多読ジムSP「今福龍太を読む」アワード発表!【読了式レポ】

2023/08/06(日)15:04
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台風6号によって今週は沖縄・奄美地方が暴風域となった。空港が閉鎖され島への出入りが不自由になる報道を見るにつけ、私たちは海によって媒介された土地に暮らす身であることにあらためて気づかされる。国土地理院によれば日本の島の数は14,125島、国土交通省はうち421島を有人島としている。大洋に浮かぶ無数の島々。私たちは群島に生きる民なのだ。

 

■6週間の島旅から帰還して

多読ジムスペシャル「今福龍太を読む」は本の群島を巡る6週間の航海だった。6月5日(土)のオープニング・セッションで、読衆たちは群島-読書地図「今福龍太の6つの島宇宙」を受け取った。地図に描かれた島々には「クレオール」「イマージュ」「書物」「ユートピア」「群島」「ホモ・ルーデンス」の6つのキーワードと、今福龍太さんの著書の情報が散りばめられている。その中から3冊を選び、『リングア・フランカへの旅』を船として、島から島への冒険に出かけた読衆たち。それぞれの島旅を元に、自らの「群島マップ」と「旅日記」の2種類のアウトプットをすることが今季の多読スペシャルの最終お題であった。

 

8月5日(土)、本楼とZoomをつないでの読了式。島旅から帰還した30名ほどの読衆、読衆を導いた吉野陽子・小路千広・浅羽登志也の三冊師、大音美弥子冊匠、木村久美子月匠・金宗代代将・吉村堅樹林頭の多読ボード、松岡正剛校長、そして今福龍太さんと奥さまの明子さんが場に集い、お互いの帰還を寿ぎながら旅の軌跡を読み合い、交わし合った。

 

 

■旅人に贈られた4つのアワード

今季の稽古模様について浅羽冊師は次のように語った。

これまでは本を読んで何か結論を出すというかたちが多かったが、今回はまったく逆。謎に包まれて難破して戻ってくる姿が印象的だった。中盤はアウトプットすることに苦しむ姿もありながら、あるところでなにかがふっ切れた感じ。誰ひとりとしてすっきりとした答えを持ち帰ってはいない。もやもやした感じが残り、謎は謎のまま引き受けながら、今日明日へと向かっていく。今福さんの本の力を借りて、みなでそういう状態になれたことがとてもよかった。

 

苦悩しながらの島旅から生まれた作品たち。そのひとつひとつを3人の冊師が評価の言葉を添えて紹介した後、4名のアワード受賞者が発表された。

 

 

★多読ボード賞★渡會眞澄さん(スタジオ:リベルダージ)

▲数年前に沖縄に移り住んだ渡會さん。台風の影響でフライトが欠航になり泣く泣くZoomでの参加となったが、思いがけず歓喜の嵐が吹き荒れた。


◎旅日記タイトル:風を孕み生まれ島へ

◎選んだキーブック:『群島―世界論』

◎サブブック:『わたしたちは難破者である』『ハーフ・ブリード』


 

▼旅日記の一節

 群島は、大陸の果てしない欲望に呑み込まれないための、また別の方法も伝えてくれる。お互いの声や力を共に与えながら協働しあう群島の理解と心性のありようを、エドゥアール・グリッサンは「共―与」という秀逸な造語であらわした。
 沖縄にも、共に助けあい与えあう「ユイマール」という言葉がある。久米島生まれの智子さんは、島で暮らす年老いた親の世話を、ふだんは近所の人たちがしてくれると話す。友人の敦子さんの息子がサッカー遠征したときは、みんなでお金を出しあった。ひるがえって、シングルマザーや子どもの貧困が深刻化しているのも現実だ。大陸の原理に絡めとられ、自己責任を問うたり誰かのせいにするのではなく、「ユイマール」をいかしてゆく手立てが求められている。

 

▼金代将からの講評

久米島生まれの智子さんや沖縄のおばあなど、沖縄に実際に住んでいる人々の声をとりあげて、ポリフォニーとしてひとつの作品を創り上げたことが心に響いた。今福さんの著書『群島-世界論』には「私という群島」という最終章がある。沖縄で、私という群島として生きていってほしいと思います。

 

▼渡會さんの受賞コメント

沖縄に住んでいるというより、住まわせてもらっている、という感覚があります。たくさんの人たちに支えてもらっているという思いを受け取っていただけたことがありがたい。そして沖縄にはそういう人たちがいることが誇りです。

 

▲渡會さんの群島マップ。沖縄の澄んだ水と空に、沖縄の本島とサンゴとガジュマルと星、そういう象徴的なものを群島にうまく見立てている。「スタジオ一番乗りの回答をつづけて、スタジオを引っ張ってくれました」と小路冊師は渡會さんの稽古のカマエも称えた。

 

大音冊匠賞塚田有一さん(スタジオ:砂の舌)

▲「夏の果て」というお題で当日の朝に生けたお花を本楼に飾ってくれた塚田さん。


◎旅日記タイトル:ユンノーレ、ユンノーレ

◎選んだキーブック:『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』

◎サブブック:『荒野のロマネスク』『わたしたちは難破者である』


 

▼旅日記の一節

 貝というものはどうして内壁が虹色なのだろう。閉じていれば誰も見ることはない。生きていた頃、貝は見ることもないだろう。光と闇の接触はいつも虹の光を伴うのかもしれない。天井が抜けた場所には自然に生えた樹々が泉に木陰を作っている。内と外が繋がったそこは聖域とされ、中でも大きな五つの聖地は春夏秋冬それぞれの役割を持ち、ながいながい間、祀られてきた。

 

▼大音冊匠講評

今福さんの世界から生まれてきたのではないかと思うような旅日記。物語仕立てで、簡単に言えばボーイミーツガールのラブストーリーだが、始原の生命を次に伝えていくような、受粉していくような作品です。

 

▼塚田さんの受賞コメント

今福さんの世界観にこんなにも交じり合えた夏。「夏」という言葉の語源に、なれる、なじむ、という意味があるが、まさにそんな機会をいただいた夏になりました。

 

▲塚田さんの群島マップ。使われている紙の質感と霞んだ色合いが、旅日記のテーマとした「未詳の風景」をうまく表現している。吉野冊師は次のように賛辞を贈った。「はっきりしないこと、分けられていないこと、絵にも言葉にもしにくい世界を損なうことなく作品を創り上げられました。旅日記では未詳の風景を植物の描写で圧倒的に描き出し、細胞レベルで生命力を感じさせるような緻密な描写、五感が沸き立つような表現でした。物語仕立てで、織姫と彦星をおもわせる二人が細胞分裂と融合を繰り返すようにお互いの存在を確かめていくという、未詳的で、今福さんの世界を塚田さんの世界で換骨奪胎したような突き抜けた作品になりました」

 

今福龍太オプション賞木藤良沢さん(スタジオ:ボカンテJam)

倶楽部撮家でも活躍中の、写真好きな木藤さん。関西から駆けつけ、久しぶりの本楼登壇となった。左に映っているのは塚田さんの生け花。オプション賞は、群島マップと旅日記とは別に、好きな方法でのアウトプットにチャレンジをしたオプション作品の中から選ばれた。任意エントリーのお題であったが、写真、映像、音楽、ものづくりなど様々な方法で表現する作品が生まれた。


◎オプション作品タイトル:未知の書物を求めて

◎選んだキーブック:『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』

◎サブブック:『群島 世界論』『サッカー批評原論 ブラジルのホモ・ルーデンス』


 

▼今福龍太さん講評

すべてのオプション作品の中でとりわけ美しい作品。『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』から選ばれた12の見開きに自然界の映像を重ね、野生の学舎の、別の魅力的な入り口をビジュアルにつくってくださった。僕が『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』であらわそうとした本質的なテーマが鋭く描かれている。僕の本を一旦モノとして突き放してくださったことがよかった。活字が載った白い紙として突き放したところに映像を重ねたことで、深いメッセージが浮かび上がっています。

 

▼木藤さん受賞コメント

思えばイシス編集学校で「倍恩クレオール教室」という教室名を掲げて師範代をしていた。指導陣に引っ張られながら、ようやく島に辿り着けたかと思いきや、自分がつくった群島マップをあらためて見ると謎のカオスに浮遊しているという状態がずっと続いているような感覚。本を携え、また次の島を目指していきたいと思います。

 

 

▲白いノート、ハックルベリー、野生、より高次の法、レッカー、種子、書かれない書物、可聴的沈黙、極小の「社会」、死ぬ可能性、耕作、霧(=謎/未知)と名付けられた12の写真からなる作品を創り上げた木藤さん。上の写真は「白いノート」「可聴的沈黙」「霧(=謎/未知)」の3枚。「霧(=謎/未知)」について今福さんは次のような言葉を贈った。「霧のなかで本のページがほとんど見えない、ほんの一部だけ痕跡が見えている。こういう世界がいま非常に大事だと思っています。モノというのがあまりに可視化され、データ化され、晒されているなかで、霧は露呈させる権力から守る、とても重要な抵抗のメディアになっていくでしょう」

 

★今福龍太賞★西村慧さん(スタジオ:砂の舌)

▲今福龍太賞に輝いたのは、イシスではアフロでおなじみの西村慧さん。この日はアフロではなかった。木藤さんと同じく倶楽部撮家でも活躍中だ。


◎旅日記タイトル:リングァ・アレーナ島逍遥

◎選んだキーブック:『ハーフ・ブリード』

◎サブブック:『書物変身譚』『原写真論』


 

▼今福龍太さん講評

選び取った三冊すべてをその奥深くから咀嚼し、内化し、それらが描く世界をからだごと生きたのちに、その経験を変身物語として柔らかに語る説話の力。私という語り手は本になったり、骸骨になったり、カメラになったり、カフカの羊猫になったり。それらの変身は、でも、意図でも欲望でもなにかの証拠でもない。ふと気がつくと自然にそうなっている、というだけ。だから、ことさら何かになろうとなんかしない。カラベラ・カトリーナは哄笑の後こう告げた。「なんでもない日おめでとう」。いまここで生まれる私たちの希望の言葉。遥か昔に住みついたことがあったかもしれない遠くて近い風景の中で夢見られた、うとうとした、もふもふした、ざわざわした、透視力ある秀逸な寓話。今福龍太賞は、西村慧さんに贈ることにしたいと思います。

 

▼西村さん受賞コメント

このまま卒倒しそうです。今福龍太さんの大ファンでメロメロになる夏にしようとしたのですが、あまりにメロメロになりすぎてどこにいったものだろう…と思うこともあった。最後にどうにか自分の中で消化したかなと思った結果が、あの旅日記になりました。

▲西村さんの群島マップ。前日、「オープニングセッションはZOOM越しだったので、校長と今福さんの対談にワクワクしすぎて今日は眠れないかもです(w」とつぶやいていたが、受賞効果であと3カ月くらい眠れなくなるのではなかろうか。

 

■わたしたちは難破者である

読了式の冒頭、今福さんの映像作品が映し出された。タイトルは「水の憲法」。今福さんの著書『わたしたちは難破者である』に記された「群島響和社会〈平行〉憲法」が、奄美と思しき映像の上を静かに流れていく。意志、希求、歴史(災禍)、高次の法、放擲、舌、声、生成/反-生成、高度必需、真似び=学び、秘密、航海の12縞。吉村林頭は、群島響和社会〈平行〉憲法にインスパイアされて6つの編集ディレクションをあらわしたという。

 

この憲法を起草した思いを、今福さんはこう綴っている。

 わたしたちはみな難破者である。生命と生活の根への信仰が失われ、世界化と呼ばれる暴力的な画一化のシステムが人々を経済と金融の荒海で座礁させているいまはなおさらに。故郷から飛びだし、 苦難の道をたどり、やがて栄光、あるいは挫折とともにふと帰郷の想いにかられたときですら、ふるさとはもはや私たちを同胞として優しく迎え入れてくれる場所ではなくなってしまった。 望郷の想いによって過去の安寧にすがるよりも、どこにいても難破者であることを引き受けること。それこそ、むしろ世界を自分の住処とするためのあらたな倫理的態度となりうるだろう。一人一人による創世が、 世直しが、そこではいつでもはじめられるだろう。

 

『わたしたちは難破者である』河出書房新社

 

創世、世直しとは、編集を終えようとしている世界への抗いだ。難破し、座礁し、謎を謎のまま抱えながら、6つの編集ディレクションを羅針盤として未知への航海へと帆を上げよ。旅人たちは、そうつよく促されている。

 

アイキャッチ画像:穂積晴明(学林局デザイナー)

 


  • 福井千裕

    編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。