イシス編集学校には「六十四編集技法」という一覧がある。ここには認識や思考、記憶や表現のしかたなど、私たちが毎日アタマの中で行っている編集方法が網羅されている。それを一つずつ取り上げて、日々の暮らしに落とし込んで紹介したい。
●”らしさ”満点の自粛のお願い
2月末、関西在住の友人から「高知県庁のサイトを見て!」と連絡があった。アクセスすると【献杯・返杯の自粛のお願い】なる一行が目に入った。
県民の皆様におかれましては、手洗いや咳エチケットの徹底などの対策に取り組んでいただき感謝申し上げます。
<中略>
「献杯・返杯」については、感染のリスクが大きいことを勘案し、当面の間、差し控えるようにお願いいたします。
高知の献杯は自分の杯の酒を注ぎ飲み干し、主に目上の人にそれを渡し酒を注ぐ。相手もまた杯を空にし、再び酒を満たし返杯する。宴会に欠かせないやりとりである。お役所がコロナウイルス感染拡大防止で、真っ先にお酒に関する事柄を控えろと大々的にお願いするのは「さすが、高知」と友人は笑った。
●”らしさ”はどこから来たのか
こちらも笑うしかなかったが、ならばと「酒=高知」というステレオタイプはどこからやってきたのか考えてみる気になった。無論、よるべは 64 技法である。らしさと密接に関係している【09 原型(metamatrix):アーキタイプやプロトタイプを発見する】を手すりに編集の旅に出かける。
まず押さえておくべきは、酒好き高知県民は本当にたくさんアルコールを摂取しているのかだ。
国税庁が取りまとめている「平成 29 年度(29 年 4 月~30 年 3 月)都道府県別・品目別の酒類消費数量」を当たってみる。それによると総量こそ目立たないが、1人当たり消費数量では東京都に次ぐ堂々の第2位だ。データは静かに酒好きのイメージを裏打ちしている。
しかし、消費量が多いだけでは酒好きのイメージは広がらない。思うに高知=酒の構図には、陽気に(あるいは豪快に?開放的に?)飲むというイメージが付随しているのではないか。
方向を変えて陽気に豪快に飲むという印象から探ってみよう。
高知県民はコミュニケーションならぬ「のみニケーション」と揶揄されるくらい、人が集まるとよく飲む。人間関係をつくるのにお酒は欠かせないツールなのだ。観光名所でもある「ひろめ市場」(高知市中心街にあるフードコート)では、高校生のランチの横で、大人がビール片手に初対面同士盛り上がっている。「高知で少々飲める、は升々だ」という笑い話もある。どろめ祭りという一升・大杯飲み干し大会もある。これらは開放的かつ陽気で豪快な酒飲み「らしさ」のプロトタイプだろう。
ステレオタイプの筆頭は「おきゃく」である。
旧知の間柄も初対面の人も等しく無礼講的に飲めや唄えの大騒ぎな宴会をご想像いただきたい。席につくと、まずは一献、杯を。差し出された杯は飲み干して相手にお返しする。この献杯・返杯のラリーが一人につき複数回続く。何回やってもよい。場を盛り上げる箸拳(対戦者同士が箸の合計本数を当てるゲーム)、菊の花(伏せた杯に菊の花を隠したロシアンルーレット)といった遊びもある。みなが思い思いに席を立ち、あちこち酒を注いで回ると当然その場はカオスと化す。お開きには最初の席に陣取っている人は少なく、誰のものか判らないグラスで乾杯して解散、その後二次会へ。おきゃくは、誰彼構わぬ間接キス、超濃厚接触の嵐なのである。
歴史上にも酒と縁の深い有名人は多い。司馬遼太郎『酔って候』の主人公・土佐藩 15 代藩主山内容堂も土佐の酒豪のステレオタイプと言える。なにせ「鯨海酔候」だ。いかにもこの地の殿様にふさわしい。
では、アーキタイプはいずこに?
探していると、紀貫之「土佐日記」に関する情報が見つかった。 国司を送別する集まりで、「身分に関係なく大人から子どもまでが酔っ払って・・・」という主旨の記載があるというのだ。土佐の人はこの頃から無礼講の「おきゃく」を楽しんでいたらしい。
収集した情報から推測すると、土佐の地では平安朝の頃から宴席に無礼講的要素が見られ、それが脈々と色濃く残っているということになる。
古くより都から遠く離れた遠流の地であり、藩政時代には厳格に上士と下士が区分されていた。献杯・返杯はそもそもは室町時代の武家のしきたりだというが、土佐では一般的なそれとは逆に「目下から目上」の順序で行われる。人々はふつふつと滾るものを一方に抱えながら、メリハリのついた気候風土に似て、酒の席ばかりは誰からも支配されない自由を謳歌していたのだろうか。
中央から離れているがゆえの気楽さと反骨精神。相反するそれらの要素が時間をかけて発酵し、来るもの拒まず去るもの追わず、陽気にとことん豪快な酒好きのイメージをつくり上げたのかもしれない。
●高知”らしさ”のこれから
さて、昨今の状況を鑑みると土佐の宴会は存亡の危機にある。なにせ三密のオンパレードなのだ。このまま静かに見守るしかないのか。そう思った矢先にSNS に地元企業の青汁を飲んで応援する返杯バトンなる案内が届いた。青汁を飲んで、次の相手を指名するのだ。残念ながら青汁は苦手で参加は遠慮したが、考えたなと唸った。
先日は、ローカルニュースで新しい様式のお座敷遊びなるものが紹介された。大広間の四隅と中程に数人が座る。中間点に酒を置き、マイコップを持参し、サイコロを振る。出た目の数だけ杯からコップに酒を移し飲み干す。どんな状況でも酒を飲むことも献杯・返杯もあきらめない、というのがまたも「らしい」と笑ってしまった。
新しい生活様式にはまだ慣れないが、コロナ騒動がなければ、らしさを培ってきた文化に潜むアーキタイプを顧みることはなかったかもしれない。タイムマシーンに乗って過去に行くことはできながいが、編集によって表層に見えるものから原点を想像することは出来る。すると様々な風景が見えてくる。そこに生きて暮らした人たちの息遣いにわずかだが触れられる気がする。アーキタイプ、プロトタイプを巡る編集でひと時タイムトラベラーの気分を堪能できた。やみつきになりそうで再び編集の呪文を唱えてみる。「原型、アーキタイプ、プロトタイプをさがそう」と。今日もまた想像の世界の旅人になる。
(design 穂積晴明)
しみずみなこ
編集的先達:宮尾登美子。さわやかな土佐っぽ、男前なロマンチストの花伝師範。ピラティスでインナーマッスルを鍛えたり、一昼夜歩き続ける大会で40キロを踏破したりする身体派でもある。感門司会もつとめた。
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