ハンノキの葉のうえで、総身を白い菌に侵されて命を終えていたキハダケンモンの幼虫。見なかったことにしてしまいたくなるこんな存在も、アングルを変えてレンズを向けてみると、メルヘン世界の住人に様変わりする。
世間では事業継承の問題が深刻化しているが、イシス編集学校では松岡校長の意伝子(ミーム)を受け継ぐ師範代になるものが後を絶たない。56[守]では、初の”親子”師範代、スクっと芍薬教室の原田遥夏師範代が誕生した。まもなく卒門を迎える遥夏師範代の担当師範である一倉広美が、母・原田祥子師範代に話を聞いた。
■イシスに関わり続ける編集人
――18年?沢山いますよ、そういう人
祥子師範代は、その年月をさも当たり前というように微笑んだ。19[守]を受講したのは、コーチングの資格を取り、講師業に従事する中で行き詰まりを感じていた頃だった。 NHKの番組で爆笑問題・太田光が涙を流しているのを見た。そのお相手が松岡校長だったのである。笑いを生業とする芸人を泣かせてしまうほどの話をするとは一体どんな人なのだろう。その関心をきっかけに守講座の門を叩いた。すぐさま稽古にのめり込み、守・破・花伝所へ進む。だが、すぐ師範代になったわけではない。大学院への進学など、編集学校から距離を置いた時期もあった。
笑顔がチャームの祥子師範代
2011年、福島で震災を経験。その出来事をきっかけに大学院をやめ、再び編集学校へ戻る。11[離]を経て、退院後2度目の花伝所、そして42[守]で念願の師範代デビューを果たした。「冨澤道匠がご存命のうちに、登板できたことをありがたく思う」と祥子師範代。その後、『千夜千冊エディション』の販売や、『情報の歴史21』プロジェクト、イシス東北支部とも言える未知奥連にも所属し、編集学校に広く、そして深く関わっていく。
――一人で豪徳寺に行かせるわけにいかなかった。なんとか、ついていこうとしたんです。
感門団としての祥子師範代を知る人も多い。感門之盟では、華やぎの場をしつらえる感門団の存在は欠かせない。そのロールを担うようになったきっかけが、当時高校一年生だった娘・遥夏さんの35[守]卒門だった。どうしても本楼を見せたいと、卒門証授与を直接見届けたいという願い。その二つを叶えるのに、感門団というロールがぴったりだったのだ。
娘・遥夏さんの35[守]卒門証書授与、松岡校長、師範代と
■不思議の国、イシス
娘とともに編集を続ける。それを突き動かすものはなんだろうか。
――着いた時、号泣したんです。
編集工学研究所が赤坂から豪徳寺に引越したのは、2012年のこと。移転後、祥子師範代は初めて本楼に行くとき、道に迷ってしまった。豪徳寺の駅から10分ほどのところをなんと2時間。大遅刻だ。豪徳寺からの複雑な道に翻弄され、到着できない焦りと師範代になることへの不安な気持ちが混ざり合い弱りきっていたのだろう。本楼に着いたとき、同門の仲間と2万冊の本が、遅れた祥子師範代をまるごと包み込んでくれた。「心配してくれている人がいた…」止まらない涙と共に編集学校がもっとも近い存在になった瞬間だった。
■安全な場所には、カミソリが
――娘はみなさんに育てていただいているんです。
インタビュー中、いくたびもその言葉が心地よく響いた。編集学校なら、安心して親の手を離すことができるという。離れていても心配がないのは、イシスにかかわる人の中で成長しているからだ。だからこそ、母と娘がともに成長する場として、イシスに新しい関係をつくり続けている。祥子師範代は、2024年の冬、多読アレゴリアの倶楽部「勝手にアカデミア」の運営を開始。伝説の学校「鎌倉アカデミア」になぞらえて学ぶ場だ。鎌倉に関心があるのかと思いきや、返ってきた言葉は意外なものだった。
――“あんぽ柿”仲間なんです。
倶楽部を創設した大塚宏さんとは、風韻講座、物語講座を共にした仲間。講座終了後も、福島名産の”あんぽ柿”を送る関係が続いているという。その大塚さんの声がけに、ちょっと乗ってみようかな…と運営することに。祥子師範代にとって、人とのつながりが、活動の場となっていくのだ。
多読アレゴリア【勝手にアカデミア】 はとさぶ連衆のみなさんと
最後にこれからどんな編集人生を?と尋ねた。
――大丈夫っていえる存在になりたいです。
倶楽部を運営するにも、親子で会話するにも、お互いに遠慮せず言い合えるのは、編集の型という共通のツールを持ち合わせているから。編集はいつでも型での交換がされていく中でこそいきいきする。42[守]師範代登板時の教室名は「絶対安全カミソール教室」、松岡校長が「これだよね。これしかねーだろう」と絶対的な確信をもって名付けた教室名だ。
その理由がどこにあるかはさだかではないが、ひとつはっきりしているのは、われわれ男児には、その「少女の勝手な混乱」をとうてい描けないということである。
千夜千冊108夜『絶対安全剃刀』高野文子
道に迷い、少女のように号泣したことが、編集学校の原体験となって18年の歳月を親子ですごしてきた。編集トポスは絶対に安全。そう確信している祥子師範代だからこそ親子師範代の誕生も周りが騒ぐほどのことではなく、ごく当たり前のこととして受け止めているように思えた。
2026年2月15日、本日は、56[守]の卒門日。娘・原田遙夏師範代の「スクっと芍薬教室」では、締切時間を待たずに7人全員が卒門している。安全な場所で、すくすくと成長した師範代。いつの間にかそのミームが教室の隅々まで行き渡り、思いっきり稽古ができる教室のモードになっていた。
アイキャッチ・文/一倉広美(56[守]師範)
イシス編集学校 [守]チーム
編集学校の原風景であり稽古の原郷となる[守]。初めてイシス編集学校と出会う学衆と歩みつづける学匠、番匠、師範、ときどき師範代のチーム。鯉は竜になるか。
春のプール夏のプール秋のプール冬のプールに星が降るなり(穂村弘) 季節が進むと見える景色も変わる。11月下旬、56[守]の一座建立の場、別院が開いた。18教室で136名の学衆が稽古していることが明らかに […]
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2026-02-10
ハンノキの葉のうえで、総身を白い菌に侵されて命を終えていたキハダケンモンの幼虫。見なかったことにしてしまいたくなるこんな存在も、アングルを変えてレンズを向けてみると、メルヘン世界の住人に様変わりする。
2026-02-05
誰にでも必ず訪れる最期の日。
それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)
2026-02-03
鋸鍬形、犀兜、鰹象虫、乳母玉虫、碁石蜆、姫蛇の目、漣雀、星枯葉、舞妓虎蛾、雛鯱、韋駄天茶立、鶏冠軍配、鶉亀虫。見立ては、得体の知れないものたちを、手近に引き寄せたり、風雅に遊ばせることの糸口にもなる。