文章も、31文字に乗り換えることができる。

 

 

ツアー後半、白川番匠が『日本文化の核心』(講談社現代新書、2020)を手に、皆にひとつのお題を出した。守の稽古016番「ニホン置きなおし」の方法を使って、日本を二分岐・三分岐のツリー構造であらわしたらどうなるか?という問いだ。

 

白川番匠はかつて、二分岐を「米国・中国」と分けた上で、「これを三分岐にしたら3つ目には何が入るか?」と松岡校長に聞いたことがあるそうだ。 校長の答は「JAPANs」だった。米国・中国・JAPANs。別様の[日本たち]の存在が日本を立体的に浮かび上がらせる。晩年の著作『別日本で、いい』(春秋社、2024)が皆の脳裏に浮かんだ。

 

▲「?」にはなにが入ると思うか。日本の三分岐の中にはJAPANsが入ると校長は喝破した。編集学校の三分岐には、師範代sが入るかもしれない。

 

 

指導陣によるツアー・ガイドの後、30分のフリー・タイムが設けられた。皆の目が、手が、自然に「本=ミューズたち」へ向かう。

 

ずっしりと重く大きい『世界のグラフィックデザイン1・ヴィジュアルコミュニケーション』(講談社、1976)を両手で抱えて恐る恐るカバーを外す者、表紙が茶色く変色した雑誌『遊 1001 相似律』(工作舎、1978)のモノクロで印刷された相似写真を丹念に眺める者。開いてみたら大きな一枚仕立ての紙がバサリと拡がる『編集手本』(エジソン、2018)の装丁に「わあ」と驚きの声をあげる者、なぜか本のど真ん中にひとつの穴が穿たれた『人間人形時代』(工作舎、1975)を不思議そうに覗き込む者。真っ黒な本に、星が散りばめられたかのように白い文字がびっしりと飾られている『全宇宙誌』(工作舎、1978)の中にある、斜めに配置された文字列を読み解こうとする者、まるで茶碗が大気圏に突入しているかのような度肝を抜く視点で美術品を収めた『アートジャパネスク』(講談社、1982-1984)の1ページに釘付けになる者。『見立て日本』(角川ソフィア文庫、2022)の各ページに添えられた言葉の奥に潜む「日本」を探す者、『千夜千冊』(求龍堂、2006)8冊セットのうち、唯一黒い装丁の「記譜」にある松岡正剛クロニクルに見入って「この一冊がほしい」と呟く者。

 

ツアー・ガイドで明かされたそれぞれのミューズの成り立ちに思いを馳せながら、本一冊が表象する[世界たち]に、夢中になる時間が過ぎた。

 

 

▲チーム・素粒詞、幕をあけます教室の大澤師範代と、ラップ多義る教室の青井師範代。

▲小さな文字。ページの端までレイアウトされた写真。紙とインクの色の取り合わせ。こんな本があるのか、と、皆が嘆息する。

 

本を、眺める。

本の、話を聞く。

本に、手を触れる。

少しずつ本との距離を縮めながら本の世界に入り込んでいく体験を経て、参加した学衆の中には「伝えたい言葉」が生まれてきた。

 

選んだ一冊の本をよすがに学衆が編集についての思いを語った、その片鱗を一言ずつ紹介しよう。

 


■なんでもデコトラ教室 熊谷拓也さん 

◎選んだ本『遊:相似律』 

”何事にも、自分の『見方』を入れていくという気づきを得た。”

 

▲文体編集術で何度もトライした『見方づけ』は、文章だけの方法ではなかった

 

 

■イメージ・チューナー教室 H. U. さん 

◎選んだ本『アートジャパネスク』 

”本の中に文化のクロニクルを発見した。

破での稽古は本当に松岡正剛の方法なのだ、と実感した。”

 

世界にダブルページ教室 須藤彩花さん

◎選んだ本『アートジャパネスク』

”普段アメリカに住んでいるからこそ見えてくる

「日本の見方」を、日常に落とし込んでいきたい。”

▲今期は海外在住の学衆も多い。彼らから見る日本は、まさしくJAPANsの中のひとつの世界だろう。

 

 

■世界にダブルページ教室 鈴木達矢さん 

◎選んだ本『全宇宙誌』 

”電子書籍にはない表現方法が凝縮されていた。杓子定規な

回答ではなく、もっと思考を自由にしていきたい。

■イメージ・チューナー教室 中野由紀子さん

◎選んだ本『日本文化の核心』 

”知らないことに手を出せない自分を感じる。

新しい方へ向かいたい。

物事を松岡校長の言う「針小棒大」に受け取っていきたい。

■幕をあけます教室 岩崎大さん

◎選んだ本『アートジャパネスク』 

”クロニクルで行き詰まっている。中空の「うつろ」をイメージして、

そこに降りてくるものをつかまえたい。”

 

■潮目ディナジー教室 岡田晴重さん

◎選んだ本『見立て日本』

”世界の見方がこれまでいかに粗かったか。

世界はもっと面白く見えてくるはずだと感じた。”

▲『見立て日本』の中の「行衣(ほかい)」。修行僧の姿から街にはびこる排除アートまでアブダクションした校長の「いじりみよ」に唸る



■潮目ディナジー教室 数土冴子さん

◎選んだ本『人間人形時代』 

”穴の空いた本を作る、この「よくわからなさ」を大切に、

その奥へ進んでいきたい。”

 

■潮目ディナジー教室 鵜養さくらさん

◎選んだ本『多読術』 

”稽古の中で掴めていないところ、わかっているかもよくわからないことを、
本の中に探していきたい。
破の稽古をしていくことと人生の選択が繋がっている。”

 

■声文字X教室 後藤有一郎さん 

◎選んだ本『見立て日本』 
”無限にある情報、無限にある読み方が面白い。
本は文字を読むだけのものではないのだと感じた。”

▲イシス・コミッションの津田一郎さんと校長の共著を「面白い!」と後藤さん。原田学匠は「ぜひいつか読み解きを披露してほしい」と声をかけた。

 

■潮目ディナジー教室 家村吏慧子さん
◎選んだ本『編集手本』 

”編集学校で、堂々と言い換えや連想を言葉にできる場所を

見つけた、と感じている。楽しい。”

 

■カミ・カゲ・オドリ教室 高橋澄江さん
◎選んだ本『雑品屋セイゴオ』 

”自分の思考、液体のような自分をどう言葉にするのか。
皆の言葉が集まる教室はまるで美術館のような場所だ。”

■カミ・カゲ・オドリ教室 木島智子さん
◎選んだ本『編集手本』 
”今まで素通りしていたものに目が向くようになった。
クロニクルを通して日本へアンテナが向かうようになった。”

 

 

松岡校長は、2020年8月に開催された丸善創業150周年記念イベント「千夜千冊の秘密」の中で『本は本の自分を語る時期が来ている。本には自叙伝があるのではないか。』と語っている(遊刊エディスト「【松岡正剛 映写室 Take-05】本を主人公にする★祝1800夜」)。今回、汁講で集められた本たちは松岡正剛その人の自叙伝なのだ。

 

53破の学衆たちは、校長の自叙伝を通して編集的世界観の扉を開いた。突破日まで、あと5週間。扉の向こうへ歩を進めようと本楼をあとにする背中を、ミューズの面影のようなトワイライトな夕景が包んでいた。

文:得原藍(53[破]師範)

  • イシス編集学校 [破]チーム

    編集学校の背骨である[破]を担う。イメージを具現化する「校長の仕事術」を伝えるべく、エディトリアルに語り、書き、描き、交わしあう学匠、番匠、評匠、師範、師範代のチーム。