感動のフィナーレか、……と思いきや、なんだか、ふらっと戻ってきました。
金さんから
「ホリエさん、燃え尽きてませんか~。ちょっと肩慣らしに番外編を一本書いてもらえませんかね~」
と、都はるみにもう一回唄えと強要する鈴木健二なみの気くばりのなさで、突然、依頼があったのでした。
今回取り上げるのは、知る人ぞ知るあの作品、阿部洋一『それはただの先輩のチンコ』(太田出版)です。ひ~~。
この作品、いがらしみきお先生(LEGEND13)の『あなたのアソコを見せてください』(太田出版)と双璧をなす、レジに持っていきづらいタイトルナンバーワンですね。
まあ、タイトルのとおり、チンコの話なのですが、それを描かずにやり過ごすわけにもいかず、まさか自分の人生でチンコを描く羽目になるとは思いませんでしたが、とにかく、やってみましょう。
阿部洋一「それはただの先輩のチンコ」模写
(出典:阿部洋一『それはただの先輩のチンコ』太田出版)
物凄く独特の描線です。まるで版画のようですね。この線、どうやって描いたらいいのかわからす、筆ペンで描いてみたり、やっぱりGペンに持ち替えたり、試行錯誤しながら描いたのですが、結局最後まで分からずじまいでした。
背景の絵もしっかりと描き込まれているのですが、すべてがこのタッチで統一されているので、独特の世界観を醸し出しています。パッと見の印象は、とっつきにくいかもしれませんが、一度入ってしまうとハマります。
この作品のキワどいテーマも、この描線と絵柄のおかげで成り立っているのでしょう。
■マンガにおけるチンコ
このマンガは、見てわかるとおり、男性器を特に隠さず、そのまま描いています。こういうのは、いいのでしょうか。
かつて、田中圭一先生が「局部くん」なる問題作を描いたことがあります。男女の”局部”を擬人化したキャラが出てくるマンガです。この作品、なんとあの『神罰』(イースト・プレス)に収録されているので、実は多くの人の目に触れているはずなのですが、なにしろメインの手塚治虫パロディばかりが取り上げられ、ほとんど言及する人がいないのが残念です。
また最近では、小山健『生理ちゃん』(KADOKAWA)が話題になりました。このマンガでは生理痛を実体化した生理ちゃんなるキャラが登場し、生理にまつわる悲喜こもごもを描いています。作者が男性というところも面白いところです。
(田中圭一『神罰』イースト・プレス/小山健『生理ちゃん』KADOKAWA)
ところで、マンガに出てくる男性器は、黒塗りにするとか、なんらかの処理が施されるのが普通ですが、子どものオチンチンは、そのまんま描いてもOKなんですね。
もともと少年マンガには、男の子のオチンチンはよく出てくるものでした。70年代に大ヒットしたとりいかずよし『トイレット博士』なんて、とにかく主人公たちがむやみやたらとズボンを脱いでオチンチンを振り回していたものです。
そしてその後に登場した山上たつひこ(LEGEND27)『がきデカ』(1974~)が、さらにキワドイところをついていきます。
この作品、かなり確信犯的に、グロテスクな男性器をバンバン出していました。主人公のこまわりくんは、なにかというとすぐに下半身をさらけ出すのですが、それがなんというか、皮はかむっているものの、非常にリアルにえげつないビジュアルなのすね。それでも一応、こまわりくんは小学生という設定なので何か問題が?、という論法です。このグロテスクなオチンチンも当時の子どもたちには大受けでした。
しかしその後は、こういった際どい攻防は徐々に収束してくことになります。とくに成年コミックマークが導入された90年代以降は、ゾーニングが徹底し、少年誌では女の子のお色気シーンなども含め、性的な要素のあるものはかなり抑制されるようになりました。その一方で、表舞台から切り分けられた成人マンガの方では過激化がどんどん進行していくことになります。
現在は、ケースバイケースで、何をどこまで描いていいのかは、それぞれのジャンルごとに、なんとなく決まっているのでしょう。『それチン』の場合、登場人物は高校生ぐらいのはずなのに、オチンチンだけは、どう見ても小学生のそれです。さらに切り取られることによって、抽象的なオブジェと化しています。まあ、問題はないのでしょう。
それにしてもチンコの切り取り方の方に、問題が大アリです。よりによってギロチン!まあ作中では「いでっ!」ぐらいですんでいるんですが…。
これほどリアリティから懸け離れた作品世界ならば、チンコの取り外し方など、いかようにも設定できたはずで、もっと痛くない方法もあったはずです。しかし、ここはあくまでギロチンなのです。こんな痛々しい設定を男性である阿部洋一先生が、よくぞ採用されたものだとそれだけで尊敬します。
■変格にして本格
阿部洋一は、2000年に創設された京都精華大学マンガ学科の一期生です(日本初の大学のマンガ学科ということで、たしか一期生の入試倍率は物凄かったと聞いています)。同大学卒業後、2005年に小学館の新人賞を受賞。翌年、リイド社よりデビューしています。
阿部先生の名が世に知られ始めたのは2009年の『バニラスパイダー』あたりからじゃないでしょうか。
(阿部洋一『バニラスパイダー』全三巻・講談社)
2009年9月に創刊された「別冊少年マガジン」は、雷句誠『どうぶつの国』、押見修造『惡の華』などをメインに据えたファンタジー寄りの個性的な新雑誌でしたが、そんな創刊ラインナップの中でも、とりわけ異彩を放っていたのが、諌山創『進撃の巨人』と阿部洋一『バニラスパイダー』でした。
どちらも抜群に面白く、甲乙つけがたいレベルでしたね。しかし、両者ともに絵柄や作風が一般受けとは程遠く、読者を選ぶような作品だったので、「まあ、数巻で終わる感じだな」と思っていました。ところがどういうわけか、『進撃の巨人』だけがバカウケの大ヒット。世の中、何がウケるのやら、さっぱりわからん!
しかし実のところ『バニラスパイダー』だって面白さでは全然負けていませんでした。別の世界線では、こっちの方が大ヒットしていたかもしれない…、そんな妄想を抱かせるほどのポテンシャルをもった作品だったのです。
嘘だと思ったら読んでみてください。ホントに面白いんです。
ある日突然、町の上空に巨大な蜘蛛の巣が出現。人間を捕食するエイリアンがやってきた。しかし、そのことを知るのは主人公ただ一人。同級生の水野さんを守るため、奴らと戦わなくてはならない!武器は蛇口のついた水道管。
侵略もののバトルアクションではあるのですが、真面目なのかふざけているのか、よくわからないユルイ語り口で、とても奇妙な味わいでした。作品のパッと見の印象は、デタラタメ放題でメチャクチャなのですが、その実、本格的なエンターテイメントとしての風格もそなえています。
どんなムチャな設定であっても、強引にねじ伏せてしまう卓抜な語り口と構成力。そしてさりげない日常のディティール描写でふわりと包み込んでしまう手際に、作者の底力を感じさせました。
そんな作者の実力が、さらに深化した形で結実したのが、2010年よりデジタルコミック誌で連載が始まった『血潜り林檎と金魚鉢男』でした。
頭が金魚鉢になっている吸血鬼と戦うスクール水着の少女…
…って、その設定大丈夫なのか?と思いつつも読み始めてみると、またしても、その独特の語り口に取り込まれてしまい、すべての不条理がウェルカムになってしまいます。
(阿部洋一『血潜り林檎と金魚鉢男』全三巻・アース・エンターテイメント)
■『それチン』読むべし
そして2018年、『それはただの先輩のチンコ』が発表されます。
フリースタイル「このマンガを読め!」にランクインし、朝日新聞にも取り上げられるなど話題になりました。
男の子のチンコを自由に切り離せる世界で、それを愛玩する少女たちの物語。
この作品もまた、一見すると興のおもむくまま好き勝手に描いているようにみえて、仔細に見ると、非常に練り込まれた構成の妙に唸らされます。
もともと単発の読みきりであったらしい冒頭の第一章は、いきなりトップギアでぶっ飛ばしていて秀逸です。
これ一作でも十分傑作としての資格を備えていますが、そのまま「出オチ」で終わってしまわないところが、このマンガのすごいところ。部立てもしっかりしていますね。全八章プラスおまけという構成ですが、単なる寄せ集めではない、筋の通ったウェルメイドな連作短篇集となっています。
最初の数話では、何人かのメインキャラを軸として、心と体をめぐる男女の揺れ動く心の襞が描かれていくのですが、性急な結論を避けて、矛盾した感覚をそのまま“気分”として提示する手際はみごとです。
そして中盤の4、5章では、女の子の股間にチンコがくっついちゃう話が登場。
そこでは、女性が男性の身体を獲得してしまったときに必然的に起こるであろう、とある要素――映画「君の名は。」でも決して描かれることのなかった重要な側面が克明に提示されます。
このように終始一貫してミニマルな世界の話で進行していくのかと思いきや、つづく第6章「いのちの雨」にいたって、いきなり戦車や重火器の登場する戦闘スペクタクルに発展し、読者に一種のカタルシスを与えます。
そして、第7章「最後のチンコ」では、まさかの涙腺直撃ネタ。しかも、ふつうにユルく話が収束していくように見せかけて、いきなり土壇場でひねりを効かせてくるセンスなど無類のうまさと言わざるをえません。
最後の第8章では、最初に登場した坂下さんと東堂先輩との関係に驚きの展開が待ち受け、見事な幕切れを迎えます。
いやあ、堪能しました。みなさんも、タイトルで引いてしまわずに、是非とも一読をおススメいたします。
(阿部洋一『それはただの先輩のチンコ』太田出版)
■最新作もチャレンジング
さて、阿部先生の最新作は『羊角のマジョロミ』(KADOKAWA)。
『それチン』と同時期に連載が始まったのですが、季刊のゆったりペースで、昨年、ようやく第一巻が刊行されたところです。
セカイから、キミとボク以外の全部が消えてしまう、という究極の「セカイ系」マンガなのですが、登場人物もほんとに二人だけで、延々と話が続いていきます<1>。また、ムチャなことを……。
そういえば第二回DONDEN祭(2018/11/22)のときに、山本直樹先生が話されていたことで一つ覚えていることがあります。
たしか吉本隆明の対幻想・共同幻想にからめて、同じ複数でも”二人”と”三人以上”は違う、という話から、新人の頃、編集者から「キャラは三人出せ」と指導されていた、という話をされていました。二人だけだと、すぐに話が煮詰まっちゃうんだけど、三人にすることで”構造”が生まれ、話がどんどん転がっていくんですね。
『マジョロミ』で、えんえんと二人ぽっちの話が続いているのは、実は、けっこうな力技なのです。
はたしてこの作品、このまま二人っきりの話で突っ切っちゃうのでしょうか。それとも意外な形で新キャラが登場?
今後の展開に注目です。
(阿部洋一『羊角のマジョロミ』KADOKAWA)
◆◇◆阿部洋一のhoriスコア◆◇◆
<1>二人だけの物語
もっと難しいのが「一人きり」の物語でしょう。さいとう・たかを『サバイバル』とか、比較的最近では施川ユウキ『オンノジ』などがありました。
何らかの理由で世界から人間が全滅してしまい、自分一人になってしまう物語ですが、さすがに一人きりで話を続けるのは限界があり、どちらの作品でも途中で人が出てきます。
アイキャッチ画像:阿部洋一『それはただの先輩のチンコ』太田出版
堀江純一
編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。
山田風太郎『人間臨終図巻』をふと手に取ってみる。 「八十歳で死んだ人々」のところを覗いてみると、釈迦、プラトン、世阿弥にカント・・・と、なかなかに強力なラインナップである。 ついに、この並びの末尾にあの人が列聖される […]
文章が書けなかった私◢◤[遊姿綴箋] リレーコラム:堀江純一
デジタルネイティブの対義語をネットで検索してみると、「デジタルイミグラント」とか言うらしい。なるほど現地人(ネイティブ)に対する、移民(イミグラント)というわけか。 私は、学生時代から就職してしばらくするまで、ネット […]
桜――あまりにもベタな美しさ◢◤[遊姿綴箋] リレーコラム:堀江純一
今回のお題は「桜」である。 そこで、まず考えたのは、例によって「マンガに出てくる桜って、なんかなかったっけ」だった。(毎回、ネタには苦労しているのだ) しかし、真っ先に浮かんでくるのは、マンガよりも、むしろ映画やア […]
【追悼】鳥山明先生「マンガのスコア」増補版・画力スカウター無限大!
突然の訃報に驚きを禁じ得ません。 この方がマンガ界に及ぼした影響の大きさについては、どれだけ強調してもしすぎることはないでしょう。 七十年代末に突如として、これまでの日本マンガには全く見られなかった超絶的な画力とセンスで […]
今月のお題は「彼岸」である。 うっ…「彼岸」なのか…。 ハッキリ言って苦手分野である。そもそも彼岸なんてあるのだろうか。 「死ねば死にきり。自然は水際立っている。」(高村光太郎) という感覚の方が私にはしっくりく […]